沢庵たくあん)” の例文
旧字:澤庵
「殖えられてまるものか」と、犬塚はしかるように云って、特別に厚く切ってあるらしい沢庵たくあんを、白い、鋭い前歯でみ切った。
食堂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昨夜は私は腹の空いていたせいもあるだろうが、焚きたての御飯とあたたかい汁と鉢に山盛の沢庵たくあんとで食べた夕めしがとてもおいしかった。
遁走 (新字新仮名) / 小山清(著)
音が味を助けるとか、音響が味の重きをなしているものには、魚の卵などのほかに、海月くらげ木耳きくらげ、かき餅、煎餅せんべい沢庵たくあんなど。
数の子は音を食うもの (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「天下を一と呑みにするような大きな事ばかり言やがる癖に、人間を見ると、沢庵たくあんになり損ねた干大根ほしだいこんみたいな野郎で——」
「じゃあ、部屋へはいって寝ますから、ちょいとだけ話しておくれ。……おまえ沢庵たくあん様の後を追いかけて行ったのでしょう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沢庵たくあんにする干大根ほしだいこんが出た時大根一樽にぬか六升と赤穂塩一升とを用意して大根を一かわ並べたら糠と塩を振って今の塩漬茄子をその上へ一側並べて
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
諸君と共に二列に差向って、ぜんに就く。大きな黒塗の椀にうずたかく飯を盛ってある。汁椀しるわんは豆腐と茄子なす油揚あぶらあげのつゆで、向うに沢庵たくあんが二切つけてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
このごろ街で売っている沢庵たくあんが、食べたあと、舌に苦味が残るのは、たぶん苦汁分の多い粗製塩を使うからであろう。
塩の風趣 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
大きな茶碗に山盛りにした上からかけては、黄色な沢庵たくあんなどを忙しく箸で挟み乍ら、何杯も何杯も代えるのであった。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
日本人が寄れば、なんとなく沢庵たくあんくさいといわれます。これはつまり日本人の身体からは、食物の特殊性からくる独特の臭いが発散しているのです。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そいつあ知りませんが、なんにしてもあんなけだものは寄ってたかってぶちのめしてさ、沢庵たくあん石でも重りにして大川へ沈めをかけるのが一番でさあ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
子供はその大人を憎んだ。誰もがいないと、おまんまつぶを持っていってやった。好きな沢庵たくあんもやった。沢庵を裂いてやるとよく知っていてはさんだ。
家族のひとたちの様に味噌汁、お沢庵たくあんなどの現実的なるものを摂取するならば胃腑いふも濁って、空想も萎靡いびするに違いないという思惑からでもあろうか。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
沢庵たくあん禅師の「不動智」にあるが、無念無想の境にあって敵に応じて無より出、無限に働くのを極意としている。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
これはただ牛肉の後に沢庵たくあんといいうような意味のものではなく、もっとずっと深い内面的の理由による事と思う。
そのうち湯が沸騰わいて来たから例の通り氷のようにひえた飯へ白湯さゆけて沢庵たくあんをバリバリ、待ち兼た風に食い初めた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さ、沢庵たくあんかなんかでざくざく茶漬にしてっこむのが好きさ、やわっこいめしだのおじやなんぞ大っ嫌いさ、だからぱあっと心中しちゃう気になったのよ
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夜逃げの身では、故郷から戸籍謄本を取り寄せるなど、思いも寄らなかったのである。口入れ屋の二階では、豆腐の糟に、臭い沢庵たくあんを幾日も食わせられた。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
私と庄亮とは、自分たちの談話室のソファにりかかって、それこそ水入らずで、また沢庵たくあんをかりかり噛んだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
沢庵たくあんかじつて、紙と木片きぎれとで出来上つた家に住んでゐる日本人などと比べ物にはならないといふので、日本人が滅多に手も着けない飛切とびきりの上等品を買込むが
パリパリと音のする快い歯応はごたえの沢庵たくあんでお茶漬をひとつさらさらッと食いたいなといった欲望のうちに、ノスタルジアの具体的なものを感ずるのに似ていたが
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
沢庵たくあんを買った古新聞に、北海道にはまだ何万町歩と云う荒地があると書いてある。ああそう云う未開の地に私達の、ユウトピヤが出来たら愉快だろうと思うなり。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
人間元より変な者、目盲めしいてからその昔拝んだ旭日あさひの美しきを悟り、巴里パリーに住んでから沢庵たくあんの味を知るよし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
物を食うにもさけでもどじょうでもよい、沢庵たくあんでも菜葉なっぱでもよく、また味噌汁みそしるの実にしてもいもでも大根でもよい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この時ただ今まではおとなしく沢庵たくあんをかじっていたすん子が、急に盛り立ての味噌汁の中から薩摩芋さつまいものくずれたのをしゃくい出して、勢よく口の内へほうり込んだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食卓について見ると今夜は日本食が特に調理せられ、はもの味噌汁、鮪の刺身、鯛の煮附、蛸と瓜の酢の物、沢庵たくあんと奈良漬、いづれも冷蔵庫から出された故国の珍味である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
