颯爽さっそう)” の例文
そして気絶でもしたような母と姉をしり眼に、颯爽さっそうと、——だが涙で白粉のすっかりまだらになった顔のまま——その部屋から出ていった。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
エステルハツィの地方的存在にしかすぎなかったハイドンは、今は世界的の名声と人気を背負って、颯爽さっそうとして舞台に立ったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
今から三十年前、武州多摩川の上流から颯爽さっそうと現われた、これが原生動物と覚しき存在は、こんな無恥低劣な姿ではなかったはず。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何か颯爽さっそうたる風雲児が庸三にも想見されたと同時に、葉子がいつかその青年と相見る機会が来るような予感がしないでもなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんな訳で、先生の颯爽さっそうたる講義に接した最初は、どの学生でもみんな眩惑されて終う、そうして、多数は最後まで引摺られて行くのだ。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その日、フウバア大統領の前を、颯爽さっそうと、分列行進をしていった女子選手達のうちに、あなたのりりしい晴れ姿をちらっと垣間見かいまみました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
女房をぶん殴って颯爽さっそうと家を出たところまではよかったが、試験に落第して帰ったのでは、どんなに強く女房に罵倒ばとうせられるかわからない。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
コードバンの靴にスフ入りの背広で、万年筆はチョッキの胸ポケットへさすものと初めて会得して、颯爽さっそうと出発いたしました。
滔々とうとう颯爽さっそうとして士道の本義を説いての傍若無人な高笑いに、にじり寄った若侍は返す言葉もなく、ぐッと二の句につまりました。
丁度、編輯局の給仕さんが、颯爽さっそうたる姿を玄関に現わした。ではこれまで、ああとうとう書きあげたぞ。すがすがしい朝だッ。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少年連のいる獄舎の位置を心探しにしている様子であったが、忽ち雄獅子のえるような颯爽さっそうたる声で、天も響けと絶叫した。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
度々来ているうち、その事もなげな様子と、それから人の気先をね返す颯爽さっそうとした若い気分が、いつの間にか老妓の手頃な言葉がたきとなった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
颯爽さっそうとした(少くとも成人おとなの)議論の立派に出来る自分なのに、之は一体どうした訳だろう? 最も原始的なカテキズム、幼稚な奇蹟反駁論はんばくろん
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
颯爽さっそうと馬上にゆられ、その従者たちも、きょうは賜酒ししゅの酔に、華やいでいるはずなのに、悄然しょうぜんと、その光秀は、徒歩かちで来る。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしその事件から基次、関東に内通せりとの訛伝かでんありし為既に死は決していたらしい。その心情の颯爽さっそうたる実に日本一の武士と云ってもよい。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それにシャアにジャヴェリにカパディア氏! これらの大一座を引き具して勇気凜々りんりん颯爽さっそうとして乗り込んだのであったが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おに七と呼ばれてはいるが、名前なまえとはまったくちがった、すっきりとした男前おとこまえの、いたてのまげ川風かわかぜかせた格好かっこうは、如何いかにも颯爽さっそうとしていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
僕は剣を振りかざしながら明るく平坦へいたんな街道を駆けていた。頭の鳥の羽根が、バザバザという音をたてて莫迦ばかに心地颯爽さっそうとして風を切っている。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
見るからに急進国の素晴らしさを誇るような馬のいななき、わだちの響きを耳に聴いてだった。颯爽さっそうと時代の新風が乗合馬車そのものには吹き流れていた。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
にくらしくても、反感はんかんは抱いていても、人間には、強い颯爽さっそうたるものを無条件に讃美し、敬慕する傾向けいこうがあります。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
狭いみちは一人のほか通さないので、三人は驢馬に乗り、一列に歩いた。鈴の音が颯爽さっそうと蕎麦畑の方へ流れてゆく。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
軽井沢の別荘から沓掛くつかけの別荘まで夏草を馬の足掻あがきにふみしかせ、山の初秋の風に吹かれて、彼女が颯爽さっそうむちをふっていたとき、みな灰になってしまった。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
館から庭へ飛び下りて行く、錦織にしごり判官代や赤松則祐のりすけや、川越播磨守や平賀三郎などの、颯爽さっそうとした姿が見えた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
颯爽さっそうと愉快そうに煙突にとりついている彼を見たとき、ぼくには凍るような寒さの高空に、冬のきびしく酷烈な風をうけてさらされてみたい激しい衝動が
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
