ほこ)” の例文
典型が生れるところには、必ず「ほこり」がなければなりません。ある種の社会的階級が、嘗ては矜りを無視した時代もありました。
昔しからの古い格を崩さないというようなほこりをもっているらしい、もの堅いその家の二階の一室へ、私たちはやがて案内された。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
貴族的な名前とそれから来るほこりの念とにもかかわらず、彼女は青春の妙齢に達すると、ドイツの小家庭の主婦らしい魂をもっていた。
おのれの愛する女の父に当たる人は、おのれに対して決して他人ではない。マリユスはその名も知らぬ老人について自らほこりを感じた。
彼女かのぢよよろこびも心配しんぱいも、たゞそのためにのみしてれた努力どりよくページをあらためてつてみてひそかにほこりなきをないのであつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
その苦しみが如何ほど深くとも、それはしかくあるべき事で、それはいささかもほこりとす可きでは無い。それはよく知つてゐる。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、まけるものか荒びは激しい、血を見なければ納まらないと、それをほこりとし名誉として、由緒ある宝物になっている。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あの聡明極まる男のことを、君はなんてことを言う! 吾人の親友、ほこりある知識人を君は土方にするというのか!」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
才弁縦横の若い二人を前にして、巧言は徳を紊るという言葉を考え、ほこらかに我が胸中一片の氷心ひょうしんたのむのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ただ悪魔が神になれないのは彼は悪をほこって、へりくだる貧しき心を欠いているからであろう。私は幾度となく娼婦の姿を胸に抱いたのではなかったか。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
「木牛流馬一千余車。それに積んだ糧米だけでも二万二、三千石は鹵獲ろかくいたしました。これで当分、軍糧は豊かです」と、各〻、勇みほこらぬはなかった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは結局は社会改革と男性のほこりある自覚とにまたなければならない問題である。母性愛と職業との矛盾は国家の保護政策を抜きにして解決の道はない。
婦人と職業 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
さらかへるはひつそりとしづかなよるになると如何いか自分じぶんこゑとほかつはるかひゞくかをほこるものゝごとちからきはめてく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
われらあえて自らほこるに非ざれどもそれほどまでに西人を崇拝しをらず、それほどまでに日本人を軽蔑しをらず。誤解するなかれ、われらは子の如き西人崇拝にあらず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
其一にからだもたせたまま、眼はいつしか三千米の天空に今年のこの夏の唯一日であるかの如くに今日をほこっている高根の花をうて、その純なる姿にうっとりと見入った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一面には報道陣の戦死としてのほこりから死を突破しようとさえする従軍記者でもない作家、謂わば、命を一つめぐってそれをすてるか守るかしようとする熾烈な目的をも
また子供といふものの如何いかにさかんなるほこりに生きて居るかと云ふことを思はしめるのである。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
怨恨えんこんの毒気のようなものもあった、勝利をほこるようなものもあった、冷やかなものもあった、甚だしい軽蔑けいべつもあった、軽蔑し罵倒ばとうし去っての哀れみのようなものもあった
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
細君に対して気の毒というよりもむしろ夫のほこりをきずつけるという意味において彼は躊躇ちゅうちょした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
故郷に援助を求めることも男のいつぱしで出來ないのだ。彼は一切のほこりを棄ててゐた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その第一は舊主の成敗せいばいを仰ぐべく三成の邸を訪ねて行った時であって、まだそれまでは、一の台の局に同情していたと云っても、一方に武士のほこりを捨てゝいなかったと云える。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
斯くて、彼の二つのほこりも、単なる矜りの外には出なかった。彼の生活は益々困難になっていった。横田の家から貰う報酬と飜訳の僅かな稿料とでは、どうにも支えようがなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かれににほひ無くこれに歌無し。かれは其袍そのうはぎを、これは其尾をほこる。 「珍華園」
欝金草売 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
かくてこそ始めて色にほこらず、その徳にそむかずとも謂ふべきなれ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
