あざみ)” の例文
「金沢町の江島屋——此間あざみの三之助が殺された場所、今度は塀の下の、犬潜いぬくぐりの穴に首を突っ込んだ伊保木金太郎がやられましたよ」
匕首あいくちをつかみ、解けかけた帯の端を左の手で持ちながら、あざみの芳五郎は、脱兎だっとのように、木場きばの材木置場の隅へ逃げこんで行った。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲仙にはあざみ谷、鬼神きじん谷のような、上から見下みおろして美しい渓谷はあるが、渓谷それ自らの内部にこれほどの美を包容する渓谷はない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
『潮來出島の眞菰のなかで』といふ眞菰や蒲の青々した蔭にはあやめはやゝ時過ぎてゐたが、あざみの花の濃紫が雨に濡れて咲き亂れてゐた。
なんじ我言に背いて禁菓を食ひたれば、土は爾の為にのろはる。土は爾の為に荊棘いばらあざみを生ずべし。爾は額に汗して苦しみて爾のパンをくらはん」
草とり (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
……あなたはここをお立ちになると、もうその時から、私なぞは、山の鳥です、野のあざみです。路傍みちばたちりなんです。見返りもなさいますまい。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ女神にそういわれて撫でさすられた空骸は、土に還ると共に、そこからはこけ桃のような花木、あざみのような花草が生えた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なんじ我言に背いて禁菓きんかいたれば、土は爾の為にのろわる。土は爾の為に荊棘いばらあざみしょうずべし。爾は額に汗して苦しみて爾のパンをくらわん」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なかの一人はあざみに這いのぼった、薊はぐるぐる揺れ、その人はぱたんと露の玉のように地におちて、いたそうに泣き出した。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
クレーヴンは手斧を握りしめて前へ進みよった。あざみの頭が彼にさわった。またもやはっとした彼は思わずたじたじとなった。
あざみも長い間の押し問答の、石にくぎ打つような不快にさっきからよほどごうが沸いてきてる。もどかしくて堪らず、酔った酒もめてしまってる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そうだ、僕が、生れてはじめて、アテチョック(アルティショー—食用あざみ)ってものを食ったのは、神戸の弘養館だった。
神戸 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
あらゆる花は皆此處に集まりながらあざみの缺けたるぞ飽かぬ心地する。赤き薄赤き紫なる薄紫なる、薊程美しき花は無きに。
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
四隅よすみ花壇かだんがあって、ゆすらうめ、鉄線蓮てっせんれん、おんじ、あざみ、ルピナス、躑躅つつじ、いちはつ、などのようなものが植えてあった。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
大木には蔦が青々と萌え、切株をとりまいて歯朶しだが生えている。毛虫だっているのである。そうしてあざみの葉の蔭に、狸が眼を開けているのである。
畳まれた町 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あざみの咲き出したばかりの紅紫と白の光沢、それらをまた驚きながら、時時には籠に入れて、蜜柑を吸ひ吸ひあるいて行く。
蜜柑山散策 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
此辺までは大木が茂って下草は余り生えていなかったが、此処から頭の上が透いてあざみ木苺きいちごが所嫌わず生えているので、手足がチクチク刺される。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
びた針金のように立ち枯れた、あざみや灌木の棘が、冷たい脛をさいなむ。大井川の椹島に下る道も荒れるにまかせて、ところどころ形を失っている。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
土手にはやはり発戸河岸がしのようにところどころに赤松が生えていた。しの竹も茂っていた。朝露のしとどに置いた草原の中にあざみやら撫子なでしこやらが咲いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
たとえば山口県の柳井やないではあざみをウサギグサ。これは福島県の相馬そうま地方でも、野薊を馬の牡丹餅ぼたもちというから、多分は兎がよろこんで食べる草という意であろう。
見上げるような両側のがけからは、すすき野萩のはぎが列車の窓をでるばかりにい茂って、あざみや、姫紫苑ひめじおんや、螢草ほたるぐさや、草藤ベッチの花が目さむるばかりに咲きみだれている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
メアリーの大理石の像は墓の上に横たわり、そのまわりには鉄の手摺りがあるが、ひどくびていて、彼女の国スコットランドの国花、あざみの紋がついている。
しかし其処を通り抜けると、あざみや除虫菊の咲いた中に、うつ木も水々しい花をつけた、広い草原が展開した。
長江游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
畑の中を、うねから畦へ、土くれから土くれへと、踏みつけ踏みつけ、まぐわのように、かため、らして行く。鉄砲で、生籬いけがき灌木かんぼくの茂みや、あざみくさむらをひっぱたく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足はだしあざみを踏んづける! その絶望への情熱がなくてはならないのである。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
