いかだ)” の例文
隣の棟に居て氏のノドボトケのふるえるのを感じる。太いが、バスだが、尖鋭な神経線を束ねていかだにしそれをぶん流す河のような声だ。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
(左様だ、今頃は弥六親仁やろくおやじがいつものとおりいかだを流して来て、あの、船のそばいで通りすがりに、父上ちゃんに声をかけてくれる時分だ、)
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これと、三角いかだの一骨にした円材と、三本の長い円材を、すぐ砂山に運んで、砂山のうえに、見はりやぐらを立てる作業をはじめた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
で、仕様事なしに山の頂から、ズツと東の方をながめて居ますと、はるか向ふから蜒々うねうねとした細い川をいかだの流れて来るのが見えました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
草の生えた石垣いしがきの下、さっきの救助区域の赤い旗の下にはいかだもちやうど来てゐました。花城くゎじゃうや花巻の生徒がたくさん泳いでりました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
峠にかかると五、六頭の牛が降りてくる。見ると各々細長いいかだを路の上に引きずってくる。山から垂れる水で赤土の道はすべりがいい。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
○「南無妙法蓮華経なむめうほふれんげきやう々々々々々々々なむめうほふれんげきやう」と一心いつしんにお題目だいもくをとなへてゐるといかだはだん/\くづれて自分の乗つてゐる一本になりました。
行人橋ぎょうにんばしから御嶽山道について常磐ときわの渡しへと取り、三沢というところで登山者のために備えてあるいかだを待ち、その渡しをも渡って
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ところで、あのSOSのいかだは、何者が仕掛けたのかね。あの黒いリボンのついた花環をつけて筏にのって流れていた無電機のことさ」
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ここを通るは白雲しらくも眞珠船しんじゆぶね、ついそのさきを滑りゆく水枝みづえいかだ……それ、眼のしたせきの波、渦卷くもやのそのなかに、船もいかだもあらばこそ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
夜も二更を過ぎると、この一隊はいかだにのって水路を迂回し、堤にそい、野をよぎり、忍びに忍んで、ついに曹操の本陣のうしろへ出た。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中にも一番勇気のある一郎君は、たちまち正気にかえって、いかだが洞穴の奥の方へ、非常な早さで流れているのに気づきますと、いきなり
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
川並かわなみ人夫のあやつるところの長柄のとびに、その手心は似ているにちがいない。いかだにくめば顛動てんどうする危なかしさもないであろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
木材のいかだを流しつつカスピ海にそそぎ入るように、目についた端の方から、一つずつひろがる流れにまき込んで書いてゆく。
そして人猿の叫び声や格闘の響きを後にしていかだを湖水へ浮かべたが、二挺の櫂を手に持ってヒラリと筏へ躍り上がり櫂をあやつってすべり出た。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
石炭のいかだ洗濯女せんだくおんなの小舟などの上から、まっさかさまにセーヌ川に飛び込んで、秩序取り締まりの規則や警察の目をのがれて種々なことをやる。
えたりと朝鮮側は東洋的戦術で、河上から火をかけたいかだを流してシャーマン号を焼払い、乗組員を虐殺または投獄した。
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
河には山からいかだが流れて来た。何処どこかの酒庫さかぐらからは酒桶さかおけの輪を叩く音が聞えていた。その日婦人はまた旅へ出ていった。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
昔、十勝とかち方面から夜盗の一団が上川かみかわアイヌの部落を襲うべく、山を越えて石狩川の上流にいかだを浮べて流れを下って来た。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
むづかしきたづねものかな。げ持ちて旅するものは知らず。こゝ等には舟もいかだもなし。乙。客人は路にや迷ひ給ひし。こゝは物騷なる土地なり。
古代インカ帝国の住民が使っていたのと、全く同じいかだを造って、この若い探検家は、南米からタヒチ島の近くまで、自分で漂流をしてみたのである。
さあ、油を売ってたようで外聞がいぶんが悪い。俺もハネ出し物を三番のいかだへ寄せに行こう。手前も早く二番堀の仕事に行け。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ヤヌッセンは、ここで、助手のガンスと同伴者と、三人で、いかだを造りはじめ、一週間後に、地底の青海原に乗り出す。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
尺八は少し離れたところの机の上にあって、膝のわきには二本の刀が、これもとろにつながれたいかだのようにおだやかに、一室の畳の上に游弋ゆうよくしている。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょうど千葉街道かいどうに通じたところで水の流れがあり、上潮の時は青い水が漫々と差して来た。伝馬てんまいかだ、水上警察の舟などが絶えずき来していた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
