げん)” の例文
盛夏三伏さんぷくの頃ともなれば、影沈む緑のこずえに、月のなみ越すばかりなり。冬至の第一日に至りて、はたとむ、あたかもげんを断つごとし。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何ぞかん、俗に混じて、しかもみづから俗ならざるには。まがきに菊有り。ことげん無し。南山なんざんきたれば常に悠々。寿陵余子じゆりようよし文を陋屋ろうをくに売る。
ブッシュ四重奏団のげん三人にゼルキンのピアノを加えた、アンサンブルの美しさは、恐らく誰でも夢中にさせずには措かないだろう。
琴台きんだいの上に乗せてあるのは、二げん焼桐やきぎり八雲琴やくもごと、心しずかにかなでている。そして、ふとことの手をやめ、蛾次郎がじろうのほうをふりかえった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
琴はこの家の七重と井口かしこ、鼓は永田松枝、仕舞しまいは藤井かなえ、そうして新顔の娘は大場いねといい、これは三げんをみごとに弾いた。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕の生活は相変らずくうな生活で始終している。そして当然僕の生涯のげんの上には倦怠けんたいと懶惰が灰色の手を置いているのである。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのほかではきんをおきになることが第一の芸で、次は横笛、琵琶びわ、十三げんという順によくおできになる芸があると院も仰せになりました。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ちょっと日本の月琴げっきんのような形の楽器を小脇こわきにかかえて、それの調子を合わせながら針金のげんをチリチリ鳴らしているのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆をかくし、楽人はしつげんを断ち、工匠こうしょう規矩きくを手にするのをじたということである。(昭和十七年十二月)
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
棋院では初心の客の相手役になってやるし、琴の家では琴師を頼まないでも彼によってげんの緩みは締められた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その喧嘩渡世の長火鉢のむこうで、プカアリ、プカリたばこをふかしていようという——知らずのおげん
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
昔、ギリシャで、げんを一本ふやした新式の琴を発明した音楽家を、追放したというじゃありませんか。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたしは全体に、いや、文字の愛好者として、あの若々しい熱烈な最初の試作を非常に愛しているのです。あれは煙です、霧です、霧の中にげんが響いているのです。
音楽のわからない父にも、それがエルマンのげんであることくらいわかることは庸太郎も知っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
低音のげんのみが高く圧したように響き、その感じが、天国の栄光に終る荘厳な終曲フィナーレと云うよりも、むしろ地獄から響いてくる、恐怖と嘆きのうめきとでも云いたいような
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
本邦ほんほうに於ては未だかる發見物無しと雖も石鏃の根底部こんていぶ或は把柄ひしやく木脂やにを付けたる痕を留むる物往々有りて能くやがらを固着せし状を示せり。矢有れは弓有り、弓有ればげん有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
演奏中の大部分は、二、三本のげんをひきならすだけで弓を動かすたびに頭も動かし、新しい二人組が踊りだそうとするときには、きまって地面に頭がつくほどお辞儀をし、足をふみならした。
小鳥の骨に三本のかげろうの繊糸をげんにかけた小さい琴をひきはじめた。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
又コクリの上に卵を載せると良く踊り、三げんくと大いにうかれる。
狐狗狸の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今の我に歌のありやを問ひますななき繊絃ほそいとこれ二十五げん
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
この楽団はみな暗譜で自由なげんの動きが感じられた。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
げんのやうに おまへ 優しい歌よ
優しき歌 Ⅰ・Ⅱ (新字旧仮名) / 立原道造(著)
ピアティゴルスキーの雄大平明なげんと、シュナーベルの瑰麗典雅なピアノが、寸分のすきもなく歌い合う壮観を味わうことが出来るだろう。
対の女王がいつもお聞きしたがっているあなたの琴と、その人たちの十三げん琵琶びわを一度合奏する女ばかりの催しをしたい。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
いずれの楽器も蘊奥うんおうを極めることのむずかしさは同一であろうがヴァイオリンと三味線とはツボに何の印もなくかつ弾奏だんそうたびごとにげんの調子を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……げんはやみ、覚一は、ばちを絃にはさんで、終りの礼を低くすました。そして、しずかに退座しかけると、母の草心尼が
紺地の素袍すおうに、烏帽子えぼしを着けて、十三げん端然ちゃんと直ると、松の姿にかすみかかって、琴爪ことづめの千鳥がく。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それをげんの駒にして、ハープの絃のように、陸の土と橋欄とに綱を張り渡して、橋をっている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
