甲冑かっちゅう)” の例文
太政大臣ともあろう人が甲冑かっちゅうをつけたということは、今まで聞いたことがありませんし、どう考えても礼儀に背くことと思われます。
それは人間より少し背が高く中世紀の騎士が、ふたまわりほど大きい甲冑かっちゅうを着たような恰好をしていて、なかなか立派なものであった。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一つの大きいドアの左右に日本の緋おどしの甲冑かっちゅうと、外国の鋼鉄の甲冑とが飾られていた。そのほかホールには壺や飾皿があった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
『ほう、今の悲鳴は、吉良どのか。甲冑かっちゅうの血まみれは武士のほまれとこそ思ったが、素袍の血まみれは珍らしい。——いや古今の椿事ちんじ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは甲冑かっちゅうまとい七つの道具を背負う弁慶の図である。狭い画面の中に、画工は驚歎すべき簡略さを以てこの場面を現出している。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
プーンと匂う煙硝の香、ギラギラ輝く甲冑かっちゅう武具ぶぐ焔を上げる数十本の松火たいまつ! さきに行く駕籠の戸がひらけ、乗っている主人の姿が見える。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この頃両軍の後備は全部前線に出て一人の戦わざる者もなく、両軍二万の甲冑かっちゅう武者が八幡原にみちみちて切り結び突きあった。壮観である。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勇士組にいる時、甲冑かっちゅうの着け方も一応は覚えたんだが——どうも勝手を忘れてしまったようだわい。今時は、戦争にも甲冑ははやらんでな。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし嬉しいのは一時の事で今ではまるで忘れてしまったからやはり同じ事だ。ただなお記憶に残っているのが甲冑かっちゅうである。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其人が心弱くて、戦争とさえ云えば下風おこる、とても武士にはなりきらぬ故に甲冑かっちゅうを脱ぎ捨てて法衣をよ、というのが一首の歌の意である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ポリダマスの父フィレスのごとく人間の王エウフェテスから贈られたる美しい甲冑かっちゅうをエフィレより持ち帰るの要はない。
その甲冑かっちゅうを脱ぎ捨てて女の自分に戻ることは、泣きたいような甘いこころを、つと弥生の胸底にわかさずにはおかない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わしはとを追い、おおかみは羊をつかみ、へびかえるをくわえている。だがあの列の先頭に甲冑かっちゅうをかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その人の言う通りです、広間の入口に西洋の甲冑かっちゅうが飾ってあります。その腰に革製の鞘はあるが、中味はありません。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
甲冑かっちゅうも着ないで馬に乗って行くのもある。負傷兵を戸板で運ぶのもある。もはや、大霜おおしもだ。天もまさに寒かった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この銅像は甲冑かっちゅうを着、忠義の心そのもののように高だかと馬の上にまたがっていた。しかし彼の敵だったのは、——
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
西洋のむかしの甲冑かっちゅうです。かぶとよろいもぜんぶ鉄でできた、絵にある騎士の着ているような、にぶい銀色の甲冑が、直立の姿で飾ってあったではありませんか。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
公はその穴の前で甲冑かっちゅうを脱ぎ捨て、身軽ないでたちで坑道を潜り抜けると、うず巻く煙にむせびながら、廊下づたいに、則重夫婦の居間へせ付けた。そして
以前には其処此処そこここにちらばっていたのを、西常央にしつねのり島司が一纏ひとまとめにして、この通り碑を建てたという事や、昔甲冑かっちゅうを着けた騎馬武者がこの辺に上陸したことや
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
そこでどんなに窮した場合にも残しておいた、舞台で着る衣服甲冑かっちゅうに身を装い、おりから降りしきる雪の辻々、街々まちまちを練り歩いて、俳優たちが自ら広告した。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
津軽家祖先の甲冑かっちゅうの銅像の辺から岩木山を今一度眺め、大急ぎで写真をとり、大急ぎで停車場にかけつけた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いや、しばらく逢わないね。あいつは剣闘で僕のいい相手なんだが……。あれが古道具屋から出て来た時に会ったぎりのように思うよ。それ、君と一緒に甲冑かっちゅう
万年燈が眼前にちらついて邪魔になった。Kが見て、一部分何だかわかった最初のものは、絵のいちばん端に描かれている、大柄な、甲冑かっちゅうを着けた騎士であった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
しかし「意味ある形」、たとえば「甲冑かっちゅう」を円筒上の人物に着せたとなると、その甲冑は、四肢などに対するとは全く段違いの細かな注意をもって表現されている。
人物埴輪の眼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そして形だけは整頓した処の、例えば甲冑かっちゅうを着けたる五月人形が飾り棚の上に坐っている次第である。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
其処には明珍長門家政みょうちんながといえまさ作の甲冑かっちゅうけて錦の小袴を穿き、それに相州行光そうしゅうゆきみつ作の太刀をいた権兵衛政利まさとしが、海の方に向けてしつらえた祭壇の前にひざまずいていた。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
