)” の例文
凡てに縁遠いような自分の姿がびしく顧みられた。そして面倒くさかった。為すべきこと、在るべきことが、面倒くさかった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
草庵というのも、び住んだ庵で、必ず草でいた庵ではなく、草家くさやというのも必ず草で葺いた家ではない。草戸もそれと同じ事である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
互に慰めもし、慰められもしたそんな一人の姉が、びしい仮住の家で、二番目の子を生んで亡くなったのは、それから間のない事だった。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
よし、それは養蚕期の都合によるにもせよ、また、あまりにごちゃ/\と何か強力のものからこゝへと逃れびた恰好に見受けられました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
渋谷のさびしい奥に住んでいる詩人夫妻の住居ずまいのことなどをも想像してみた。なんだか悲しいようにもあれば、うらやましいようにもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかし自分の新らしく移った住居については何の影像イメジも浮かべ得なかった。「時」は綺麗きれいにこのびしい記念かたみを彼のために払い去ってくれた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
就中此の夫人の、びしい、しょざいない、泣くにも泣かれない孤独な生涯しょうがいおもうと、事実こう云う顔つきをしていたらしい気もするのである。
彼女は、ここを立ち去る力もなく、ただ八月の月半ばまでには帰って来るであろうところの私を待ちびていたのです。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
秀吉はいったい何処へ行っていたかというと、実は、城外玉造たまつくり町の、狩野永徳えいとくびたる住居を、訪れていたのである。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その音は、食堂で酔いつぶれている保羅さんの寝息といっしょになって、なんともいえぬびしい階音アルモニイをつくる。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
世をびて、風雅でもなく洒落でもなく、詮方せんかたなしの裏長屋、世も宇喜川のお春が住むは音羽おとわの里の片ほとり。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ですから、埋葬式の夜、私はまんじりともせずに、あの電鈴でんれいの鳴るのをひたすら待ちびておりました。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼は家の外に出てくるまの姿を待った。冷えて降りだしそうな暗い空に五位鷺ごいさぎが叫んでとおりすぎる。そうして待ちびていると、ふと彼は遠いたよりない子供の心に陥落されていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
その卑小さが私はむしろびしく、哀れ悲しむべき俗物的潔癖性であると思うが如何いかが
その開通を待ちびていた邦夷の心が、阿賀妻には手に取るようにわかるのだ。こんなに早く——まだ暗いうちから身支度を整えて、足許あしもとの白むのを待っていた。いくらかれていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
いつかはなした錦繪にしきゑせるからおりな、種々いろ/\のがあるからとそでらへてはなれぬに、美登利みどり無言むごんにうなづいて、びた折戸をりど庭口にはぐちよりれば、ひろからねども、はちものをかしくならびて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
浮世にれぬ女気に人の邪正をはかりかね、うかとはくちを利かれねば、黙して様子を見ているうち、別室に伴われ、一人残され寝床に臥して、越方行末思いび、涙に暮れていたりし折から
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
びつつも心を貫かんとにはあらず、由無き縁を組まんとしたるよと思ひつつも、ひて今更いなまんとするにもあらず、彼方かなたこひしきを思ひ、こなたの富めるををしみ、自ら決するところ無く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
難なきもの平安なものから、茶器を取出した茶人の眼はこの上なくしたわしい。そうして「び」「渋み」というが如き美の規範を、そこに定めた彼らの心には、驚くべき正しさがあり深さがある。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かよわき身の詮方せんかたもなく、案じび候ひし折柄、此程の秋の取り入れごと相済み候ひて、やや落ち付き侍りし今宵こよいの事、の雲井喜三郎といふ御仁、御供人おんともびとも召し連れ給はず、御羽織袴おはおりはかまも召されぬまま
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寒い冷めたい臭い茎の桶に自分から手を突込むというところにびしい心持もあるが、同時に何処やら得意なところもある。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そう云う上﨟が実際この家に宿を求め、世を住みびていたかどうかを問う用はない。せっかく主人が信じているなら信じるに任せておいたらよい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
閑居しているび牢人に、そんな生活費のいるはずはない。しかし、幸村の手から、その金銀はまた、零細な幾千人の生活費になってゆくのである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
住みるした家を引き払って、生れた町から三里の山奥に一人びしく暮らしている。卒業をすれば立派になって、東京へでも引き取るのが子の義務である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やっとランプがいた。それから私達は看護婦の運んで来てくれた食事に向い合った。それは私達が二人きりで最初に共にする食事にしては、すこしびしかった。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その間、妾は貞雄をどんなに待ちびたことだろう。堪えかねた妾は幾度も、南八丈島の彼の許へ手紙を出したけれど、それはなしつぶて同様で、返答は一つもなかった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