安芸子は茄子紺の地にあざみを白く抜いたシュミジェの長い裾をつまみながら二人の間に割りこんでくると
雪間 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
巨人のついを下すや四たび、四たび目に巨人の足は、血を含む泥をて、木枯の天狗てんぐの杉を倒すが如く、あざみの花のゆらぐ中に、落雷もじよとばかりどうと横たわる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、正門までは手入れの行届いた自動車路が作られていて、破墻挺崩はしょうていくずしと云われる切り取り壁が出張った主楼の下には、あざみと葡萄の葉文が鉄扉を作っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ひいらぎ蕁麻いらぐさ山査子さんざし野薔薇のばらあざみや気短かないばらなどと戦わなければならなかった。非常な掻傷そうしょうを受けた。
次に上帝を招き、汝は苦労せにゃならぬ、すなわち、常に重荷を負い運び、不断むちうたれ叱られ、休息はちとの間であざみいばらの粗食に安んずべく、寿命は五十歳と宣う。
あざみの花は、野道にはどこにでも咲いてゐた。人に顧みられない事が幸で野生のままでゐられるのだ。花や蕾にうつかり戯れたらひどい仕返しにあはねばならなかつた。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
青いあざみの花や赤い伏牛花へびのぼうずや緑色の実のなってる樅の小枝などを、それに突きさした。まるで野蛮国の小さな女王みたいだった。そしてただ一人で、噴水のまわりをねた。
どうかするとあざみとげのようなものの刺さって来るのを、いかんともすることができなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのときの私の眼には、隣村の森ちかくの電燈の光があざみの花に似ていたのを記憶して居る。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして彼女の真紅な着物のあざみの模様が、ふっくらとした胸のところで、激しい匂いをき散らしながら、揺れて揺れて、……こんなことを想いだしていたとてしかたがなかった。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
その巨大な縦隊にたくみに喰い込むくさびを打ちこんでそれを裂き、小さく分けてそれを打敗る才覚がなく——あざみをもみつぶすように手荒くあつかおうとばかり考えているのである。
キヤベツや薔薇の藪にたかつてゐる木虱は緑色をしてゐるし、接骨木や、豆や、けしや、蕁麻いらくさや、柳、ポプラのは黒、樫とあざみのは青銅色、夾竹桃や胡桃くるみとかはんのきとかにつくのは黄色だ。
醜恠しゅうかいあかっちゃけて、ササラのように擦り減らされた薄っぺらの岩角を、天に投げかけている、細い石渓の窪地や、あざみがところ嫌わずチクチクやる石原の中を、押し分けてというより
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
空地には、もう青い草が伸び、あざみが咲き、立ち枯れの薄の穂が軽く頬を撫でた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
何故なぜというに崖には野笹やすすきまじってあざみ藪枯やぶからしを始めありとあらゆる雑草の繁茂した間から場所によると清水が湧いたり、下水したみずが谷川のように潺々せんせんと音して流れたりしている処がある。
「加川夫人には昔からあざみの花という仇名あだながあったそうです」と岡野は続けた
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
第一、あざみがあんまり沢山ありましたし、それに草の底にさっき無かった岩かけが、度々ころがってゐました。そしてたうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり眼の前に現はれました。
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
三尺の床に袋戸棚が隣ってそこから座蒲団ざぶとんが引出され、掛花活かけはないけあざみは大方萎れて、無頓着が売物の小座敷だ、婢は云う御酒は、小歌は云うあがらないの、だけれども印しにと貞之進に向い
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
カムパニアの野にはあざみ生ふといへど、その薊には尚紅の花咲くことあり。富貴の家なる、なめらかなる床には、一もとの草だに生ひず。その滑なる上を行くものは、つまづき易しと聞く。アントニオよ。
あざみの花や白い山百合の花の咲いているくさむらの中の、心持ちくだりになっている細道を、煙草たばこを吸いながら下りて行くと、水面が鏡の面のように静かな古池があって、岸からは雑草がおおいかかり
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
他の人々が遙かに前進している後方に私は強力と共に遅々として歩いた。足許には所々にあざみの花が咲いていた。二合半以上にはもう草も木も絶無であったが唯此の薊だけを見ることが出来た。
富士登山 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
綿といばらとに身よそおいしたあざみ亡骸なきがら、針金のように地にのたばった霜枯れの蔓草、風にからからと鳴るその実、糞尿に汚れ返ったエイシャー種の九頭の乳牛、飴のような色に氷った水たまり
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこあいちやんはびつかれては大變たいへんだとおほきなあざみうしろをかはしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
山面を遠くから雲のやうに白く棚曳き降りて來た獨活うどの花の大群生が、湖面にまで雪崩れ込んでゐる裾を、黄白の野菊や萩、肉色の虎杖いたどりの花、女郎花と、それに混じた淡紫の一群の花の、うるひ、あざみ
榛名 (旧字旧仮名) / 横光利一(著)
白リネンの小布を持ち上げて、縫かけのあざみの図案を見せる。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)