ほとばし)” の例文
ほとんど腐朽に瀕した肉体を抱えてあれだけの戦闘と事業を遂行した巨人のヴァイタルフォースのかまどからほとばしる火花の一片二片として
子規の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
活々した抑揚とか、快い発声法はなく、ただ内に閃くもの、ほとばしるものに随って声を出すのであった。その調子は時に唐突でもあった。
忘れがたみ (新字新仮名) / 原民喜(著)
うれし泣きに嗚咽おえつするお珠の顔を、むごいような力でいきなり抱きしめると、安太郎は、彼女の唇に情熱のほとばしるままに甘い窒息ちっそくを与えた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
安島二郎氏が突然にゆがんだ顔を上げた。中腰になって両手を伸ばした。両袖のカフス・ボタンからダイヤの光りがギラギラとほとばしった。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
夫人は、心の中に抑えに抑えていた女性としての平生の鬱憤うっぷんを、一時に晴してしまうように、烈しくほとばしる火花のようにしゃべり続けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あれこそ言々肺腑からほとばしったというのでしょう。いう人に誠実がなければああは人の胸を打つものでない。或は田中君は鉱毒問題を
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
雲は暗かろう……水はもの凄く白かろう……空の所々にさっ薬研やげんのようなひびがって、霰はその中から、銀河のたまを砕くが如くほとばしる。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すべてのものがいっしょになって、闇夜やみよの中の沼みたいな奇怪な夢の世界をこしらえていて、そこから希望のまぶしい光がほとばしり出ていた。
忘れたい歌の文句が、はっきりと意味を持って、姫の唱えぬ口のことばから、胸にとおって響く。乳房からほとばしり出ようとするときめき。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
けれど的確に表現されたロシア語ほど大胆不敵で、しかも心の奥底からほとばしり出て、生気溌剌として沸き立つ言葉は他にないだろう。
忽ち又千百の巨礮きよはうを放てる如き聲あり。一道の火柱直上して天を衝き、ほとばしり出でたる熱石は「ルビン」をめたる如き觀をなせり。
しかしその強靱きょうじんな論理を示す文章の間に、突然魂の底からほとばしり出たかのような啓示的な句が現われて、全体の文章に光を投げる。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
しかるにおうとのぞみは、ついえずたちまちにしてすべてかんがえ圧去あっしさって、こんどはおも存分ぞんぶん熱切ねっせつに、夢中むちゅう有様ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ここだと云はないばかりにほとばしつて來た儘に、渠はおのれの妻が裏店うらだなのかかアか何かのやうに、燒けぼツくひじみた行爲に出た不埒ふらちを述べた。
「ああわたし行って見たい。ああ妾行って見たい!」と夢見るような声で云った。若い娘の好奇心と若い娘の虚栄心とからほとばしり出た声である。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
暴風雨あらしが私の体中を荒れ狂ふ。雷雲かみなりぐものやうに険悪に濁つた血が、ほとばしり出る出口を探し求めてるやうに、脈管を走り廻つている。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
雪の固い粒は梨の肉のような白い片々となって、汁でもほとばしりそうに、あたりに散らばる、鉈の穿うがった痕の雪道を、足溜まりにして、渡った。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
水道のせんからほとばしるように流れ落ちて来る勢いの好い水の音を聞きながらなべの一つも洗う時を、この婆やは最も得意にしていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
金蔵の首へかけた縄は放さなかったけれど金蔵の刀は避けられず、またしても左の額際ひたいぎわ一刀ひとたちやられた。血がほとばしって眼へ入る。
手に持つ錫杖を突きさしてしばらく祈念し、やがてそれを抜くと、その穴から水がほとばしって、女の顔のところまで飛び上りました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
のみならず彼女が何分かの後、胡弓と笛とに合わせながら、秦腔しんこうの唄をうたい出した時には、その声と共にほとばしる力も、確に群妓を圧していた。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すなわち実はその一面には同氏等のような少くもヒガンザクラについては半可通な学者をして醒覚せしめんとの下心のほとばしりもあったのである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ややもすれば筆の先にほとばしりでようとする感激を、しいて呑みくだすように押えつけた。彼のペンは容易にはかどらなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
玻璃色びいどろいろ薔薇ばらの花、草間くさまほとばし岩清水いはしみづの色、玻璃色びいどろいろ薔薇ばらの花、おまへの眼を愛したばかりで、ヒュラスは死んだ、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
