顔容かおかたち)” の例文
旧字:顏容
葉子の郷里から上京して来たお八重は顔容かおかたちもよく調ととのって、ふくよかな肉体もほどよく均齊きんせいの取れた、まだ十八の素朴そぼくな娘だったので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こうして、かの尼に対する村人の信仰がだんだんよみがえって来ると反対に、尼の顔容かおかたちのだんだんにやつれて来るのが目についた。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分の持病の発作が顔容かおかたちを変えはしないかと訊ねたことは、わざとバーグレーヴ夫人に自分の発作のことを思い出させるためと
顔容かおかたちは夜目、ことには、頭巾眼深——ちょいとハッキリしないのだが、この艶姿あですがたから割り出すと、さもあでやかだろうとしか考えられない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「姿や顔容かおかたちは、拙者よりはかえってそちらの方がおくわしいはずじゃ。では、今日はほかに急ぎの私用もござれば、これにて失礼いたします」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物腰の静かさもそうなら一人がせきをすれば、間を置いてまた一人がそれをっていた、顔容かおかたちもこれほど似た人は多くあるまいと思われるくらい
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と、心を空にその年寄りだという娘の子の一人ある男の顔容かおかたちなどをいろいろに空想しながら、やたらに道を歩いていった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
薄闇の中とはいえ、接近しているので顔容かおかたちが分らぬ程ではない。彼は怪物の顔を見た。はっきりとその素顔を見たのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その容貌はなかなか美しいのも沢山ある。少し色は黒いけれどもまず日本の婦人とほとんど同じような顔容かおかたちをして居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鼻の穴が片方はほとんど塞がっており、鼻筋は全く平らに押しつぶされていた。女としてそういう顔容かおかたちになった以上、まず嫁入りは六かしいはずである。
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
冬子は、お光に会うときはいつも快げに微笑んでいたが、春風楼へ来ると唇をかたく結んで静かにやや陰鬱に顔容かおかたちを乱さなかった。口もあまり利かない。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
たちま穉子おさなごの笑う声がしたので、わたくしは振り向いて見た。顔容かおかたちの美くしい女が子を抱いてたたずんで、わたくしの墓表の文字を読んで歩くのを見ていた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今ではなんとか名前を変え、顔容かおかたちまで変えているんでしょう。浪五郎は正直者で、海賊なんかする人じゃありませんが、お上ににらまれていては手も足も出ません
そしてまもなく、およいだり、くぐったり出来できようみずあたりにましたが、そのみにく顔容かおかたちのために相変あいからず、ほか者達ものたちから邪魔じゃまにされ、はねつけられてしまいました。
顔容かおかたちに似ぬその志の堅固さよ。ただおとぎめいた事のみ語って、自からそのおろかさを恥じて、客僧、御身にも話すまいが、や、この方実は、もそっと手酷てひどこころみをやった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若し顔容かおかたちの好し悪しほど筋に相違があったら、世上に芸事をやる有象無象がこんなに多い筈はない。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それからもう一つ、これは今少し新しく出来たものらしいが、宝手拭たからてぬぐいという話がある。むかし心の美しい、顔容かおかたちの至って見にくい娘があって、長者ちょうじゃの家に奉公をしていた。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
色変わりの羽織を着た今松が、最前はこちらが目を伏せていたので気がつかなかった、すっかり尾鰭のついた顔容かおかたちで、しばらくして宿屋の敷居越しにいんぎんに手をついた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
あみだ上りはみなつづら笠、どれがさまやらぬしじゃやら——この文珠屋も、葛籠笠つづらがさをかぶっていたから、あの時は顔容かおかたちは見えなかったが、こうして素面に日光を受けたところは——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お兄様と私とによって顔容かおかたちを入れ違えたままに遂げられなければならぬ運命が一刻一刻とさし迫って来ておりますことを、私は毎日毎日ハッキリと感ずるようになって参りました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
少女は十二三歳ぐらいで、色の蒼白い清らかな顔容かおかたちであった。白地にうろこを染め出した新らしい単衣ひとえを着て、水色のような帯を結んでいた。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そう思うと、お前の顔容かおかたちから、不断よく着ていたあの赤っぽい銘仙めいせん格子縞こうしじまの羽織を着た姿がちらりと眼に浮んだ。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ほかのネパールとかあるいはブータンとかの種族はこれほどに清潔でない。そうしてその顔容かおかたち及び色の白さ加減はまた日本人の肺病患者はいびょうやみによう似て居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あんな娘があるものじゃございません。少しばかり顔容かおかたちがよかったので、男から何とか言われるのが嬉しかったのでしょう。四方屋の家風は昔から堅いので評判を
少禿天窓すこはげあたまてらてらと、色づきの顔容かおかたち、年配は五十五六、結城ゆうき襲衣かさねに八反の平絎ひらぐけ棒縞ぼうじま綿入半纏わたいればんてんをぞろりと羽織って、白縮緬しろちりめんの襟巻をした、この旦那と呼ばれたのは