神田帯屋小路の喧嘩渡世、茨右近方へ帰り着いた喬之助、べつだんつかれたようすもない。右近うこんと知らずのおげんは、この夜ふけまでどこへ行っているのか、家には誰もいなかった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その勝利の宴を賜つた夜のことと思召おぼしめされい。当時国々の形儀かたぎとあつて、その夜も高名かうみやうな琵琶法師が、大燭台の火の下に節面白うげんを調じて、今昔いまむかしの合戦のありさまを、手にとる如く物語つた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
笴は細き竹或はよしを以て作り、弓は木或はふとき竹を以て作りしならん。げんの原料は植物の皮或は獸類じゆうるゐの皮を細くりしものなりし事勿論もつろんなれど、余は此絃にはりをけ有りしならんと考ふ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
階下したの礼拝堂から湧き起ってくる鎮魂楽レキエムが、セロ・ヴィオラと低いげんの方から消えはじめていって、しだいに耳元から遠ざかって行くのでしたが……、かと思うと、それがまた引き返して来て
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「非常な美人だということですよ。十三げんの琴の名手だそうです。故人の宮様がそのほうの教育をよくされておいたために」
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
魂の底から揺り上げるような感激にひたって、幾千の聴衆は恍惚こうこつとして夢のような陶酔を追ったものだ。あれは実に不思議なげんの魔術であった。
それでなくても天井裏は蒸し暑いのに押入の中の夏の夜の暑さは格別であったに違いないがこうするとげんの音の外へ洩れるのを防ぐことが出来
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どこか高い所でするしょうげん鉄笛てってきはん(一種のカスタネット)などの奇妙な楽奏がくそうの音に、はっと耳をまされていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
知らずのおげんという姐御あねごがくっついているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私がのぞいていて憎らしがっているのも知らないで、今度は十三げん派手はでに弾き出しました。才女でないことはありませんがきざな気がしました。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
奮戦の中だったが、誰もふと、耳をられた。百げんの琴を一時に断つように、弓の弦が異様な鳴りをふるわせて、バラバラとね崩れたからであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸子はげんの上に琴爪ことづめめた手を載せたまま、あれからざっと半年間会わなかった雪子の様子を見上げたが、内気なようで花やかなことの好きなこの妹が
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しめやかな早春の夕べの空の見える所に宮は出ておいでになった。十三げんをおきになりながら、例のお好きな梅の香を愛してもいられたのである。
源氏物語:50 早蕨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
乙女おとめの琵琶はすでにげんをかき鳴らし、その紅唇からもれるうたの哀調に一座は水を打ったようにひそまりかえった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楼の柱の両側に「二十五げん弾月夜」「不堪清怨却飛来」と、一対のれんかかっている。裏は月にかりの列を現わしたかたわらに「雲みちによそえる琴の柱をはつらなる雁とおもいけるかな
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兵部卿の宮が琵琶びわ、内大臣は和琴わごん、十三げんが院のみかどの御前に差し上げられて、きんは例のように源氏の役になった。皆名手で、絶妙な合奏楽になった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
つづみだの、げんだの、胡弓だの、またしょうのそばにむらさきの頭巾布ずきんぎれだの、仮面めんだのが、秩序なく取り落してあって、それらの在りどころに坐っていた人々は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
所がらでそう思われるのか、平凡な楽音とは聞かれなかった。き返す音もきれいでおもしろかった。十三げんえんな音も絶え絶えに混じって聞こえる。
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほどを見て帰る者、ほどよしと見て膝をくずす客、ようやく、中村楼の大広間に、脂粉しふんと酒の香と噪舌そうぜつが霧のようにたちこめて、げんを呼び、杯をおどらせてきた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十三げんそうの音は、女御のは可憐かれんで女らしく、母の明石夫人に似たの音が深く澄んだ響きをたてたが、女王のはそれとは変わってゆるやかな気分が出て
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
と気づいたので、館のあるじは、侍女にいいつけて、弾琴だんきんをとりよせた。主は七げんきんのたしなみを持ち、朗詠ろうえいが上手であった。微吟、風流、おのずからすさぶる男たちをも優しくなだめた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
演奏者のしとねが皆敷かれて、その席へ院の御秘蔵の楽器が紺錦こんにしきの袋などから出されて配られた。明石夫人は琵琶びわ、紫の女王には和琴わごん、女御はそうの十三げんである。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)