其傍になまぐさき血のほとばしりかゝれる痕をみたりと言へば、水にて殺せしにあらで、石に撃つけてのちに水にいれたりとおぼえたり。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
間もなくこの憤懣の情が粗暴な、意地の悪い表情言語になつてほとばしり出た。わざと相手を侮辱して遣らうと思つたのである。
それはひとりでに妾の口をほとばしり出でた言葉だったけれど、このとき云った、(どんなことをしてでも探しだしていただきたいわ)
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
歌人とゆめ名のらぬ人から歌がほとばしるのです。こんな境地が現にあるということについて、歌道に志すほどの人は意を留めなくてよいでしょうか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
横浜! 横浜! とあるひは急に、或はゆるく叫ぶ声の窓の外面そとも飛過とびすぐるとともに、響は雑然として起り、ほとばしづる、群集くんじゆ玩具箱おもちやばこかへしたる如く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私が夢のような薄暗いで見た唐紙の血潮は、彼の頸筋くびすじから一度にほとばしったものと知れました。私は日中にっちゅうの光で明らかにそのあとを再びながめました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夏目さんは大抵一時間の談話中には二回か三回、実に好い上品なユーモアを混える人で、それも全く無意識にほとばしり出るといったような所があった。
温情の裕かな夏目さん (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
これにりて須坂を出ず。足指漸くあおぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。ところどころに清泉ほとばしりいでて、野生の撫子なでしこいとうるわしく咲きたり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、ぱつと扉が開き、あふるゝ許りの光り——裕佐にはさう感じられた——が滝のやうにそこからほとばしり出るのであつた。
相模寅造は立ったままでジロジロと一同を見下していたが、唐突に安亀の方に向き直ると、まるでほとばしり出るような声で
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
自分等じぶんらてるひゞきさそはれてさわ彼等かれらきまつたはやしこゑが「ほうい/\」と一人ひとりくちからさうして段々だん/\各自めいめいくちから一せいほとばしつて愉快相ゆくわいさうきこえた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
思いがけぬ不意な熱情のほとばしりから、また自然の苛酷な皮肉から、主の知れない呪われた子を生み下すとき、その不幸な子供を若干の金で貰い受けて
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
そして此の白煙は、ピストンを動かすたんびに、汽筒から煙突の中へ激しくほとばしり出て、あの機械の音を出させるんだ。
。さるれえの脳髄とお勢とは何の関係も無さそうだが、この時突然お勢の事が、噴水のほとばしる如くに、胸を突いてあがる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と法水の凄愴な気力から、ほとばしり落ちてきたものに圧せられて、旗太郎はまったく化石したように硬くなってしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただひとつ老人の贅沢ぜいたくがゆるされるなら、若者らしい正義感のほとばしるままに時として若干怒りっぽい感じがないでもない。独り息子のせいかも知れない。
太陽からほとばしる宇宙的な光炎なんだ、夜の進むに従って薄らいだとはいえ、時々立ち昇る如く見える、その広がりが幾百幾億万里に及んだか計られない。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
眞劒な而も強く抑制された内心の火は、明瞭な語調の内にほとばしり、激しい言葉を奔らせたがこれは抑へつけられた、短縮された、抑制された力になつた。
胸にみなぎる情の波が指頭にほとばしって絃に触れるのでもなければ、空に漂う楽のねに心上の琴線が共鳴するのでもない。
芸術と社会 (新字新仮名) / 津田左右吉津田黄昏(著)
という言葉も終らぬ中に、良夫の頸はがっくり前に落ち、黒地に金で猛虎を刺繍した大緞帳に鮮血がさっとほとばしる。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その騒しさが少年の心をいやが上にも刺戟した。まだ社会の裏面を渾沌こんとんとして動きつつあった思想が、時としては激情の形でほとばしようとすることがある。
熱血のほとばしり、熱涙のしたたり、秦皇ならねど、円本を火にし、出版屋を坑にせんずの公憤より出た救世の叫びである
桶の底の穴をふさぐ栓をぬくと、水がひろがって、ほとばしり出る。一方男はなるべく広い面積にわたって水を撒こうと、殆ど走らんばかりにして行く(図18)。
不意に、夕日の光が、少しづつ晴れて来た西の方の雲の細い隙間から一かたまりに流れほとばしつて、丘の上に当つた。丘は舞ふやうな光線のなかに急に輝き出す。
俺は又それを押へようとはしないで、むしろ其ほとばしるが儘に任せて、ぢつと結局を見つめてやらうと思つた。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
がそれよりも私の驚いたのは可愛い顔をしているくせに少年の口吻くちぶりがなんとなく、一家の見識を備えて、威厳おのずから備わるあるものをほとばしらせていることであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)