子供のうちから真の肉ママの親しみというものを味ったことがなく、いつも永遠の父、永遠の母というような漠然としたものを恋いびている寂しい性根があるからは
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
地上のびしいならわしが、さいわいに、あなたの国のならわしでもあり得ますならば、忍び得ぬ嘆きに堪えて、なにとぞ地上にとどまり下さい。償いは、私が、地上で致しましょう。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
己ればかりで淋しくてならない、いつか話した錦繪を見せるからお寄りな、種々いろ/\のがあるからと袖をらへて離れぬに、美登利は無言にうなづいて、びた折戸の庭口より入れば、廣からねども
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
曇り勝ちでびしい一週間が過ぎた。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
年齢は老人でなくっても時代遅れの職業に携っている男というのがやはり老人同様のびしい感じを抱かせるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
とある四辻をかぎの手に曲っているびた荒壁の塀の屋根の、丸瓦の上からのぞいているうつぎの花をながめたとき、要は老人のこの言葉をおもい出した。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
話しながら、何気なしに日本橋の方へ待ちびた眼をやると、今度こそたしかにそれ! はやを打たせて四手駕よつで、三ちょう、エイ、ホイとこっちへ棒を指してくる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿屋にている苦しい人と、汽車で立って行く寒い人とをしんから気の毒に思った健三は、自分のまだ見た事もない遠くの空のびしさまで想像の眼に浮べた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしこの事は彼女にびしいとか、くやしいとか、そう云うような感情を生じさせるいとまは殆どなかった。一つの想念が急に彼女の心に拡がり出していたからだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
花ならばえ腐ったつぼみかす、葉ならば霜にびた葛の裏葉の、返して春に、よも逢う女ではあるまいと、不憫がる眼のすがめ方をするのはあまり面白いものではありません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いつか話した錦絵にしきゑを見せるからお寄りな、種々いろいろのがあるからとそでを捉らへて離れぬに、美登利は無言にうなづいて、びた折戸の庭口より入れば、広からねども鉢ものをかしく並びて、軒につり忍艸しのぶ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
これが五六日も続くびしさを考えていたのであったが、その晩は又ゆくりなくも十畳の座敷に妙子と二人、何年ぶりかで姉妹がまくらを並べて横になった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
余は犬の眠りのためにごと悩まされた。ようやく寝ついてありがたいと思う間もなく、すぐ眼がいて、まだ空は白まないだろうかと、幾度いくたびあかつきびた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
柱は細く、天井は低めに、びたる荒壁の小床には、蕎麦そばの一輪ざしに、梨の花が一枝、投げてあった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、それも年々思わしくなくなる一方で、もう米次郎には挽回の策のほどこしようもなく、とうとう愛宕下あたごした裏店うらだなに退いて、余生をびしく過ごす人になってしまった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
牡蠣殻かきがらを載せた板屋根、船虫の穴だらけの柱、潮風にびてはいるが、此の辺の漁師の親方の家とて普通の漁師の家よりはやや大型である。庭に汐錆しおさび松数本。その根方に網や魚籠びくが散らかっている。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
思ひび此夜寒しと寝まりけり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ひとりで帰るようなびしさはないけれども、幸子母子はそう長いこと滞在する筈はなく、悦子の学校が始まる頃には帰西するに違いないので、それから先
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人通りの少ないこの小路こうじは、すべての泥を雨で洗い流したように、足駄あしだの歯にかかきたないものはほとんどなかった。それでも上を見れば暗く、下を見ればびしかった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近ごろ、武人の間に、茶は非常な流行をみせていたが、公卿仲間では、晴季はじめ、とんと、こういう“び”とか、“閑寂かんじゃく”とかいうものに、興味をもっている者はない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆうべから待ちびていた女房どもが、そのままにしてしまうのも何だからと云って、きのう飾ってあった桃の花を再び取り出してきたので、その花の一と枝を折って手にすると
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
初めはいかめしい築地ついじの邸がつゞいていたのが、だん/\みすぼらしい網代あじろへいや、屋根に石ころを置いたびしい低い板葺いたぶきの家などになったが、それも次第にまばらに
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分はびしい光でやっと見分みわけのつく小桶こおけを使ってざあざあ背中を流した。出がけにまた念のためだから電話をちりんちりん鳴らして見たがさらに通じる気色けしきがないのでやめた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな場末のきたない寺の、こんな苔だらけの墓の中に、おまけに生前に見たこともないような人達と一しょになって、——と云うよりも、そのびしい墓さえ、いまの私には、いわば
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)