刺繍ししゅう)” の例文
胸のところに、小さい白い薔薇ばらの花を刺繍ししゅうして置いた。上衣を着ちゃうと、この刺繍見えなくなる。誰にもわからない。得意である。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
コゼットは白琥珀こはくの裳衣の上にバンシュしゃの長衣をまとい、イギリス刺繍ししゅうのヴェール、みごとな真珠の首環くびわ橙花オレンジの帽をつけていた。
この叔母たちの薫陶くんとうをうけて、彼女の才芸はおどろくばかりのものになった。十八歳になるころには見事に刺繍ししゅうすることができた。
わたくしはこの窓から、はるかに北の天に、雪を銀襴のごとく刺繍ししゅうした、あの遠山えんざんの頂を望んで、ほとんど無辺際に投げたのです、と言った。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
クリストフは、花の刺繍ししゅうと赤い玉のついてるその白い肩掛を見覚えていた。前夜ロールヘンが彼と別れる時、顔を包んでたものだった。
刺繍ししゅうを施したカーテンがつるしてあった。でも、そこからは、動物の棲家すみかのように、異様な毛皮と、獣油の臭いが発散して来た。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
すると、書斎の机の上に、忘れな草のフランス刺繍ししゅうをした肱附ひじつきが置いてあった。白と茶と緑との配合が美しくあざやかであった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
例えば天上の星のように、瑠璃るりを点ずる露草つゆくさや、金銀の色糸いろいと刺繍ししゅうのような藪蔓草やぶつるくさの花をどうして薔薇ばら紫陽花あじさいと誰が区別をつけたろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この劇の当初からかかっていた刺繍ししゅうのおとぎ話の騎士の絵のできあがったのを広げてそうして魔女のような老嬢の笑いを笑う。
彼はづ画家五人をげ、次に蒔絵まきえ鋳金ちゅうきん、彫刻、象牙細工ぞうげざいく、銅器、刺繍ししゅう、陶器各種の制作者中おのおの一人いちにんを選び、その代表的制作品を研究し
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
孔雀くじゃく刺繍ししゅうした絹の布を、彼女は両手に捧げていた。それは彼女が刺繍したもので、それを父に見せようとして、探してここまで来たらしい。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかりといえども女子に適切なる職業に至りてはその数極めて少なし、やや望みをしょくすべきものは絹手巾きぬはんけち刺繍ししゅうこれなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
一万円の刺繍ししゅうとか、単に根気を要する指先仕事ばかりで、文明を代表すべき機械館にはわずかに玩具にひとしい製麺機械が人を呼んでいるに過ぎぬ。
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
そして、台の左右には、まるでてのひらに乗れそうな体のお爺さんが二人、真赤な地に金糸で刺繍ししゅうをした着物を着、手には睡蓮すいれんの花を持って立っています。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その中国服には、金色の大きなりゅうが、美しく刺繍ししゅうしてあった。見るからに、頭が下るほどのすばらしい模様であった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すこぶる目新しい西欧風の図案がモールや刺繍ししゅうとなって、けんらんに、在来の日本衣裳に調和を試みられているのだった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時史孝廉しこうれんという者があって一人のむすめを持っていた。女は幼な名を連城れんじょうといっていた。刺繍ししゅうが上手で学問もあった。父の孝廉はひどくそれを愛した。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そのほかは椅子でも、机でも、床でも、壁でも、みんなアクドイ印度風の刺繍ししゅうや、更紗さらさ模様で蔽いかくしてあった。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は寝台から飛び降りると、床の上へべたりと腹を押しつけた。彼の寝衣の背中に刺繍ししゅうされたアフガニスタンの金の猛鳥は、彼を鋭い爪で押しつけていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それはエゴール・セミョーヌィチが手ずから刺繍ししゅうしていたもので、いずれ教会へ寄進することになっていた。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それぞれ書画や骨董こっとう類を贈ったので、幸子も祖父母の時代からある、表に御所車の刺繍ししゅうをした帛紗ふくさを贈った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山のふもとの渓川の岸には赤と紫の躑躅つつじ嫩葉わかば刺繍ししゅうをしたように咲いていた。武士の眼は躑躅の花に往った。躑躅の花は美しかった。武士の眼は山の方に往った。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
刺繍ししゅう、写真など工芸的に一層範囲が広く、彫工会の彫刻と限られたのとはもっと広大なものになりました。
こてこて刺繍ししゅうのある絹張りのシェイドに、異国の売淫窟ばいいんくつを思わせる雰囲気ふんいきを浮かび出させるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、あまりに人もなげな無礼さと英国宗主権をかさにきた駐在官の執拗さに、身をもってのがれようとされた瞬間、誤って手に持った刺繍ししゅう用の針が相手の身体に触った。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
婆さんは柔和にゅうわな微笑を浮かべて、こう述べたてながら二つの包みをほどいた。素樸じみなメリンスの単衣であった。濃い水色に、白い二つの蝶を刺繍ししゅうしたパラソルだった。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
