うかが)” の例文
アパートのどの窓からも殆んどうかがう事の出来ない程に鬱蒼たるくぬぎ赤樫あかがしの雑木林にむっちりと包まれ、そしてその古屋敷の周囲は
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この郡山の金魚は寛永かんえい年間にすでに新種をこしらえかけていて、以後しばしば秀逸しゅういつの魚を出しかけた気配が記録によってうかがえることである。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蚊帳をうかがうこの姿が透いたら、気絶しないでは済むまいと、思わずよろよろと退すさって、ひっくるまるもすそあやうく、はらりとさばいて廊下へ出た。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
としとって隠居してからでも、なかなか家にじっとしてはいない。家人のすきをうかがっては、ひらりと身をひるがえして裏門から脱出する。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「人相はともかく、問答に事よせて、顔色がんしょくうかがいにまいった。御落胤か、いつわり者か、問答しながら、顔色を見ようと——うまうまはまった」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
夏野の道を旅人の小止おやみなく通っていることも聯想さるれば、その石を唯一の休み場処とする夏野の広々とした光景もうかがわれる。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それは男の晴やかな額を見てもすぐ分る。いつもは優しいことばを掛けていても、その底にすきうかがっているような、意地の悪い心持ちがあった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
其中そのなかの一人は同じ村外れの一軒のあばから金色きんいろの光りが輝きいでるのを見て不思議に思つてうかがつて見ますと何様どうでせう
金銀の衣裳 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
木村は今云ったような犬塚の詞を聞く度に、鳥さしがそっとうかがい寄って、黐竿もちざおさきをつと差し附けるような心持がする。そしてこう云った。
食堂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
箱根の間道へ、今日に限ってわけ登る十七八の若い武家、それが自分を敵とうかがう、万田龍之助でないと誰が保証するでしょう。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
蛇の足をうかがうと尾だったてふは、単に蛇は主として尾の力で行くと見て言ったと説かば、陰具などを持ち出すにも及ぶまい。
彼の歌想は他の歌想に比して進歩したるところありとこそいうべけれ、これを俳句の進歩に比すればいまだその門墻もんしょうをもうかがい得ざるところにあり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
冷酷な鉄窓裡てっそうりに呻吟し、長い間の苦心惨憺! 厳重な獄裡の隙をうかがいつつ一字一句におそれと悲しみを籠めて書いた手紙
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
「紳士」という偽善の体面を持たぬ方が、第一に世をあざむくという心にやましい事がなく、社会の真相をうかがい、人生の誠の涙に触れる機会もまた多い。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
余りの不思議さに自分は様子を見てやる気になって、ある小蔭こかげに枯草を敷ていつくばい、ほんを見ながら、折々頭を挙げての男をうかがってた。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
もとより、はゞかりにゆきたいのでも何でもありませんから、どうかして隙を見て逃げやうとしてしばらく暗い中にしやがんで、様子をうかがつてゐました。
嫁泥棒譚 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
チラリとうかがわれるようになった近代欧州の知識に関心をよせ、そのためには生命を失いさえしなければならなかった。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と、心に呟いて、いままで、単に、捕り方たちを威すために抜きかざしていた短刀を、握りしめて、前屈みに、上目を使って、じっと侍の様子をうかがった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
林の中の一群は、大日武者之助を先頭に、しずしずとして此方こなたへ近寄って来る。静かではあるが執拗にかえるうかがへびのように、きわめて悠々と迫って来る。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしあまり早朝なので、表戸はしまっていて内部をうかがうよしもない。通りかかった女性に聞くと、まだ三時間ほど待っていなければならぬそうであった。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
淡い味にひめた象徴の世界をうかがっていたのであろう。泉鏡花の作品のようにお化けが出ていたりしていた。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼は逃げようとして絶えず隙をうかがってでもいるような、何かぴったりとしない葉子の気分に、淡い懊悩おうのうと腹立たしさを感じながら、それを追窮する勇気もなく
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
唯一箇所赤茶化た崖の下に青白い水面をチラとうかがい得たに過ぎなかった、アゾ原あたりであったろうか。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
然し「同志」というものゝ気持は、僕等からはとてもうかがい知ることの出来ないほど、深い信頼の情ではないかと思うんだ。だが、君はそれに裏切られているのだ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
今の政治家は誰も知らないが、写真で見ると、高橋是清氏と、浜口雄幸氏とが面白い。浜口氏の首はいつか作ってみたいと思ってうかがっている。此人は彫刻に殊に好い。
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
廻って東門をうかがったが、同様である。内には、六文銭の旗三四りゅう、朝風に吹靡ふきなびいて整々としていた。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ゆえに拙者、暫時間ざんじかん幸に先生多年実験するところの大概をうかがうことを得ました。実に拙者、無上の大幸とはすなわちこのことであります。先生すでにとし七旬しちじゅんに余ります。
