すく)” の例文
僕はどうしようかと思って、暫く立ちすくんでいたが、右の方の唐紙からかみが明いている、その先きに人声がするので、その方へ行って見た。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
最初の二人は腫れ物にでも触るように、恟々きょうきょうとして立ち向った。が、主君の激しい槍先にたちまちに突きすくめられて平伏してしまう。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
身のうちがすくむような恥かしさと同時に、何だか自分の中に今まで隠れていた本性のようなものが呼出されそうな気強い作用がある。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新九郎は身をすくませた。するすると闇を探ってきたお延のぬくい——刎ね返されないような魅力の腕が、新九郎の頸を深く抱きしめた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はやがて不意にぶるぶると全身をふるわして後退あとじさりしたが又、卓子テーブルに両手をかけて女を見入った。女に近づこうとして又立ちすくんだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私の眼は彼の室の中を一目ひとめ見るやいなや、あたかも硝子ガラスで作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立ぼうだちにすくみました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし春田少年はそんなことで怒るような小胆者ではない。立去って行く刑事の後姿を見送って肩をすくめてふふんと笑いながらいった。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すると、女は首をすくめて、ペロリと舌を出して私の顔を見た。何の意味か私には分らなかった。擦違すりちがうと、干鯣ほしするめのような匂のする女だ。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
人垣を分けて飛込んだ平次も、自分の予想と寸分すんぶん違わぬ現場の様子に、物をも言わずに立ちすくみました。それは実に恐ろしい暗合です。
しぼるような冷汗ひやあせになる気味の悪さ、足がすくんだというて立っていられるすうではないからびくびくしながら路を急ぐとまたしても居たよ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と少年は笑って、首をすくめて見せた。レギイネ先生というのは、あの晩遅くまで少年に手伝っていてくれた家庭教師の老婦人であった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
暗がりの中で菜穂子は思わず身をすくめた。「身体がすっかり好くなってからでなければ、そんな事は考えないことにしていてよ。」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
大隅学士は、えッと叫んだ儘、その場に立ちすくんだ。それも道理、応接室から姿を現したのは誰あろう。ドクトル、シュワルツコッフ!
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
電車は佝僂せむしのやうに首をすくめて走つてゐたが、物の小半丁こはんちやうも往つたと思ふ頃、うしたはずみか、ポオルがはづれてはたと立ち停つた。
その時廊下の向こうでどっとがる喚声が聞こえて来た。思わず肩をすくめていると、急にばたばたと駈け出す足音が響いて来た。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
そして養父から、善く働く作を自分の婿にえらぼうとしているらしい意嚮いこうもらされたときに、彼女は体がすくむほどいやな気持がした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そう思った時、彼はぎょっとして思わず身をすくめた。彼といえども、最初連盟に加わった時から、一死はもとより覚悟していた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
『人のことを、そないに見るのはや。』と、お光は自身の身形みなりを見𢌞はしてゐる小池の視線をまぶしさうにして、身體からだすくめた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
と云うのは、扉の際まで来ると、何故かその場で釘付けされたように立ちすくんでしまい、そこから先へは一歩も進めなくなってしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
マッチ売りの娘のような心細さで立ちすくみ、これが故郷か、これが、あの故郷か、と煮えくり返る自問自答を試みたのである。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ま、立腹したもうな。……しかしながら、絲満の加害者が、あんたの血相を見たら、たいていすくみあがるだろう。なにしろ、凄かったぜ」
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
(お妙は逃げんとすれど、身がすくみて容易に動き得ず。おいよは両手を地につきて、餌を狙う狼のようにお妙をじっと睨む。)
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
足のすくむような気のする彼は、せめてものお詫びのしるしにと、新らしい冬菜とうなをたくさん車にのせて、おずおずと出かけて行ったのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その有様は後ろから鬼に追われて、足のすくんだ夢を見ているような形でしたけれど、別に何者も追いかけるのではありません。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
長次郎と源次郎が先に立って登り出す、見たところでは格別はやいとも思われないが、足がすくむようで容易に跟いて行かれない。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