まぶしい川面の照り返しのなかに、いかだがゆるやかに流れてくだるのを旦那は呆んやり眺めおろしていたが、びっくりしたように六やんの顔をふり返った。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
姉の注文した中串ちゅうぐしと、幸子の注文したいかだが焼けて来る間、ビールのさかなに、幸子はひとしきりお春の店卸たなおろしをした。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
材木の舟いかだ、肥料桶の舟などが悠々として櫂で橋下を漕ぎ拔けてゆく。橋の上でスケツチなどは到底出來ない。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
舟はいかだふちをつけたように、底がひらたい。老人を中に、余と那美さんがとも、久一さんと、兄さんが、みよしに座をとった。源兵衛は荷物と共にひとり離れている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水面にはいかださえ、いな棒切れさえも浮んではいなかった。名もない河沼の離れ小島に、彼等はあたかも太平洋上の孤巌こがんに取残されたように絶縁されているのだ。
さればこの水上にもを載せ酒をむの屋形船なく、花をよそなる釣舟といかだかもめとを浮ばしむるのみ。この傾向は吉原を描きし図において殊に顕著なるを覚ゆ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
途中にひたりとて挨拶あいさつなど思ひもかけず、唯いつとなく二人の中に大川一つ横たはりて、舟もいかだも此処には御法度ごはつと、岸に添ふておもひおもひの道をあるきぬ。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ふしぎに床は、いかだのごとく水に浮いて夜の水はヒタヒタと伊豆守の白ムクの寝巻の膝をひたします。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いかだに組んだり、長鉤一本で自由自在、客があれば番頭と一緒に堀へ行って、目当ての材木を引き出し、たった一本の上へ乗って足でその角材をぐるぐる回して見せる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
山の木をきりだして、いかだにくんで、両親のすむ城下町まで運んでくる。子供だから、木コリの仕事は一人前にはできないが、筏はたちまち一人前以上にやれるようになった。
やがて各種のいかだが通行する。巡査や消防方もたくさんに出ているはずであるが、他にも急場があると見えて、ねっから姿が見えぬ。この辺にくるのは非公式の筏ばかりである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
秋山に良材りやうざい多しといへども、村中そんちゆうをながるゝ中津川屈曲まがりくねり深き所浅き所ありていかだをくだしがたく、又は牛馬をつかはざれば良材りやうざいを出しがたく、ざいをうる事かたければ天然てんねん貧地ひんち也。
しかし大川の河岸にあった梶平かじへいという材木問屋では、あの夜、いかだにして川へつないだ材木をあげ、三棟の小屋の仕事場を造り、もう四五日まえから活溌にのこぎりかんなの音をさせていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これを採取するのは、四月からだが、木を二本梯子のようにして、その上に二個のたらいをくびっていかだのようにつくり、盥には人が乗って棒先で採るのである。ちょっと面白い風習だ。
洛北深泥池の蓴菜 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
私達は小さないかだを見つけたので、綱を解いて、向岸の方へいで行った。筏が向うの砂原に着いた時、あたりはもう薄暗かったが、ここにも沢山の負傷者が控えているらしかった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ある所では、いかだがおり口のすぐそばにあって、その上で洗濯の女たちが肌着類を洗っていたり、ある所ではボートがもやってあったりして、どこもかしこも人がうようよしていた。
かく聞いて学友は、平素冒険的の気性のある男だから黙止していられない。よし、その本性をあらわしくれんとて、村人のとどむるも聞かず、強いていかだに乗り込み漸々進んで行った。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
薄ボンヤリした雲みたような陸線のコチラ側にいかだみたような船が五艘かかっている。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
川には材木を積んだいかだが流れて来たり、よく沈まないことと思うほど盛上げた土船も通ります。下手しもてには吾妻橋あずまばしを通る人が見えます。橋の欄干に立止って見下している人もあります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この出水をよい事にして近所の若者どもが、毎日いたずら半分に往来でいかだぐ。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
殊にある皿は、その中央から樹齢四十年という美しい矮生の松が生え、また刺身を入れた皿は、その中央に最も優雅な木の葉の細工を持つ、長さ五フィートの竹のいかだの上にのっていた。
猿一つして板一枚草一把を儲けて橋に渡し、いかだに組みて竜宮城へ渡らんといいければ、小猿の僉議せんぎに任せて、各板一枚草一把を構えて橋に渡し、筏に組みて自然に竜宮城に至れば、竜王
その上にいかだを長々と浮べさせて押合ひながら荒々しい海の方へひしめき合つて流れてゆく彼の故郷のクライマックスの多い戯曲的な風景にくらべて、この丘つづき、空と、雑木原と、田と、畑と
橋の上下すこしの間は両岸とも材木問屋多ければ、いかだの岸に繋がれぬ日もなし。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
また仁明にんみょう天皇の御代に僧真済しんさいが唐に渡る航海中に船が難破し、やっといかだして漂流二十三日、同乗者三十余人ことごとく餓死し真済と弟子の真然しんねんとたった二人だけ助かったという記事がある。
颱風雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)