いや)” の例文
一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中がいやになって断食して死んだとか色々の説があるから本当のことは何だか分らない。
ピタゴラスと豆 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お高は考えてみようともせずにいやだと云いとおした、ついには部屋の隅に隠れて泣きだしたまま、なにを云っても返辞をしなかった。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家へ帰って冷たい残飯で夕飯ゆうめしうのがいやになったので、カフェーに入って夕飯を喫い、八時比になって良い気もちで帰っていると
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
海苔巻のりまきなら身体からださわりゃしないよ。折角姉さんが健ちゃんに御馳走ごちそうしようと思って取ったんだから、是非食べて御くれな。いやかい」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こう武蔵守むさしのかみ師直もろなおといういやなじじいが、卜部うらべの兼好という生ぐさ坊主に艶書の注文をしたなどというはなしを生ずるに至っているのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
... 飲めと勧められてもいやがって飲まない人が沢山あります。そんな人に牛乳料理を美味おいしく食べさせる工風くふうがありましょうか」お登和嬢
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
新「本当にあんな事を云われるといやなものでね、私は男だから構いませんが、お前さんはさぞ腹が立ったろうが、おっかさんには黙って」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると日頃丈夫な父親が急に不眠症を起して、突如いきなり宿へ転地して来た。もういやも応もなかった。仕舞ったと気がついたが、もうおそい。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それから額にキスをして遣ろうかと考える。ああ額は冷たくて、いつも汗ばんでいたっけ。まあ、病気というものはいやなものだこと。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
「ちッ、いやになるねえ——ちょいとお前さん、お起きなさいったら。そんなところに寝て、風邪ひくじゃないか。しようがないねえ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は今では、正式な結婚でなければいやだの、手玉に取られるだけでは困るのと、もうそんなことを云っている余裕はなくなりました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いやがる妻を紀昌はしかりつけて、無理に機を織り続けさせた。来る日も来る日もかれはこの可笑おかしな恰好かっこうで、瞬きせざる修練を重ねる。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ところが、私は、とてもいやだったのは、この「女体」四十二枚に二十日もかかって、厭に馬鹿馬鹿しく苦吟しているということだった。
わたしが何かの話の工合で、先方の父親に兜町かぶとちやうの景気を一寸うはさした時、若者が露骨にいやな顔を見せたことも、わたしは見逃みのがさなかつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「安宅さんをお誘いしたら、何んだか夕立が来そうだからいやだと云っていましたが、どうも安宅さんの方が当ったようですな……」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうしちゃあね、(高津さん、歌をうたッて聞かせよう)ッてあの(なざれの歌)をね、人のいやがるものをつかまえてお唄いなさるの。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし——どうしてだか、またなぜだかは知らないが——猫がはっきり私を好いていることが私をかえっていやがらせ、うるさがらせた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
発動機も機体もまだシッカリしているんだが、みんな乗るのをいやがるもんだから、天井裏にくっ付けておいたんだ……止せ止せ……
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何だか頭脳あたまがボッとしていた。叔父や兄貴の百姓百姓した風体ふうていが、何となく気にかかった。でもいやでたまらぬというほどでもなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三吉もそこへゆけば正進会員にならねばならないが、それがいやである。なぜ厭なのか、理論的にはよくわからぬけれど、厭なのである。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「女のところを味わうには、それ以上のいやな処を多くめなければならない。」とは、女の価値をあまりみとめない氏の持説じせつです。
結構けつこうらしい、ことばかりおもひます、左樣さういふことおもふにつけて現在げんざいありさまがいやいやで、うかして此中このなかをのがれたい、此絆このきづなちたい
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
けれど、いやな思いもしたし、かなり迷惑もした。人をもって警察の力も借りて、後々のちのちそういうことのないようにしてもらいはしたが——
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
単に私の脚が滑って、いやというほど私は額を地面に打ちつけたに過ぎなかった。私は、ぽろぽろと涙を流しながら再び鞍に戻ると
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