禾花媒助法之説 (新字新仮名) / 津田仙(著)
宇内うだいの大勢に至りては、横井は世界的眼孔を以てこれを悟り、佐久間は日本的眼孔を以てこれを察し、藤田に至りては、水戸的眼孔を以て、僅かにこれをうかがいたるのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そうしてその人は、現にどこかで、警察や僕等の騒ぎを頬笑みながらうかがって居るにちがいない。
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
隙があったら自分のものにしようとうかがっている、だからいまに越重の店で一と騒動はじまるぞ。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この文を読むと、玄白が自ら博識をもちながら、しかもいかに謙虚であり、それと共に門人玄沢に対していかに信頼の厚かったかを十分にうかがうことができるでありましょう。
杉田玄白 (新字新仮名) / 石原純(著)
「おらは南朝鮮で生れたぜ」彼はずるそうに私の気色をうかがうのだった。そしてひーんと打ち消すように鼻で笑ってみせた。だが私は強いて驚くような気色を見せまいとした。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
彼女は曳金ひきがねに手をあてて、じっと床の上の猫をうかがった。もし発火されたならば、この久しい時日の間、彼女を苦しめた原因は、煙と共に地上から消失してしまうわけである。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
おのれを以て人を推せば、先祖代々土の人たる農其人の土に対する感情も、其一端いったんうかがうことが出来る。この執着しゅうちゃくの意味を多少とも解し得るかぎを得たのは、田舎住居の御蔭おかげである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この杜九如が唐太常の家にある定鼎の噂を聞いていて、かねがねどうかして手に入れたいものだとうかがっていた。太常の家は孫の代になって、君兪くんゆというものが当主であった。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この問題に対する国民や為政者の態度はまたその国家の将来を決定するすべての重大なる問題に対するその態度をうかがわしむる目標である。(大正十三年五月『大正大震火災誌』)
地震雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その時、突如、静寂な往来に沢山な靴音が聞えたので、彼は本能的に身を転じ、暗い蔭にひそんで様子をうかがった。一かたまりの黒い人影は飛ぶように近づいて来る、警官らしい。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
彼は彼女の様子をうかがいながら、とっつきの障子の隙間すきまからそっと内のなかをうかがってみた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
死んでいるのかをためさんとする如く、つくねんとたたずんでうかがっている、天地皆死んだとき、宇宙は星の外に皆吹き払われて、空洞からっぽになってしまったとき、自分の眼は冴え冴えしくなり
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
有心体の唱導の中心になるべき「心」が、このようにしてつながれねばならない「詩心」であったところに、定家のめさせられた困難の並々でなかったことがうかがわれるのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
そうしなければ、その土地の住民は胸を割ってみせないであろうし、むろん事あれかしとうかがっていたオロシャは逼塞ひっそくしないであろう。——そして、これは彼の予想の通りであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その間耕吉は隠しきれない不安な眼つきに注意を集めて、先生の顔色をうかがっていたが、先生の口元には同じような微笑しか浮んでこなかった。見終って先生は多少躊躇ちゅうちょしてる風だったが
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
いとひもあへず小隠れてうかがひしが、さりとも知らぬ母の親はるかに声を懸けて、火のしの火がおこりましたぞえ、この美登利さんは何を遊んでゐる、雨の降るに表へ出ての悪戯いたづらは成りませぬ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
同じ作家の『婦人に寄語す』と題する一篇を読まば、英国の如き両性の間柄厳格なる国に於いてすら、くの如き放言を吐きし詩家の胸奥をうかがうに足るべきなり。嗚呼ああ不幸なるは女性かな。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、折あらば二官に向って、羅馬王庁のことばを伝え、王家の復興をわすれ夜光の短刀の捜索をすてて、無為に生きながらえている非行を責めようと、機をうかがッていたのでありました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は我々がきっととり返しに来ると思って、しばらくは様子をうかがっているに違いない。しかし、ぐずぐずしていると、彼は書類を隠し場所から取り出して、本国へ送るだろう。そうなっては大変だ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
時雄は黙ってこの嬌態きょうたいに対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の顔をうかがったが、その不機嫌ふきげんなのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お倉は妓籍にあるころよりも、横浜開港に目をつけて、夫と共に横浜に富貴楼の名を高め、晩年も要路の人々の仲にたって、多くの養女をそれぞれの顕官に呈して、時世の機微をうかがい知っていた。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一夜北国にありて月明に乗じ独り郊外を散歩し、一けん立ての藁家わらやの前を通過せんとした。ふと隙漏すきまもる光に屋内をうかがうと、を囲める親子四、五人、一言だもかわさずぼんやりとしてあんむさぼっていた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
唯一の道はいかなる条件にもせよ一旦戦争を終結させて、科学に基礎を置いた国力の充実を計り、三十年五十年後の機会をうかがうこと以外にはあるまいと思う。科学を軽視した報いがいかなるものか。
戦争中止を望む (新字新仮名) / 伊丹万作(著)