英語の組合せ文字の刺繍ししゅうがしてあったのですが、それがIの字をSで包んだ形に出来ているのです。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おせんは編物ばかりでなく、手工に関したことは何でも好きな女で、刺繍ししゅうなぞも好くしたが、しまいにはそんな細い仕事にまぎれてこの部屋で日を送っていたことを考えた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
順天では朝鮮靴、七宝の指輪、刺繍ししゅうの類など。中でも靴は形がすぐれ細工も見事であった。惜しいことに今は一般にこの種のものが廃れ、到るところ護謨ゴム靴に代られている。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いま中宮寺思惟しゆい像の傍に断片のまま残っている天寿国曼荼羅は、太子の御冥福めいふくを祈って、妃のひとりである多至波奈大郎女たちばなのおおいらつめが侍臣や采女うねめとともに刺繍ししゅうされた繍帳銘である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
麦藁むぎわらの大きいアンヌマリイ帽に、珠数じゅず飾りをしたのをかぶっている。鼠色ねずみいろの長い着物式の上衣の胸から、刺繍ししゅうをした白いバチストが見えている。ジュポンも同じ鼠色である。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その子供が、一寸変った絹のジャンパーを着ていたが、背中に白熊の刺繍ししゅうがあって、その上にグリーンランド、下にサンダストロームと、横書きにちがった色の刺繍がしてあった。
エスキモーの国から (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
役者のこしらえを話さなくちゃ、筋の通しようはないじゃありませんか、——そのちょいと伝法でんぽうなのが、滅法界野暮ったい武家風の刺繍ししゅう沢山なお振袖か何かよろって、横っ坐りになって
壁には極彩色の刺繍ししゅうの壁かけが飾られている。見たところ日本のものはひとつもない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
五月田植の日の支度などは、近世は白い菅笠すげがさあかたすきをかけ、桔梗染ききょうぞめの手拭てぬぐいなどをかぶり、着物は紺絣こんがすり単衣ひとえを着ていたが、その一つ前には布に白糸の刺繍ししゅうなどをしたようである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「そこにお皿があるの。黄金こがねのお皿よ。それから、このナプキンには手のこんだ刺繍ししゅうがしてある。スペインの尼さんが尼寺の中でした刺繍なのよ。ほら、目に見えて来るでしょう。」
旦那さんが泥だらけの靴をいだら、僕がそいつを廊下へ持って出る。だが、エルネスチイヌ姉さんは、上履うわぐつを持ってくる権利をだれにも譲らないんだ。自分で刺繍ししゅうをしたからなんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
時に洋行土産と称するいとも俗悪なライオンの刺繍ししゅうが目をむいていたりする。
最初の舎利しゃり三千粒も、初めて聖武上皇に謁する時に捧呈せられている。美術品は刺繍ししゅう二つ、画像二つ、障子しょうじにかいた画が三つ、彫刻四つである。障子も彫刻も小さいものだったに相違ない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いとしい妹カザリンよ、あなたにこの本を贈ります。この本の外側には黄金のかざりもなく巧みな刺繍ししゅうあやもありませんが、中身はこの広い世界が誇りとするあらゆる金鉱にも増して貴いものです。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ラグビー争闘の場合の靴の跡を刺繍ししゅうされ、……野球における華美な盗塁と、……水球のときの潜水と、……ミニチュア、ゴルフの墜死と、……ボクシングにおける残酷な、……マットの中の死を。
戦争のファンタジイ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
たとえば、おびや、羽織はおりや、着物きものにしろ、刺繍ししゅうをしてできがった、はなや、ちょうや、とりは、ただひながたせたのであり、絵本えほんからうつしたものであるから、んでいて、きている姿すがたでなかった。
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
定刻となれば、砂場の穹門アルクから陽気な軍楽隊ファンファルを先に立て、しゅくしゅくと繰り出して来たのが、金糸銀糸で刺繍ししゅうした上衣に鍔広帽子つばびろぼうしをかぶった仕止師マタドール、続いて銛打師バンデリエロ、やせ馬にまたがった槍騎士ピカドール
お宮は女持ちのさい、唐草からくさ刺繍ししゅうした半巾ハンケチを投げやった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
袖口そでぐち刺繍ししゅうをしたりする。
お月さまの拡大写真を見て、吐きそうになったことがあります。刺繍ししゅうでも、図柄に依っては、とても我慢できなくなるものがあります。
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
村川が、フランス刺繍ししゅうを見つめながら、それを刺繍した倭文子の手付まで、空想していると、女中が、朝食のできたことを知らせて来た。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
平素の落ち着きにもかかわらず、多少不安なその好奇心をまぎらすために、彼女は自分の技芸のうちに逃げ込んで刺繍ししゅうを初めた。
真ん中にノビノビと立っているのはしゃ唐冠とうかん、白い道服、刺繍ししゅうしたくつの老人で、口ひげはないが長いあごひげ、眉毛まゆげと共にの花のように白い。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
断金亭の大廂おおびさしのまえには、つねに刺繍ししゅう金文字の二りゅうの長い紅旗がひるがえり、一つには、「山東呼保義さんとうのこほぎ」一旒には「河北玉麒麟かほくのぎょっきりん」としるされていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)