むし)” の例文
むしり破られることは言う迄もない。大抵の場合、衣類をことごとく毮り取られてついに立って歩けなくなった方が負と判定されるようである。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
翌る日平次が谷中の清養寺へ行つたのは、まだ辰刻いつゝ少し過ぎ、お類が朝の膳を片附けて、寺男の彌十は庭の草をむしり始めた時分でした。
がけぷちに枝を差しのべていた山百合と一緒に、その辺に咲いている野性の花をむしり取って来て、鉄柵を乗り越えて墓前に供えて置いた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見向きもしないで、山伏は挫折へしおつた其のおのが片脛を鷲掴わしづかみに、片手できびす穿いた板草鞋いたわらじむしてると、横銜よこぐわへに、ばり/\とかじる……
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私はそれを見ると、なんだか急に子供のやうな殘酷な氣持になつて、いま受精を終つたばかりの、その花をいきなりむしりとつた。
燃ゆる頬 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
むしるように取った型ばかりの門松や注連繩を、溝板を避けて露地の真ん中へ積み上げた勘次が、六尺近い身体を窮屈そうにしゃがませて
毛をむしり取られ、びっこをひきひき自分のおろかさや、大事な時間をむだにしたことを悔みながら、そこから逃げだしてゆくのであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お光さんは、腰をおろすとすぐに、それを彼の手の下からむしるようにくって、四、五枚、ペラペラと見てはくり返して
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの蝕んだ焼けた莟は、彼が無意識にむしり砕いたのであらう——火鉢の猫板の上に、粉々に裂き刻まれて赤くちらばつて居た。
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮をむしるとも我の誰なるやを告げじ、また千度ちたびわが頭上づじやうに落來るともあらはさじ 一〇〇—一〇二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
てんでに地べたの上に身を投げ出すと、両手の爪をかにのように曲げて、すさまじい号泣ごうきゅうをつづけながら、地の上をかきむしる。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
グウスベリむしりの私の仕事を終へると、私は二人のお孃さまとお兄さまは、今何處にゐらつしやるかとハナァにいてみた。
見れば女は、片手で肩のあたりを抑えどうと絨毯の上に倒れたが、もう一方の腕をしきりに動かして、手あたりしだい掻きむしっているのだった。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
反絵の身体は訶和郎の胸に飛びかかった。訶和郎は地に倒れると、いばらむしって反絵の顔へ投げつけた。一人の兵士は鹿の死骸で訶和郎を打った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いきなりパラシュートを外すと、飛行帽をかなぐり棄て、飛行服までむしり取ってしまうと、グット邪慳に、葉子の死骸を抱き上げた、と同時に
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
…鍛冶屋からかなづちで鉄板を打つ耳を掻きむしる様な音が聞え、鎔鉱炉からは赤く火影が差し、煤が渦を巻いて立昇って居た。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ああ、二羽が二羽とも、同じ一声の悲鳴と共に、田崎の手に首をねじられ、喜助の手に毛をむしられ、安の手に腹を割かれ、わたを引出されてしまった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
穏和な情緒を滅茶苦茶に掻き立てられた彼女は、何もかもむしりたい興奮状態にあった。彼女はなおも泣き続けた。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かもの上へ、尉の装束を皺くちゃにして、左の片足を床へ落とし、毛をむしられた鶏のような、毛穴の立った長い細い首を、イスパニア絹の枕へもたせ
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たましいをむしりたいほど退屈なパアム街のなかほどに、109という番号字のげかかった茶煉瓦れんがの立体が、赤く枯れたつたをいっぱいに絡ませて
未開のまま外ならぬ生みの親のブルジョア文学者の手でむしられるというめぐり合わせに置かれている如く見える。
さう言はれると圭一郎はとげにでも掻きむしられるやうな氣持がした。彼は勤め先では獨身者らしく振る舞つてゐた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
冷吉は最う綴糸も切れないので、少し逆せた唇の皮をぷき/\むしりつゝ、うちの朝夕の有樣を考へて見たりした。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
一匹の蟻をば砂糖壺の中へ投げ込んだやうに、文吾は可味うまさうな柿の實に包まれてしまつて、まご/\した。どれからむしり取らうか、と手のやり場に困つた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ある晩なぞ枕頭まくらもとにおいた栗栖の写真を見て、彼はいきなりずたずたに引き裂き、銀子の島田をむしったりした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかも、自由な右手は全然運動の自由を欠いていたので、扉を掻きむしることさえ出来なかったんだぜ。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