書院造りではあるが、調度類は極めて質素であり、ふすまは無地の手漉てすき紙だし、床ノ間には故政宗の消息を仕立てた軸を懸け、伝来の甲冑かっちゅうが飾ってあるばかりだった。
鍛冶かじを業とする者は家毎に甲冑かっちゅう、刀槍をきたえ、武器商う店には古き武器をかさねてその価平時に倍せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
また拱廊そでろうかで、かぶとが置き換えられた頃合にも符合するのですが、とにかくその前後に、大階段の両裾にあった二基の中世甲冑かっちゅう武者が、階段を一足跳びに上ってしまい
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかも頭の両端の複眼の突出と胸部との関係が脆弱ぜいじゃくでなく、胸部が甲冑かっちゅうのように堅固で、殊に中胸背部の末端にある皺襞しわひだの意匠が面白い彫刻的の形態と肉合いとを持ち
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
甲冑かっちゅうというものは、何でも五年も前に、長州征伐があった時から、信用が地にちたのであった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
国芳は武者奮闘の戦場を描き美麗なる甲冑かっちゅう槍剣そうけん旌旗せいきの紛雑を極写きょくしゃして人目を眩惑げんわくせしめぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日本の甲冑かっちゅうは美術的であろうというと、西洋の甲冑の方が美術的だという、一々衝突するから、同じ人間の感情がそれほど違うものかと、余り不思議に思ってつくづくと考えた。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
山の上に火が起って、けむりや火焔ほのおが高く舞いあがり、人馬の物音や甲冑かっちゅうのひびきがもの騒がしくきこえたので、さては賊軍が押し寄せて来たに相違ないと、いずれも俄かに用心した。
失望のあまり黄帝は、遠く広く天の修理者を求めた。捜し求めたかいはあって東方の海から女媧じょかという女皇、つのをいただき竜尾りゅうびをそなえ、火の甲冑かっちゅうをまとって燦然さんぜんたる姿で現われた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
物々しい甲冑かっちゅうを着たクリスチャン五世の騎馬像——一ばんには単にヘステンと呼ばれている——が滑稽なほどの武威をもってこの1928の向側のビルディングの窓を白眼にらんで、まわりに雑然と
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
そうわれておどろいてかえってると、甲冑かっちゅうけた武将達ぶしょうたちだの、高級こうきゅう天狗様てんぐさまだのが、数人すうにんしたたたずみて、笑顔えがお私達わたくしたち様子ようす見守みまもってられましたが、なかでもつよわたくしいたのは
あるものは壁龕へきがんのなかにひざまずき、あたかも神に祈るようだった。あるものは墓の上に身を長くのばし、両手を敬虔けいけんに固くあわせていた。武士たちは甲冑かっちゅうすがたで、戦いがおわって休んでいるようだ。
とりいれられている趣であるが、玄関には登山用の糸立いとだて菅笠すげがさ、金剛杖など散らばっている上に、一段高く奥まったところに甲冑かっちゅうが飾ってあり、曾我の討入にでも用いそうな芝居の小道具然たる刺叉さすまた
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
先生はこの調査のためにわざわざ河内国かわちのくにへ出張し、観心寺かんしんじおよび信貴山しぎさん、金剛寺その他楠公に関係ある所へ行って甲冑かっちゅうを調べたのです。また加納夏雄先生と今村長賀ちょうが先生とは太刀たちのことを調べました。
鏘々しょうしょう甲冑かっちゅうのひびきが聞える。明らかに簇々ぞくぞくと兵団の近づくような地鳴りがする。すわと、にわかに信玄のまわりは色めきたった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松火たいまつを持った甲冑かっちゅう武者が、その先頭に立っていた。後に続いた数十人の者は、いずれも究竟くっきょうの若者であったが、一人残らず縛られていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ねりの二ツ小袖の上に、白絹に墨絵で蝶をかいた鎧直垂よろいひたたれは着ているけれども、甲冑かっちゅうはつけていない、薄青い絹で例の法体の頭から面をつつんでいる。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
西八条の屋敷近くまでくると、甲冑かっちゅう物具もののぐをつけた兵士達が、満ち溢れて、どことなく緊迫した空気がただよっている。
采配を腰にさし、甲冑かっちゅう騎馬で、金の三蓋猩々緋さんがいしょうじょうひ一段幡連いちだんばれんを馬印に立て、鎗鉄砲を携える百余人の武者を率いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
氏郷の家来達は勿論甲冑かっちゅうで、やり薙刀なぎなた、弓、鉄砲、昨日に変ること無く犇々ひしひしと身を固めて主人に前駆後衛した事であろう。やがて前野に着く。政宗方は迎える。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その三千騎のしだいに高まる響きを、大速歩の馬の交互に均斉したひづめの音を、甲冑かっちゅうの鳴る音を、剣の響きを、そして一種の荒々しい大きな息吹いぶきの音を聞いていた。
さてこの田楽に繰り出す連中は、富者は産を傾けて錦繍きんしゅうを衣とし金銀を飾りとし、朝臣武人らはあるいは礼服をつけあるいは甲冑かっちゅうを被り、隊をくんで鼓舞跳梁こぶちょうりょうした。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
府中を落ちて二、三里も行った時、彼らの一群を追いかける織田家の甲冑かっちゅうが四、五町後の街道に光るのを見た時に、彼は死を恐れる心よりほかの考慮は何もなかった。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
即ち烈公が梵鐘ぼんしょうこぼちて大砲をつくりたるも、甲冑かっちゅうにて追鳥狩おいとりがりを企てたるも、みなこの同時なりとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)