かみしも)” の例文
そこに神輿みこしが渡御になる。それに従う村じゅうの家々の代表者はみんなかみしもを着て、からかさほどに大きな菅笠すげがさのようなものをかぶっていた。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その当日は数十けんの「筋目の者」たちは十六のきくのご紋章もんしょうの附いたかみしもを着ることを許され、知事代理や郡長等の上席にくのである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鏡のような、静かな顔に、蒼白い笑みをうかべた伊賀のあばれン坊、かみしもの肩を片ほうはずして、握り太の鞭を、群衆の頭上にふるう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
松の内の登城ですから、無論式服、熨斗目のしめかみしも長袴ながばかま、袴のくくりは大玄関の板敷へ上がるとすぐに下ろしてすそを曳くのが通例でした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またかみしもを着け、供をしたがえてゆく姿は、その人が年寄りであろうと若侍であろうと、うっとりするほど清潔で男らしく思われた。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
問屋といや九太夫くだゆうをはじめ、桝田屋ますだやの儀助、蓬莱屋ほうらいやの新七、梅屋の与次衛門よじえもん、いずれもかみしも着用に雨傘あまがさをさしかけて松雲の一行を迎えた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手燭をささげた小間使が両側に控え、式台には、少しかたわらに寄って、かみしもに正装した神山外記が出迎えていた。彼は平伏して云った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
有平糖あるへいたうのやうなかみしもを着て、鼻の下に白粉を塗つたまゝ、手拭を首つ玉に卷いた姿で、ガラツ八の前へヒヨイとお辭儀をしました。
それから、かみしも紋附の上に荒縄をかけられ、刑場へ引かれたが、この時、松陰は同囚等への告別のつもりで、自筆の「留魂録」の冒頭の歌
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
顔は薄皮うすかわ立って色が美しく、いまでも目をそばだたせるが、肩幅が張って上背が増し、キッタリとしてかみしものつきがよくなった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は祖父の古い梨子地なしじかみしもというのも見ました。祖母の縫取模様の衣類や帯、父の若い時に着た革羽織かわばおりというのも見ました。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
かみしも姿の尾藤内記は、素長すながい顔を真青にしたまま忠之の眼の色を仰ぎ見た。そうして前よりも一層低く頭を板張りに近付けた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いいえ、私が何かしようとすると、時々目の前へ出て来るんです。……かみしもを着た、頭の大きな、おかしな侏儒いっすんぼうしですがね。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは丁度吃又どもまたの芝居の如きものでしょう。あの又平またへいが、一生懸命になって手水鉢ちょうずばちかみしもをつけた自画像を描きます。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
現れたところは堂々たるもの、立派なかみしもをつけ、テーブルには豪華な幕をかけて、雲月の幕にもひけをとらない。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
くずの材料は朝鮮から入るといいますが、にするわざは掛川で為されます。昔ははかまかみしも素地きじとして主に織られましたが、今はほとんど皆襖地ふすまじであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あながかみしもを付けた四角四面の切口上きりこうじょうで応接するというわけではなかったが、態度が何となく余所々々よそよそしくて、自分では打解けてるツモリだったかも知れぬが
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
高いところへ登って片足を撞木しゅもくにかけて逆さにぶらさがっているところ、かみしもを着て高足駄を穿いて、三宝さんぽうを積み重ねた上に立っている娘の頭から水が吹き出す
大次郎はすぐに支度をして、さすがにかみしもは着ませんけれども、紋付の羽織袴というこしらえで、干菓子の大きい折をさゝげて、駕籠をよし原へ飛ばさせました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見ると、文治は痩衰やせおとろえてひげぼう/\、葬式とむらい打扮いでたちにて、かみしもこそ着ませぬが、昔に変らぬ黒の紋付、これは流罪中かみへお取上げになっていた衣類でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
だいたいこのあたりは、そのむかし、おもだった藩士たちの屋敷跡で、むかしはかみしもに両刀をたばさんだ、登城すがたの侍たちの往来でにぎわっていたのでしょう。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私たちはかみしもをつけて、太夫らしく他所よそ行きになって、泣いたり、大声を立てたりして見せる父に対し、一様にきまり悪さと楽しさとの混じった感情を抱いていた。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
再び軽い拍子木ひやうしぎおと合図あひづに、黒衣くろごの男が右手のすみに立てた書割かきわりの一部を引取ひきとるとかみしもを着た浄瑠璃語じやうるりかたり三人、三味線弾しやみせんひき二人ふたりが、窮屈きうくつさうにせまい台の上にならんで
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
汚点しみ抜き、染め更えしの染物店が混り、そこのショウウヰンドウには、流行の子供の袖無しちゃん/\こが飾ってあるかと思えば義太夫用のかみしもが飾ってあります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私も、いちど聞きに行つたが、まちの旦那たちが、ちやんとかみしもを着て、真面目に義太夫を唸つてゐる。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