いやがっていること——このことが私には最も大きな収穫だった。それによって私は、これからすぐに訪問しなければならない所が出来た
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このたびの大乱の起るに先だちましては、まだそのほかに瑞祥ずいしょうと申しますか妖兆と申しますか、色々といやらしい不思議がございました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
「承知するもしないもございません。少しいやな顔をしても喧嘩けんかを吹っかけられます。あの六郎さんという人は狂犬やまいぬのような人間で——」
私は人がよく後指うしろゆびさしていやがる醜い傴僂や疥癬掻ひつッかきや、その手の真黒な事から足や身体中はさぞかしと推量されるように諸有あらゆる汚い人間
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、申すは何も、その方を、さげすんだり、その方の剣技を認めぬと言うわけではない。わしはわしの流儀で、人間を縛るのがいやだからだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
私はもう、何もかもそうと自分の心でめてしまった。そうすると、胸が無性にもやもやして、口がいやかわきを覚えてたまらない。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私にはそれも悲しいことであつたに違ひありません。私はおさやんが私よりも醜くなつて来たと聞くことがいやでなりませんでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
なんぼ吹けば飛ぶような私でもそうそう二度も三度も頼まれ甲斐のないことばかりしでかしてくるのは、つくづくいやだったからネ。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は窓の内側に腰掛け、用心深く身体を奥の方に引込ませて、面白くもあるがまたいやな気もする蜘蛛を、じろじろ横目で見守った。
我慢がまんできないようないやらしい沈黙ちんもくのなかで、ぼくは手紙を受取ると、そのまま、宿舎に入り、便所に飛びこんで、かぎを降しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
疲れて寝ころんでいる男、私はこんなところへまで、昨夜の無銭飲食者に会いにこなければならないのかしらといやな気持ちだった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
わたしは、自分が人から愛されているかどうか、知ろうともしなかったし、人から愛されていないと、はっきり自認じにんするのもいやだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
妹の話では、奥さまとの感情の衝突で、たまらなくいやであるらしい容子であったが、この奥様のどこが、そんなに厭なのだろうか。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
貰ったままで、好くも見ずに袂に入れた名刺である。一寸ちょっと拾って見れば、「栄屋おちゃら」といやな手で書いたのが、石版摺せきばんずりにしてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いやで厭でならぬものと、好きでそのため身を滅ぼしても構わないものとが、入り乱れて、彼女に心を整理させるひまも与えないのである。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
の翌日から丸田は工場へ出た。調子の悪い機械が急に何かの工合で廻転し出したやうに彼は働いた。いやな動揺の危機は通り過ぎたのだ。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
抵抗力のないものに対して、どこまでも、自分等の力を振りまわし、威張り、縮み上らせたがっているらしいのが、いやであった。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しもいやの何のと云おうものなら、しもと憂目うきめを見るは愚かなこと、いずれかのパシャのピストルの弾をおうも知れぬところだ。
しかし又彼等の或ものは彼の嘲笑を感ずる為にも余りに模範的君子だった。彼は「いややつ」と呼ばれることには常に多少の愉快を感じた。
鼻はこする、水っぱなはかむ。笊の中は掻きまわす。嗅いで見る。おくびはする。きたならしいの、いやらしいのといったらないのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「おとよの仕合せだと言っても、おとよがそれを仕合せだと思わないで、たっていやだと言うなら、そりゃしようがないでしょう」
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
箇様な理想を含む故に端唄にもはひりたれど、俗気十分にして月並調の本色ほんしょくを現はせり。千代の朝顔の句よりもなほいやな心地す。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「判らなければ判らないで、おとなしく見物していらっしゃればいんだけれど……。」と、若いおかみさんもいやに笑いました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしの家ときまったところに落着いて、一月でも、二月でもいいから、そうして、おいやになったらいつでもお出かけなさいね。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すべてがそろいもそろって、それも、明瞭過ぎるくらいに明瞭なんですわ、もう私には、自分が犯人でないと主張するのがいやになりました
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かずかずの変な手紙を貰う度にそれを引裂いて捨てるか暖炉だんろの中へ投げ込んでしまうかしたその自分の心持を思い出して、いやな気がした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)