というので道を迷っているのも忘れて盛んにむしり始めたが、そのうちに日が暮れて来たので気が付いてみると、荷車が一台や二台では運び切れぬ位、採り溜めていた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女の手から紙をむしり取って、それへ眼を馳せ乍ら、祥子は青白んだ皮膚をビリビリ慄わせた。
罠を跳び越える女 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
しかも顔は興奮に青ざめ、息使いまでがせわしい。女はイベットが再びテーブルに眼を落し平気で勝負に身を入れ出すと、小田島をむしるようにき立てて其所そこを離れた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
岩間に根を下ろした米躑躅が旨く手掛りや足掛りを造ってれるが、其度毎そのたびごとに枝間に咲きこぼれたつつましやかな白い花をむしり取ったり、薄桃色の花を蹈みにじったりするのは
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
無茶苦茶にいじめられて、生命いのちむしり取られることが、かえってあの人には本望なのか知らと思われることもありますのです。ですから、わたしには、うっかり口は出せません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
弟はむしられたような淋しい顔をした。そして、ほら向う川岸の崖のところから、川をへだててその行燈のあかりだけが何時もよく見える………と言った。姉は崖の方をながめた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
幾春秋、忘れず胸にひめていた典雅な少女と、いまこそ晴れて逢いに行くのに、最もふさわしいロマンチックな姿であると思っていた。私は上衣のボタンをわざと一つむしり取った。
デカダン抗議 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、若者はさりない調子で、噴き井の上に枝垂しだれかかった白椿の花をむしりながら
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あたしは、こんな事をしていて好いのかと、自分の胸をむしっている。郷里いなかへ帰ったからって、好いものは書けやしない。やッぱりあたしは、美妙せんせいのそばにいなければいけないのだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
野良へ追い出しても草原に寝そべって青い空に吸われるように見入っていて草一つむしろうとしない。彼が十六の年、彼の親の小作人は「乾鰮ほしかのように」黒く瘠せ枯れて死んでしまった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
話しているうちに彼女はそれを、こまかいとげのある小枝のまま、むしり取っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そこへいかりまなじりげた、一人ひとりわかおんなあらわれて、口惜くやしい口惜くやしいとわめきつづけながら、くだんおとこにとびかかって、頭髪かみむしったり、顔面かおっかいたり、あしったり、んだり
引き裂き、かきむしりながら緊張しきつた心がまた遣瀬もなく啜泣く苦しさ。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
而もそのあとを胡麻化すためにまわりの苔を又少しずつむしり取った形跡がある。
けつして安泰あんたいではない。まさつめぎ、しぼり、にくむしほねけづるやうな大苦艱だいくかんけてる、さかさまられてる。…………………
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私はそれを見ると、なんだか急に子供のような残酷な気持になって、いま受精を終ったばかりの、その花をいきなりむしりとった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
また、柵から手を伸ばして、石楠花しゃくなげの葉を五枚ほどむしり取った。それは、口のなかで噛みしめていると、何か、非常に力になる気がした。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
押借強請ゆすりはやらないが、貸金の催促は名人で、刀をひねくり廻して、無理な金でもむしり取つて來るといふ、大變な二本差ですよ
そして殊に眼前にただ木偶坊でくのぼうのように驚愕きょうがくしている兄の様子が、何とも言えず腹立たしくて、私はまた頭を掻きむしりたいような気持であった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして不思議なことに、翅も六本の足もむしりとられ、そればかりか下腹部が鋭利な刃物でグサリと斜めに切り取られている変な蠅の死骸だった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金太はそれ程でもなかったが、銀太はやがて脾腹ひばらが痛くなり、それでも笑いが停止しないために、畳を掻きむしったり、竹行李に抱きついたりした。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
庄兵衛老、根がお人好しなもんだから、ついひょろりとせしめられ、余程たってから気がついて、また、してやられたぞと膝を掻きむしって立腹する。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
有賀又兵衛……現在の名、飯塚薪左衛門は、昔の、浪人組の頭目だった頃の名を呼ばれ、愕然とし、毛をむしられた鶏のような首を延ばし、声の来た方を見た。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私が果實このみむしり、自分はパン粉をねながら、彼女はくなつた主人や、主婦や、また彼女が「お子たち」と呼んでゐる若い人たちのことを細々と話すのであつた。