がゆ)” の例文
それを感じた時のむづがゆいやうな一種の戦慄せんりつは、到底形容することばがない。私は唯、それを私自身の動作に飜訳する事が出来るだけだ。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとり苦笑くせうする。のうちに、何故なぜか、バスケツトをけて、なべして、まどらしてたくてならない。ゆびさきがむづがゆい。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひじをしっかり鉄の棒の上に支え、前腕がしびれても気がつかず、指の先までむずがゆくなっていても、それはいっこう平気なのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
村松金之助は奥庭の芝生の上で、十幾人の腰元の、小意地の悪い、その癖申分なくムズがゆい、不思議な責めを味わわされたのです。
なぜかそうすることにはずかしさを感じた。そして彼女はたえず彼の眼が遠くから自分の脊中に向けられているのをすこしむずがゆく感じていた。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そのような僅かな胸さわぎがいかに彼にとって珍しく、むずがゆい快感によって思わず知らず微笑ほほえみをうかばせたことであろう。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ひどいしゃがれ声で、こっちののどがむずがゆくなるようだったが、……堰とは要するに田圃たんぼへ水を引く用水堀のことで断じて「川」ではなかった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幅の厚い西洋髪剃かみそりで、顎と頬を剃る段になって、その鋭どい刃が、鏡の裏でひらめく色が、一種むずがゆい様な気持を起さした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
にあって腕のムズがゆさに堪えぬ者共ものどもを幕府が召し集めて、最も好むところの腕立てに任せる役目ですから、毒を以て毒を制するといいつべきものです。
また堪えられなく全身をムズがゆくさせてくるような……この時ほどスパセニアが帰って来てくれなければいいと、はらの中で思っていたことはないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
それを考えると、むずがゆいような愛着をおぼえるのだ。胎児ははじめから男ときめて、これで玉目の家も相続されたと何か肩の荷がおりる思いであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼はほろ酔い機嫌で町なかを歩いていると、垣根の下の日当りに王鬍ワンウーがもろ肌ぬいでしらみを取っているのを見た。たちまち感じて彼も身体がむずがゆくなった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
お秀は、何だか身体のしんからむずがゆいものを感じたように自分の乳房がうごめくらしいのを掌で押えました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
既に恍惚たる精神は更に淘々然とうとうぜんとし、入湯して柔かくなった身体は足の指手の指の先まで何処ということなく一体にむずがゆいように慾情の震動を伝え出すので
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だから、鼻の穴が微妙にムズがゆくなって、今くさめが出るのだなと分ると、それを実に大切にするんだ。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
会う人、会う人から、祝福されたり虎退治をめそやされる。そのたび彼はむずがゆそうな顔をして
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「とっても、我慢ができないの。私まで、むずがゆくなって」家内は、ときどき私に相談する。
鏡子は自身でも歯がゆく思ふやうなぐずぐずした挨拶をして居たが、急に晴やかな声を出して
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
身体は崖の方にズリ下る、ズッてズッてそのまま早川渓へち込むような気がして、夢はいく度となく破れる。何やら虫がいて、襟から手元から、そこらあたりがむずがゆい。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
笹村はまずいその手蹟や、署名のある一枚の葉書に、血のむずがゆいようななつかしさを覚えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
悪い請求たのみをさえすらりといてくれし上、胸にわだかまりなくさっぱりと平日つねのごとく仕做しなされては、清吉かえって心羞うらはずかしく、どうやら魂魄たましいの底の方がむずがゆいように覚えられ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
葉書へいたずら書きをした彼の気持も、その変てこなむずがゆさから来ているのだった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
宇宙万象も何もかもから切り離された亡者もうじゃみたようになって、グッタリと椅子にたれ込んで底もはてしもないムズがゆさを、ドン底まで掻き廻わされる快感を、全身の毛穴の一ツ一ツから
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
博士は巻をおほうて、隣の女の髪を見た。薄暗い電気燈で横文を読んだので、目が少しむづがゆくなつた。向うを見れば、サンドヰツチの男は口を開いていびきをかいてゐる。窓の外は鼠色である。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そんな山歩きの間に、漆かはぜにでも触れたと見えて、急に手や顔がれてむずがゆく、ひどく気分が重くなつた。丁度その少し前、ある日表の窓から往来を見ると、寂しい葬列が下を通つて居た。
野の墓 (新字旧仮名) / 岩本素白(著)