女は何気なく黙礼したらしかったが、そこに予期しないお光を見出してはっとすくんだらしかった。赤くなるより青く沈むたちであるらしかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
二人はハッとして顔を見合せて立ちすくんだ。人の声だ。何とも得体の知れぬ喚き声だ。振向くと白々と月光に照らされた洋館の二階があった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あのこわい顔!」菊子は真面目にからだをすくませたが、病んでいる目がこちらを見つめて、やにッぽくしょぼついていた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
そしてその部屋のドーアを開いて、一歩中へ蹈み込んだ瞬間、私は思わず「あっ」と云ったなり、二の句がつげずに立ちすくんでしまいました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
忠州屋のことを、思って見ただけで、いい年して子供のようにぽっとなり、足もとが乱れ、てもなくおびえすくんでしまう。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
「約束通りメヂューサの首をお目にかけよう」といひさま、不意に王の目に前に差し出すと、王の五体は立ち所にすくんでそのまゝ石と化して了つた。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
「そんな大きな声をなさると、近所のお家に聴えるじゃないの、お呼びになるとわたくし足がすくんで来て、きゅうに、歩けなくなるんですもの。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私はまだはしゃいでる一同の後ろから、この不意な、そして無遠慮な異郷人の闖入行為を立ちすくんで恥じねばならなかった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すると、急に甲谷の足は立ちすくんだ。壁にぶらりと下った幾つもの白い骨の下で、一人の支那人が刷毛はけでアルコールの中のち切れた足を洗っていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私は内心非常に恥しく、まる裸にされてすくんでいる哀れな女を頭に描いていた。そのまる裸の女を前にして、彼は小気味よそうに笑っているのである。
曲者 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と仲人屋の宮地さんは禿げ上った額を叩いて首をすくめた。西川家へ報告に罷り出たのである。事後じご即夜そくやだから、運びの思わしかったほどが察しられる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼は往来に立ちすくんだ。十三年前の自分が往来を走っている! ——その子供は何も知らないで、町角を曲って見えなくなってしまった。彼はなみだぐんだ。
過古 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
いためられすくめられた半生の姿をまざまざとかへりみながら、焦燥や怒りや悲しみを始めて痛切に感じたのだつた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
源次郎は一刀の鍔前つばまえに手を掛けてはいるものゝ、気憶きおくれがいたし刃向う事は出来ませんですくんで仕舞いました。
欝金草賣は謹んで無言のままにくびれた。壁際高くホルバインの傑作、アルバ公爵の肖像畫が掛けてあつて、そこよりにらむ糺問法官の眼光にすくんで了つた。
欝金草売 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
スパイダーは彼女の眼を見ると何か責められる様な気がしてすくんでしまった。彼は壜からもう一杯酒をいだ。彼はサディに卑怯者と云われるのが辛かった。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼等はその無分別をぢたりとよりは、この死失しにぞこなひし見苦しさを、天にも地にもさらしかねて、しも仰ぎも得ざるうなじすくめ、なほも為ん方無さの目を閉ぢたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「あっ、幽霊だ!」と一人は覚えず叫んで、其処に腰をぬかした。同じくこれを見た一同は満身に水を浴せられたようにぶるぶると手足がふるえてすくんでしまった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
波瑠子はその時、数間先の自動車のそばに立っている人影を見て、いまいましげに肩をすくめた。そこにはまた、ハルピンから来た男の蛇のような目が光っていた。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
私が上から聲をかけると、ユキは鐵板の急な梯子を半分あがつたあたりで、足に痙攣が來て立ちすくんだ。
滑川畔にて (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
心配なのは、くさめせきをすることだ。彼は息をころす。そして、目をあげると、戸の上の小さな窓から、星が三つ四つ見える。え渡ったきらめきに、彼はすくみあがる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
からだに注がれた半ば呆けた視線を感じたとしゑは、ふっと身のすくみを覚えて思わず前をかき合わせた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
「どうしたんだんべ、おとつゝあ」おつぎは隙間すきまからあかりをにはかどまつていつた。勘次かんじすくんだやうにつてだまつた。おつぎは隙間すきまからのぞいて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
線路のある突堤埠頭ビヤーの先端に、朝の微光を背に受けて、凝然と立すくんでいた私達の眼の前には、片腕の駅長の復讐を受けた73号を深々と呑み込んだドス黒い海が
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そしていつものかろらかな足取と違つた地響のする歩き振をして返つて来る。年の寄つた奴隷と物を言はぬわらべとが土の上にすわつてゐて主人の足音のする度に身をすくめる。