かすり)” の例文
その日の中村氏は白地の勝ったかすりを着ていたような気がする。穏やかで、パッシイヴで、そしてどこか涼しい感じのする人であった。
中村彝氏の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
細字さいじしたためた行燈あんどんをくるりと廻す。綱が禁札、ト捧げたていで、芳原被よしわらかぶりの若いもの。別にかすりの羽織を着たのが、板本を抱えてたたずむ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四箇月振りで、寝巻を脱ぎかすりの着物を着て、お母さんと一緒に玄関へ出ると、そこに場長が両手をうしろに組んで黙って立っていた。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すっきりとした真白い縮緬ちりめんの襟に、藍大島あいおおしまかすりあわせ、帯は薄いクリーム色の白筋博多。水色の帯揚げは絶対に胸元にみせない事。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
かすり筒袖つつそでを着、汚れてはゐるが白の前掛をかけ、茶つぽい首巻をした主人は、煤の垂れさがつてゐる、釜の側で、煙管きせるをくはへてゐたが
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
しばらくすると、縁側の方の陽だまりから頓狂とんきょうな声がして、坊主頭に汚ないかすりを着た若いような、老人のような男があらわれた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
そうして御米がかすりの羽織を受取って、袖口そでくちほころびつくろっている間、小六は何にもせずにそこへすわって、御米の手先を見つめていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かすりは「飛白」とも書き、また「綛」「纃」などの字も用いますが、「かすり」は「かする」という言葉に由来するものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
米琉よねりゅうかすりついあわせに模様のある角帯などをしめ、金縁眼鏡をかけている男のきりりとした様子には、そのころの書生らしい面影もなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かすりの着物で帽子を阿弥陀に被つてゐたといふ話から考へてみると、そつくり雨宮紅庵に当てはまる人柄としか思はれなかつた。
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
俊夫君は何思ったか、にっこり笑って、帽子をかぶせたまま頭蓋骨をわきへ置き、次に破れかけたかすり単衣ひとえものを検査しました。
頭蓋骨の秘密 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かすりの単物に、メリンスの赤縞あかじまの西洋前掛けである。自分はこれを見て、また強く亡き人のおもかげを思い出さずにいられなかった。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
すると向うからお嬢さんが一人ひとりがきに沿うて歩いて来た。白地のかすりに赤い帯をしめた、可也かなりせいの高いお嬢さんだつた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
色糸の入った荒いかすり銘仙めいせんに同じような羽織を重ねた身なりといい、あごの出た中低なかびくな顔立といい、別に人の目を引くほどの女ではないが、十七
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こんべりの道者笠どうじゃがさをかぶり、白木の杖と一個のりんを手にしていた。そして、黙然もくねんと、そこに突っ立った白い姿に、かすりのような木の影が落ちている。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほら、芝居などでは男の子だと、あらい柄のかすりの着物を着て、長いたもとでね、帯なんかも房々とした蝶結びに結んでいて、そして例外なく美少年だ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
啄木鳥はそのかすりのきものを織りあげて着てかえろうといい、雀はまだ染めない桛糸かせいとくびにかけたままで飛んでかえった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
岡本氏はかういつてその入れたいといふ羽織の襟を指先でしごいてみせた。細かい銘仙のかすりで大分皺くちやになつてゐる。
岬端から遠く沖の方へ一体に黒ずんだ海面には、浪の穂尖が白く風に散つてかすり模様に見えた。併し入江は自然の防波堤の為めに浪は左程に立たなかつた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
私はあなたの赤坊のときの写真や小学生のときの写真や松山へ行っていたときの写真や、松山へはじめて行くとき着て行ったかすりの着物まで知って居りますよ。
貢さんはこまつたらしく黙つて俯向うつむいた。此時まへの桑畑の中に、白いかすりを着てはしつて行く人影ひとかげがちらと見えた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
今日一時頃、御免なさいと玄関に来た人があるですから、私が出て見ると、顔の丸い、かすりの羽織を着た、白縞しろしまはかま穿いた書生さんが居るじゃありませんか。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その頃はいつもかすりの着物に小倉のはかまを着けて居ったので、この初めの制服は何となく厭でならなかった。
美術学校時代 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
いねは自分の嬉しさもこめて、急きたてられるままに手織のかすりの着物に着かえ、中幅帯ちゅうはばおびを引上に結んだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
子供らしくもなく足袋を穿いて、かすりの着物を裾長に着て、帯を胸高に締めている様子が、どこか私に役者の子か病身の子を思わせるような柔弱な感じを与えていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