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胴の長いせぽッちなその骨格と、狭い額際との父親そっくりであるほか、この子が母親の父方の顔容かおかたちを受け継いでいることは、笹村にとってかえって一種の安易であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「待たれい。——覆面なれば、顔容かおかたちもよく分らぬはず。殊に、それはすべて夜陰ではないか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
綾部近く福知山近く始終ヌッと大きな入道雲に似た無気味な顔容かおかたちを見せていたが、この山の中腹辺りから、真っ黒な雲がムクムク湧き出しては、日になんべんか大夕立を降らせた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
顔容かおかたちも達三君よりも締まっていた。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
昨夜お召しに因って王君の前に出ますと、その顔容かおかたちが二十七年前に殺したかの少年をそのままであるので、わたくしも実におどろきました。
一と口挨拶あいさつをした後は黙ってすわっているその顔容かおかたちから姿態すがたをややしばらくじいっとみまもっていたが柳沢がどうもせぬ前とどこにも変ったところは見えない。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
しかしどっちにしろ、顔容かおかたち判然はっきり今も覚えている。一日あるひ、その母親の手から、むすめが、お前さんに、と云って、縮緬ちりめん寄切よせぎれこしらえた、迷子札まいごふだにつける腰巾着こしぎんちゃく一個ひとつくれたんです。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旅から帰ってからの鶴さんに、始終こってりづくり顔容かおかたちを見せることを怠らずにいたお島の鏡台には、何の考慮もなしに自暴やけに費さるる化粧品のびんが、不断に取出されてあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
凝視ぎょうしをもって両方からはさみ撃ちに迫った万太郎主従は、彼の黒頭巾が隠している星のような二つの瞳と、その仄白ほのじろ顔容かおかたちと、その黒い曲線とで、すぐにも思い当ったでしょう。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はチラリと見ただけですが、成程そう言えば、満更の乞食では無いらしく、身扮みなりも自堕落ではあったにしても、そんなにひどいものでは無く、顔容かおかたちも尋常、身体なども逞しくさえ見えたのです。
この貴族僧侶はその顔容かおかたちまで一粒選ひとつぶえりの綺麗揃きれいぞろいで、その生活の有様は実にチベット国における僧侶中の最高等のものである。またこれまで法王の台所へモンゴリヤから上げた金銀は少なからんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「そうですかなあ……なるほどそういえば、顔容かおかたちにどこといって一つ似たところはないのですが」
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
路ばたに一軒の新しい草葺くさぶきの家があって、ひとりの女がかどに立っていた。女は十六、七で、ここらには珍しい上品な顔容かおかたちで、着物も鮮麗である。彼女は周に声をかけた。
母親はやがて、繻子しゅすの帯を、前結びにして、風呂敷包ふろしきづつみを持つてあらわれた。お辻の大柄な背のすらりとしたのとは違ひ、たけも至つて低く、顔容かおかたち小造こづくりな人で、髪も小さくつて居た。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
髪の毛を撫で、鏡をとって、顔容かおかたちをただして来たようであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時々ふっと二人の顔容かおかたちから態度などを見比べて、どうも似ていない、娘には自分もこれほど心から深く愛着していながら、これがその母親かと思うと、さすがに思い込んだ恋も
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
四人の女のうちでは、児島亀江というのが一番つつましやかで、顔容かおかたちもすぐれていた。
五色蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この会場にるものは、位ある有髯ゆうぜん男子も脱帽して恭敬の意を表せざるべからざるに、かれは何者、肩掛ショオルかつぎ、頭巾目深に面を包みて、顔容かおかたちは見えざれども、目はひややかに人を射て
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そう云えば何となく、顔容かおかたちも柔和での、石の地蔵尊に似てござるお人じゃそうなげな。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不思議に思って近寄って窺うと、岩穴の奥には怪しい女が棲んでいた。十年ぜんに比べると、顔容かおかたちいちじるしくやつれ果てたが、紛う方なきのお杉で、加之しかも一人の赤児を抱いていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
渋紙した顔に黒痘痕くろあばたちりを飛ばしたようで、とんがった目の光、髪はげ、眉薄く、頬骨の張った、その顔容かおかたちを見ないでも、夜露ばかり雨のないのに、その高足駄の音で分る、本田摂理せつりと申す
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毎日来るので、亭主もこの女の年頃や顔容かおかたちをよく知つてゐた。彼女かれ廿二三にじゅうにさんぐらゐの痩形やせがたの女で、眉を剃つてゐる細い顔は上品にみえた。どう考へても、こゝらの百姓や町人の女房ではない。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
顔容かおかたちすぐれて清らかな少年で、土間どま草鞋穿わらじばきあしを投げて、英国政府が王冠章の刻印ごくいん打つたる、ポネヒル二連発銃の、銃身は月の如く、銃孔じゅうこうは星の如きを、ななめ古畳ふるだたみの上に差置さしおいたが、う聞くうち
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
悪左衛門をはじめ夥間なかま一統、すなわちその人間の瞬く間を世界とする——瞬くという一秒時には、日輪の光によって、御身おみ等が顔容かおかたち、衣服の一切すべて睫毛まつげまでも写し取らせて、御身等その生命の終る後
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔容かおかたちに年を取らず、ちっとも変らず、同一おなじである。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)