娘のなさけで内と一所にぜんを並べて食事をさせると、沢庵たくあんきれをくわえてすみの方へ引込ひきこむいじらしさ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かと思うと、一方には沢庵たくあん一本が七十二文とか天保てんぽう一枚とかいう高いものになって来る。
銀明水に達したるは午後七時になんなんとす、浅間社前の大石室に泊す、客は余を併せて四組七人、乾魚ほしうを一枚、の味噌汁一杯、天保銭大の沢庵たくあん二切、晩餐ばんさんべてはかくの如きのみ
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
副食かずは干鱈と昆布の煮〆だったが、お浜はそれには箸をつけないで沢庵たくあんばかりかじっていた。そして、次郎の皿が大方空になったころ、そっと自分の皿を、次郎の前に押しやった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
夜を越した手桶ておけの水は、朝に成って見ると半分は氷だ。それを日にあて、氷を叩き落し、それから水を汲入れるという始末だ。沢庵たくあんも、菜漬も皆な凍って、めばザクザク音がする。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八「風吹かざふがらすびんつくで女の子に可愛がらりょうとアおしつええや、この沢庵たくあん野郎」
二のぜんつきの形式張った宴会をののしった言葉であろうが、この花やかな、紅白さまざまな弁当の眺めは、ただ綺麗であるばかりでなく、なんでもない沢庵たくあんや米の色までがへんにうまそうで
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「寝る前に、お茶漬でも食べるんなら、沢庵たくあんでも上げてやろうかと思うが……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
カンヅケ いわゆる沢庵たくあん漬のことを、九州北部では一般に寒漬とそういう。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それからついでに、お握飯むすび沢庵たくあんをつけて三つ四つ差入れてもらいてえ
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
清三は沢庵たくあんをガリガリ食った。日は暮れかかる。雨はまた降り出した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いつかもどうもたべつけたものだから沢庵たくあんがたべたいとッて。上ったことがあったが。その時いた書生さんが悪口に。令夫人は殿様にかくして。沢庵とまおとこをなさったといったことがあったよ。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
あまりに上品とはいえないが私のような胃病患者から見るとなんとそれはち多過ぎる人であるかと思ってうらやましき次第とも見えるのだ、全く何も食えずにいる時、沢庵たくあんと茶漬けの音を聞く事は
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
水の方は、今でもあんまり変るまいが、森がさっぱりと切りはらわれて、薄っきたないそまや炭焼きの食いかけた、沢庵たくあん尻尾しっぽが流れるようになっては、いくらさらさらと麓をめぐっても始まらない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
へえ天国に入れてもらいます……ばか……おやじが博奕打ばくちうちの酒喰らいで、お袋の腹の中が梅毒かさ腐れで……俺の眼を見てくれ……沢庵たくあん味噌汁みそしるだけで育ち上った人間……が僣越ならけだものでもいい。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
沢庵たくあんにおい、お醤油のこげるにおい、おつゆをすする盛大なひびき
食卓には飯とみそ汁と沢庵たくあんとが準備されてある。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
沢庵たくあんを一本
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
私は首輪に私とメリーの名前をらせた。私は奮発して、首輪も鎖も上等のを買った。私にはむかしから羊羹ようかん沢庵たくあんをうすめに切るくせがある。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
りのげた箱膳はこぜんに、沢庵たくあん四きれ、汁一わん、野菜の煮しめが一皿ついて、あたりに人はなしといえども、それをあぐらで食うわけにはいかない。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「開けてみな、むじなたぬきなら、早速煮て食おうじゃないか。酒はまだあるが、さかなときた日には、ろくな沢庵たくあんもねえ」
さ、沢庵たくあんかなんかでざくざく茶漬ちゃづけにしてっこむのが好きさ、やわっこいめしだのおじやなんぞ大っきらいさ、だからぱあっと心中しちゃう気になったのよ
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
殺されたものが這い上がれるはずがない。石を置いた沢庵たくあんのごとく積み重なって、人の眼に触れぬ坑内によこたわる者に、むこうへ上がれと望むのは、望むものの無理である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほっこりとたきたてに、沢庵たくあんをそえてね。それだけの願いなのよ。何とかどうにかなりませんか。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)