残ったのは、虫の食った挟箱はさみばこや、手文庫、軸の曲った燭台しょくだい、古風な長提灯ながちょうちん、色のせたかみしもといったような、いかにもがらくたという感じのするものばかりであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
武家の着こんだかみしも、長袴をみごとに「野暮」と捨て去って、幡随院長兵衛のように鎗のふすまの中に、裸一貫でとび込んでいくあの意気、あれが新しき町人の人間像
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
かみをチョンまげい、かみしもけ、二本さし、オランダへ行った。これよりさき、外国で日本人が来るそうだ、毛が頭の半分だけえ、その毛がつっ立っているそうだ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「何を君は怒ってるんだ。君は日本にもう一度、丁髷ちょんまげかみしもを著せたくてしょうがないんだよ。」
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
其の途端に欄間の上から大きな鼠が猫をくわえて出て来たが、すぐ畳の上へ落とした。宅悦は嬰児を寝かすなり表へ走り出た。門の外には伊右衛門がかみしもをつけて立っていた。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
当時は四十五、六の男盛り、若太夫の頃から美少年で知られた男前、太い髷に結ってきりっとした顔立ち、華やかなかみしも姿で押出しの立派さ、ちょっと先代片岡我童の面影。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
近年制定せられた礼服なるものには、こういう晴衣はまったく認められていない。燕尾服えんびふくないしはかみしもという式作法は、最初から多数の参加断念者を予期していたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
内匠頭はこのときも長かみしもにすべきか烏帽子に大紋にすべきかについて上野介に意見を求めた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
日本の「つばき」の椿は日本製の字すなわち和字でそれはさかきとうげかみしもはたらくなどと同格である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何だか馬鹿らしく滑稽で私はお湯の中で笑い出したけれど、今年の豆撒きにはイギリスとかアメリカの領事館か何かの人がかみしもを着て豆をまきに護国寺へ出かけたのだそうです。
中肉中背だがかみしもでもつけたように、おそろしく両肩が張っていて、瓢箪のように細長い顔は、へんに青白い。疳性らしい青筋が、ミミズのように、額に太く這い、びくついている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
元来かみしもをつけての上の議論ではないのだから、どうかその心算つもりでお聴きを願ひたい。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その背後うしろには季節にかなわせた、八橋の景が飾ってあり、その前に若い娘太夫が、薄紫熨斗目のしめの振袖で、金糸銀糸の刺繍をしたかみしも福草履ふくぞうりを穿いたおきまりの姿で、巧みに縄をさばいていた。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
整然として薄ら明るく、墨繩すみなわで設計され、あたかもかみしもをつけたようにきちんとしている。一介の町人が国家の顧問官となったようにかしこまっている。中にはいってもたいてい明らかに見える。
有平糖あるへいとうのようなかみしもを着て、鼻の下に白粉を塗ったまま、手拭を首っ玉に巻いた姿で、ガラッ八の前へヒョイとお辞儀をしました。
黒紋つきにあられ小紋のかみしも、つづく安積玄心斎、脇本門之丞わきもともんのじょう谷大八たにだいはち等……みんな同じつくりで、正式の婿入り行列、にわかのお立ちです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
翌日の夕刻になると、羅門は、常になくいそいそとして、黒龍紋くろりゅうもんかみしもはかま身扮みなりも隙なく、若年寄小笠原左近将監の邸へ出向いて行った。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐は頷いて、今日は継ぎかみしもでゆこう、と云った。御書状はこのまま使者に持たせていいか、と惣左衛門が訊き、甲斐は「よし」といった。
安部は、淋しいなとつぶやいていると、ステージの端のほうへかみしもを着た福助がチョコチョコと出てきて、両手をついてお辞儀をした。安部は
予言 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
自分等は鼻唄で通り越して置き乍ら、吾儕われ/\にばかりかみしもを着て歩けなんて——はゝゝゝゝ、まあ君、左様さうぢや無いか。だから僕は言つてつたよ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真っ黒な赭顔にあゝ云う地色や光沢の素襖や大紋やかみしもを着けていた姿は、いかに凜々しくも厳かであっただろうか。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分のこのたびの恋情が如何様いかように熾烈の度を加へるにしても、自分と女との交渉がこれまでのところあたかかみしもをつけた道学者の如く四角張つた身構えにあり
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
かみしもをつけて菅笠すげがさをかむって、無意味なような「ナーンモーンデー」を唱える事は、堪え難い屈辱であり、自己を野蛮化する所行のように思われたのである。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
錦襴きんらんかみしもをつけた美しい娘手品師が、手を挙げれば手の先から、足をあげれば足の先から、扇子を開けば扇子から、裃の角からも、袴のひだからも水が吹き出す。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さア江戸橋魚市うおいち込合こみあい真最中まっさいちゅう、まして物見高いのは江戸の習い、引廻しの見物山の如き中にかみしも着けたる立派な侍が、馬の轡に左手ゆんでを掛け、刀のつか右手めてを掛けて
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)