菜種なたね)” の例文
右手には机に近く茶器を並べた水屋みずやと水棚があって、壁から出ている水道の口の下に菜種なたね蓮華草れんげそうの束が白糸でわえて置いてある。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで、ピシリッとまた一むち悍馬かんばをあおッた竹屋三位は、菜種なたねの花を蹴ちらして、もうもうと皮肉な砂煙を啓之助に残して行った。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでどうしたかというと、川辺の誰も知らないところへ行きまして、菜種なたねいた。一ヵ年かかって菜種を五、六升も取った。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
頬白ほゝじろなにかゞ菜種なたねはな枯蓬かれよもぎかげあさゆきみじかすねてゝたいのかくはえだをしなやかにつて活溌くわつぱつびおりた。さうしてまたえだうつつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その目を開ける時、もし、あのたけの伸びた菜種なたねの花が断崕がけ巌越いわごしに、ばらばら見えんでは、到底とてもこの世の事とは思われなかったろうと考えます。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
香ばしい黒土の匂いや、むんむんとする菜種なたねの花の匂いが、息もつまる位おしよせてくるからである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
はたけへ入って芋をほりちらしたり、菜種なたねがらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家ひゃくしょうやの裏手につるしてあるとんがらしをむしりとって、いったり、いろんなことをしました。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
菜種なたねなどを長州方面へ、相互に販路を開拓することとなって、雲浜処刑後も継続した。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
空地の前には鉛色をした潮がふくらんでいて、風でも吹けばどぶりとおかの方へ崩れて来そうに見えていた。へりには咲き残りの菜種なたねの花があり、遥か沖には二つの白帆がもやの中にぼやけていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その聯想があるので、この花は昔ゆかしい感じがして予を喜ばしめた。その後碧梧桐が郊外から背の低い菜種なたねの花を引き抜いて来て、その外にいろいろの花なども摘みそえて来た事があった。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
菜種なたねの花にかこまれて
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
桑畑くはばたはしはうとうつた菜種なたねすこ黄色きいろふくれたつぼみ聳然すつくりそのゆきからあがつてる。其處そこらにはれたよもぎもぽつり/\としろしとね上體じやうたいもたげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
この雨はもなくれて、庭も山も青き天鵞絨びろうど蝶花ちょうはな刺繍ぬいとりあるかすみを落した。何んの余波なごりやら、いおりにも、座にも、そでにも、菜種なたねかおりみたのである。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すてきにいい天気で村々の家々に桃や椿が咲き、菜種なたね畠の上にはあとからあとから雲雀ひばりがあがった。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
森を見ました、八幡の鳥居を見ました、菜種なたねの花の路傍みちわきに小さい地蔵堂を見ました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぼくいまゆめを見たの。去年の祭にきたさるまわしとね、ぼく、菜種なたね畑ん中でいきあったの。去年はね、お猿が一ぴききりだったでしょう。今年はね、そのお猿と赤ん坊の猿と二ひきできてるの。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
菜種なたねの実はこべらの実も食はずなりぬ
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
此処ここよりして見てあれば、織姫おりひめの二人の姿は、菜種なたねの花の中ならず、蒼海原あおうなばらに描かれて、浪にうかぶらん風情ふぜいぞかし。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私たちの家だけは、いつもその中間の博多側の川ぶちに、菜種なたねの花や、カボチャの花や、青い麦なぞに取り囲まれた一軒家になっておりましたことを、古いお方は御存じで御座いましょう。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「えゝそばにえゝ、菜種なたねえのおゝゝゝゝえ、えゝはながあえ、あゝえるうゝゝゝゝえゝ、ほういほい」とうたをはつたときかほ殊更ことさらあかつてあせるしランプにひかつてえた。かれでぐるりとぬぐつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
アノ椿つばきの、燃え落ちるように、向うの茅屋かややへ、続いてぼたぼたとあふれたと思うと、菜種なたねみちを葉がくれに、真黄色まっきいろな花の上へ、ひらりといろどって出たものがある。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲の黒髪くろかみ桃色衣ももいろぎぬ菜種なたねの上をちょうを連れて、庭に来て、陽炎かげろうと並んで立って、しめやかに窓をのぞいた。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菜種なたねにまじる茅家かややのあなたに、白波と、松吹風まつふくかぜ右左みぎひだり、其処そこに旗のような薄霞うすがすみに、しっとりとくれないさまに桃の花をいろどった、そのむねより、高いのは一つもない。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畷道なはてみちすこしばかり、菜種なたねあぜはひつたところに、こゝろざいほりえました。わびしい一軒家いつけんや平屋ひらやですが、かどのかゝりになんとなく、むかしのさましのばせます、萱葺かやぶき屋根やねではありません。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
次第に、麦も、田も色には出たが、菜種なたねの花も雨にたたかれ、はたけに、あぜに、ひょろひょろと乱れて、女郎花おみなえしの露を思わせるばかり。初夏はおろか、春のたけなわな景色とさえ思われない。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ともに身體からだやすましてらくをさせようとふ、それにもしうとたちのなさけはあつた。しかしはくのついた次男じなんどのには、とん蝶々てふ/\菜種なたねはな見通みとほしの春心はるごころ納戸なんどつめがずにようか。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)