ダラリと袖を欄干へ垂らし、ぼんやり河面かわもを眺めやった。やはり都鳥が浮かんでいた。やはり舟がとおっていた。皆々他人であった。急に眼頭めがしらがむずがゆくなった。眼尻がにわかに熱を持って来た。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むずがゆく握りしめるのであった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その間の長さと申しましたら、橋の下の私のおいには、体中の筋骨すじぼねが妙にむずがゆくなったくらい、待ち遠しかったそうでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幅のあつい西洋髪剃かみそりで、あごと頬をだんになつて、其するどいが、かゞみうらひらめく色が、一種むづがゆい様な気持をおこさした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たもとのちりうちはらいて空を仰げば、日脚ややななめになりぬ。ほかほかとかおあつき日向ひなたに唇かわきて、眼のふちより頬のあたりむずがゆきこと限りなかりき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茫然となすことを知らざる余りに不意な出来事に、袴野はいまさらすてのすべすべしたからだを、殆ど全身にむずがゆく感じながら物ほしげに見送った。
まもなく、櫓太鼓やぐらだいこの勇ましい音。お角の鼓膜にこたえて、感興をそそり、腕がむずがゆいような気持がしました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手のひらや足の裏に、むずがゆいような、するどくこころよい感覚が起こり、躯じゅうがしびれたようになった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
レートベルクがそんなにうまいわけではないが、この人のリリー・レーマンの系統を引くらしい、妖艶苦渋な歌い方には、一種のむずがゆい美しさがあったものだ。
単衣ひとえのすそはびっしょり濡れて足に巻きつき、草の実がたかって、すねがむずがゆい。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心臓がむずがゆくなるような白熱の明るさです。あゝ、また其処を見る眼が身に伝えて来て袂の端に重たく感じる。わかれて来た男の二本の腕の重み。それを振り切ったときのかすかな眩暈めまい。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
妾は寒い往来を辷りまわる自動車を、あとからあとから見送っているうちに、鼻の穴がムズがゆくなって来た。今にもクシャミが出そうになったから、慌てて窓から首を引っこめようとした。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
銀子はいた髪をいぼじりきにしてもらい、少しはせいせいして、何か胸がむずがゆいような感じでひざのうえで雑誌をめくったりしていたが、小谷さんは新聞にたまった雲脂ふけと落ち毛を寄せて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、すぐに膝から股、腰から腹までムズがゆくなった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たもとのちりうちはらひて空をあおげば、日脚ひあしややななめになりぬ。ほかほかとかほあつき日向ひなたに唇かわきて、眼のふちより頬のあたりむずがゆきこと限りなかりき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
恵印えいんはどうやら赤鼻の奥がむずがゆいような心もちがして、しかつめらしく南大門なんだいもんの石段を上って行く中にも、思わず吹き出さずには居られませんでした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
むずがゆいような、じれったくなるような痛さで、ときにわれ知らずぎゅっと押しつけ、そうするとやはり刺すように痛むので、声をあげてとびあがることもあった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
残りなく聞いてくれぬ上に、呑気のんき慰藉いしゃをかぶせられるのはなおさら残念だ。うみを出してくれと頼んだ腫物しゅもつを、いい加減の真綿まわたで、で廻わされたってむずがゆいばかりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでいささかむずがゆくなって、せせら笑ってみたまでのことです。
武蔵は、彼のことばが、誇張に聞えて、少しむずがゆく思いながら
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
痛いのかと思うとそうでもなしに、むずがゆい、たよりない、ものでおさえつけると動気どうきおどようで切なくッてけません。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤鼻の五位は、それをにうけた。久しく湯にはいらないので、体中がこの間からむづがゆい。芋粥の馳走になつた上に、入湯が出来れば、願つてもない仕合せである。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
恐ろしく反り返っているのでこっちからはあごだけしか見えないくらいだった、千蔵は頭がじいんとしびれた、へそのあたりがむずがゆくなり、それが胃ののところへ移行して来た
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
姉が余り饒舌しゃべるので、彼は何時までも自分のいいたい事がいえなかった。きたい問題を持っていながら、こう受身な会話ばかりしているのが、彼には段々むずがゆくなって来た。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の右の手には、悪血あくちがむずがゆいほどに湧き上って来る。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)