に自らをほこりつゝ、はたのろひぬる、あはれ、人の世。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
其処に陽は、ほこりかな山の上から
お島はその時もそう言って、自分の気働きをほこったが、何の気もなさそうに、それに腰かけている小野田の様子が、間抜らしく見えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は平和を得て多少ほこらかな感じがした。そして内心では、ある遺憾の念を覚えた。彼は静寂に驚いた。彼の熱情は眠っていた。
が、彼女だけは、鬼頭のこの計ひに対し、ひそかに人格的な偉大さを感じ、ほこりをもつて彼の前に頭を下げるだらう……。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
なかにはまた、あのながれ邸内ていないいて、用水ようすゐぐるみにはいけにして、筑波つくばかげほこりとする、豪農がうのう大百姓おほびやくしやうなどがあるのです。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
祖父様じいさまに言いつけてあげます。私がまたじきに戻ってきてつまらないことをするとお思いなすっては、まちがいですよ。私だってほこりは持っています。
かへるいよ/\ます/\ほこつてかしのやうなおほきな常緑木ときはぎ古葉ふるはをも一にからりとおとさせねばまないとする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あたかもそれが論理の正確をほこるものでもあるように、概念的な言葉によって現わされた上の思想が、真実は純粋な心情にもとづけらるべきものであることを示すためにも
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
アイヌは蘩蔞はこべで頭を、土で身体を、柳で背骨を創られた。とまたいわれている。アイヌの眼窩めのくぼは深い。頭髪が深い。神々の髪の毛の人として彼らはその美髪をほこっている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そういう中にあって、彼は内心の二つのほこりをあくまでも把持していった。——一つは、保子の好意を濫用しないことだった。彼は如何に困っても、彼女から決して金を借りなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ほこりの全部としてゐる隣人に対する偽善的行為に、哀れな売名心に、さうした父の性格の中の嘘をそつくり受け継いでゐて何時も苛々いら/\してゐる私は、苦もなく其処そこに触れて行つて父を衝撃した。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
心はほこりに充ちていた。「上級生のおもちゃなんかになるものか」
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
倨傲きょごうというか、不行儀をもってむしろほこるようなところがあった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫摩金しまごんはえを盡して、あけしゆほこり飾るも
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
しかしなおつづけて書いていた。自分の考えを広く人に伝えることは、彼にとっては一つの欲求であり、ほこらかな喜びだった。
事によると乱次だらしのない父親の愛情がさうさせたものらしい、子供にしては可愛気のないほこりのやうなものが、産れつきの剛情と一つになつて
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は彼女のいわゆる雑種の社会たる宮廷から離れて、気高いほこらかな貧しい孤立のうちに暮らしていた。
男は「男」を磨くことによつて、人間的な高さをほこり得るのである。女も亦「女」を磨くことによつてのみ、人間のくらゐがあがるのだといふことに気づかねばならぬ。
妻の日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ねえはねえ、ねえぢいとこぐつちとおとつゝあおこんだ、さうしたらねえおこらつたんだあ」與吉よきち自分じぶんこゝろすこしのへだてをもいうしてらぬ卯平うへいまへつてることをほこるやうにいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……近所に古狢ふるむじなの居る事を、友だちはほこりはしなかったに違いない。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫摩金しまごんはえを尽して、あけしゆほこり飾るも
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
母親の感化から、これももすると自分に一種の軽侮けいぶを持っている妹に、半衿はんえりや下駄や、色々の物を買って行って、お辞儀されるのをほこりとした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ほとんどすべての人々が、おのが民族に裏切られた魂についての、寂しいかつほこらかな意識をもっていた。そしてそれは、個人的怨恨えんこんの事柄ではなかった。
コゼットは彼とともに外に出かける時、いつも彼の腕によりかかって、ほこらかに楽しく心満ち足っていた。
自分のほこりを自分で傷けるやうなことをしないやうに、それだけのことを云つて置きたいの。
驟雨(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)