当時佐野博士はまだ若々しい颯爽さっそうとした新進建築学者であったし、木下杢太郎君はもっと若い青年であった。
麦積山塑像の示唆するもの (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その橋の上で颯爽さっそうと風に頭髪を翻しながら自転車でやって来る若い健康そうな女をた。それは悲惨に抵抗しようとする生存者の奇妙なリズムを含んでいた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
T君の山男のような蓬髪ほうはつとしわくちゃによごれやつれた開襟かいきんシャツの勇ましいいで立ちを、スマートな近代的ハイカーの颯爽さっそうたる風姿と思い比べているうちに
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小さなバスケットに着がえを一組いれて、彼女は颯爽さっそうと旅立ったのである。船着場まで見おくってきた妹たちにも機嫌きげんよく、土産みやげを買ってくると指切りなどした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そのイエスが、しかも以前にまさるお顔の輝きをもって、颯爽さっそうと勝利者のごとくに帰り給うたのでありますから、人々の驚き方も尋常一様ではありませんでした。
豊饒ほうじょうな大陸文化を十分に摂取しながら、よく日本独特の美の源泉を濁らしめず、現場の技術者等をも用捨なく指揮統率あらせられた御姿は実に颯爽さっそうたるものであった。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
嗚呼ああ、後年の梟雄きょうゆう武蔵守輝勝、かの肖像畫に見るところの英姿颯爽さっそうたる「武州公」が、今や桔梗の方の厠の真下にある坑道のやみ土龍もぐらの如くうずくまっている様子は
一羽、ふり仰ぐ一大岩壁の上に黄褐こうかつの猛鳥、英気颯爽さっそうとしてとまって、天の北方をにらんでいる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
と、投げたように、袖を払って、拗身すねみに空のかりの声。おぼろを仰いで、一人立停たちどまった孫権を見よ。英気颯爽さっそうとしてむしろほこよこたえて詩を赤壁にした、白面の曹操そうそうの概がある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はてさて、俺も追ん出されて行き暮れにけり——か。颯爽さっそうと、乞食もよし、牧童ガウチョもよし」
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その彼が鎧姿に弓矢を持ち、兜の緒をきりりとしめて馬にまたがれば、威風あたりを払う颯爽さっそうとした武将である。今、狩衣姿の義仲と同一人であるとは、とても思えなかった。
永い間、橘の門の前に来て元気に颯爽さっそうときそいおうた彼らとは、どうしてむくろになった今を考え当てられるだろう、外に、ほんとに外に生きられなかった二人であったろうか。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
大概ぼんやり一室に閉じこもっているだけだが(私は旅にでてもいつもそうだ)すると牧野さんが時々庭球選手のような颯爽さっそうたる服装でやってきて、おい昆虫採集に行こうと言う。
流浪の追憶 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
山木が車赤坂氷川町ひかわちょうなる片岡中将の門を入れる時、あたかも英姿颯爽さっそうたる一将軍の栗毛くりげの馬にまたがりつつで来たれるが、車の駆け込みしおとにふと驚きて、馬は竿立さおだちになるを
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
青春の喜びをただもう謳歌おうかしているような、明るい大胆な輝いた声に、外国人はほおに石でも投げつけられたような表情を見せたが、そうした顔の前に、颯爽さっそうと腕を組んだ若い男女が
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
賄になぐられたなと調戯からかってひどい目にったので今にその颯爽さっそうたる姿を覚えている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
最初のうちは自分でいかにも颯爽さっそうと持って歩いたが、すぐへたばってしまった。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
……薄色の〔短〕上衣うわぎを召して、颯爽さっそうとしてらっしゃる。……典雅ですなあ……
下流の真ん中に、商船学校の練習船大成丸の白色三本マストの颯爽さっそうたる姿。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
いわんや近頃流行のハイキングなんかという、颯爽さっそうたる風情ふぜいの歩き様をするのではない。多くの場合、私は行く先の目的もなく方角もなく、失神者のようにうろうろと歩き廻っているのである。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
手係りさえ出来れば、もう何のあぶないことはない。彼はその柱を力に、百五十尺の大空に突立上つったちあがった。颯爽さっそうたる金色の空の勇士。妙な心理だ。群集は賊が安全になったのを見て、やっと胸撫で下した。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「君はこのごろまた大変にふとって、英気颯爽さっそうとしているナ」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
身をそばだてゝの句、颯爽さっそうよろこし。そのすえ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼は涙を拭って颯爽さっそうと舞台に立つ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
彼は稽古着ではなく、常着つねぎに袴という姿で、それがかなり颯爽さっそうとして見えたし、また、一面にはひどく冷酷な感じでもあった。
早稲田大学出の颯爽さっそうたる青年で、眼鏡をかけて、茶色の背広を着た、ニコニコした青年を、私は今でもはっきり記憶している。