仕着せの縞物しまものを嫌い、かすりを自弁でつくったり、あるいは店服のルバシカを脱いで詰襟を借着して学生風を装うものなどがあって、私どもは大いにその不見識を戒め
町長は白い麻のかすりに、同じく麻の鼠色した袴をはき、ニコニコした笑顔を、うしろにふりむけつつ
(新字新仮名) / 海野十三(著)
下足げそくにお客でないことを断って来意を通じてもらうと他の者が出て来た。また繰返していうと、こんどはかすりの羽織にはかまをつけた、中学位な書生さんが改めて取次ぎに出た。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
縞の或る部分をかすり取る場合に、かすり取られた部分が縞に対して比較的微小なるときは、縞筋にかすりを交えた形となり、比較的強大なるときは、いわゆるかすりを生ずる。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
腰高障子のガラス越しに、音もなく、紛々と、降りしきる雪が、かすりの模様のように見える。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
然し少し恥しい——かすりの浴衣に鳥打帽を被つて居ては。然し勇気が無い様な事では困る。なに家々に燈のついて居る時だから別に見る人もない。一町許り通り過ぎたが引返して
「見えたのは腰から下ですから、背恰好は一寸分りませんが、着物は黒いものでした。ひょっとしたら、細い縞かかすりであったかも知れませんけれど。私の目には黒無地に見えました」
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は、そのとき最後に取って置きの銘仙のかすりを着、駒下駄をはいていたのである。
泡盛物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その結果、私は、尋常じんじょう一年の課程をおさめたという証明書がもらえることになった。そこで私は、母の知合いの家の男の子のかすり筒袖つつそで鬱金縮うこんちぢみの兵子帯へこおびを結んでもらって終業式に出た。
昨夜来たばかりの彼女は珍らしく今朝から老母に代つて早起して甲斐々々かひ/″\しくかすり鯉口こひぐちの上つ張りを着て、心持寝乱れの赤い手柄の丸髷にあねさんかぶりをして、引窓の下の薄明るいへつつひの前に
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
へそまで泥だらけにして鶴嘴つるはしを肩にした男が、ギロッと眼だけ光らして通ったかと思うと、炭車トロを押して腰にかすりの小切れを巻いた裸の女が、魚のように身をくねらして、いきなり飛び出したりした。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
細かいながらにかすりの目のはつきりした大島の上下揃ひを稍ぞんざいに着こみ、吃り気味に話をする彼には、だらりとした様子と同時に、どこか家風の結果といふやうな一脈の潔癖さが混交してゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
鼠色の襦袢の襟に大島のかすりを着ています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
婦人おんな同伴つれの男にそう言われて、時に頷いたが、かたわらでこれを見た松崎と云う、かすりの羽織で、鳥打をかぶった男も、共に心に頷いたのである。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さうして御米およねかすり羽織はおり受取うけとつて、袖口そでくちほころびつくろつてゐるあひだ小六ころくなんにもせずに其所そこすわつて、御米およね手先てさき見詰みつめてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
八王子、所沢、青梅おうめ飯能はんのう、村山とほとんど隣同志でも、八王子は絹の節織ふしおりを主にし、村山はかすりもっぱらにするという工合ぐあいです。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
非常に頭が大きくて、かすりの着物をきてゐたのを思ひだすことができるのである。それは勿論二昔も古いことでジョーヌとなんの関係もなかつた。
かすり単衣ひとえ一枚に、二日分の握飯を腰へゆわえつけた田舎青年は、このデッキの欄干らんかんにツカまって…………うたったものだが。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
お庄は母親に頼んであるネルの縫直しがまだ出来ていなかったし、袷羽織あわせばおりの用意もなかったので、洗濯してあった、裄丈ゆきたけの短いかすりの方を着て出かけて行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこに、戸口にけたたましい足音がして、白地のかすりを着た荻生さんの姿があわただしくはいって来たが、ずかずかと医師いしゃと父親との間に割り込んですわって
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「洋服なんぞじゃあるもんか、そら、そこいらによくあるじゃないの、書生さんのさ、かすりだったよ、多分」
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「いましたよ。清ちゃんはかすりに黒無地の胴はぎの着物を着ていて、可愛らしかったわ。よく覚えていますよ。いまのおなかさんではない子守さんがいましたね。」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
かすりの着物を着て、カフエにだってはいれるくらいの、多少の図々しさを装えるようになっていたのです。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
雪駄せつたを刺す時に使ふやうな雑巾針に麻苧あさをを通して、お雪伯母が縁を縫つて呉れた雑巾に、かすりのやうに十字形に縫ひ置くのであつたが、初の中は針がうまく使へなかつたり
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
これも大島の荒いかすり繻子入しゅすいりめしの半ゴートを重ね、髪を女優風に真中から割っていた。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)