正午ひる)” の例文
正午ひるのサイレンと共に今日はおきるのかな、と心ひそかに焦れながら待つていると、十一時近くになつて電話のベルがなりはじめた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
六月下旬の日射ひざしがもう正午ひるに近い。山國の空は秋の如く澄んで、姫神山ひめかみさんの右の肩に、綿の樣な白雲が一團、彫出ほりだされた樣に浮んでゐる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
あくる朝俊夫君は、昨夜ゆうべ、叔父さんてに書いたという手紙を投函してくると言って出かけたまま、正午ひる頃まで帰ってきませんでした。
紅色ダイヤ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「お前はまあ何て御飯のたべ方をするんだ。そんなたべ方をしていると、今にお正午ひるになって、昼の御飯と一所になってしまうぞ」
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
「はあ、あの、お正午ひるすぎに、どうしたのかゲンが急に吠出しまして……それにつれてほかのまで皆んな吠出してよわりましたが……」
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
明け方の五時から正午ひるまで——十二時になるとお婆さんが二階の戸を叩打ナックして男を追い出す——こうして、この空博奕からばくちに勝ったやつが
朝の内に月代さかやき沐浴ゆあみなんかして、家を出たのは正午ひるすぎだったけれども、何時いつ頃薬師堂へ参詣して、何処どこを歩いたのか、どうして寝たのか。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいえ、お正午ひる少し前までここにお見えになりましたが、それから、わたくしは今まで眠っておりました故、何も存じませぬ」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……善福寺ぜんぷくじの池へ珍らしい鳥が来たといって、けさ早くから井荻いおぎへ出かけて行った。正午ひるまでに帰るといっていたが、どうして、なかなか。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
陸との交通は、まったく絶望ぜつぼうにおわった。しかも正午ひるすぎになると、潮は見る見るさしはじめて、波はますますあらくなった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
と、ケニョン会社特製模型飛行機用の、極上のガソリン発動機エンジンを持って嬢がヨアンネス少年の部屋を訪れたのは、翌る日の正午ひる頃であった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
れるだらうから、此方こつちはいつたらからうとすゝめ、菓子くわしなどをあたへてうちに、あめ小歇こやみとなり、また正午ひるちかくなつた。
押し開かれた障子の向には、世にも稀なるかへでの古木が庭一面にその枝を張つて、血よりも鮮やかな紅葉を正午ひるさがりの日光にかがやかしてゐた。
奈良二題 (旧字旧仮名) / 野上豊一郎(著)
朝ももう、正午ひる近く進んでいることがわかるのだ。若松屋惣七は、石のようにむっつりして、寝床からたった。お高は、きのうから顔を見せない。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
折から梢の蝉の鳴音なくねをも一時いちじとどめるばかり耳許みみもと近く響き出す弁天山べんてんやまの時の鐘。数うれば早や正午ひるの九つを告げている。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
松林の向かふの村から、正午ひるを知らせる鐘の音が聞えて来た。大分揺られて来たので、良寛さんは、おしりが痛くなつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
馬鹿ばかなっ! 逃げていったもんなんか捜しに行くことねえ! それより、正午ひる前にサラブレッド系の馬を全部捕まえておけ、買い手が来るのだから」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
正午ひるころ、一通り馬車の手入れが終ると、オメーリコは厩から、半蓋馬車ブリーチカよりは幾らか年齢としはの若い三頭の馬を曳き出して、その偉大なる馬車に繋いだ。
途中で一夜、夜を明かし翌日の正午ひるごろそこへ着いた。湖水は波も平らかに凍りもせずに澄んでいる。岸に一艘の獣皮の船が水に軽々と浮かんでいる。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
正午ひる時分までは何事もなくって居りましたが、昼飯を食ってしまって急に出立と成りましたから、おやまも悦び、いやな奴だから早く立った方が
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「もう二時間も待っていますのやが、出ませんぞな。街まで三時間かかりますやろ。もう何時になっていますかな。街へ着くと正午ひるになりますやろか。」
(新字新仮名) / 横光利一(著)
「一寸私は大将のところまで行って来ます。他にも用達ようたしに廻って来るかも知れません。捨吉、今日はゆっくりしてもかろう。正午ひるまでに俺も帰って来る」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
北の八番の唐紙からかみをすっとあけると中に二人ふたり。一人は主人の大森亀之助かめのすけ。一人は正午ひる前から来ている客である。
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
商売柄いつも正午ひる近くに起床おきると、それから浅草の観音様へお詣りする習慣だったんですが、恰度その事件のあった日も例によって観音様のお詣りを済ますと
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
東京に用しに行こうとくわだてているものもある、月の初めから正午ひるぎりになっていたが、前期の日課点を調べるので、教員どもは一時間二時間を教室に残った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
主人の小山はなお客に誇りたき事あり「大原君、牛肉のついでに僕は牛肉の味噌吸物みそすいものを拵えたから差上げよう。ちょうどモー正午ひるだ。これで一緒に食事をしよう」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
風の無い晴れきった、世の中がうつらうつらしているようにおもわれる春の日の正午ひる過ぎであった。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この年の五月十二日の正午ひるごろ、鳥羽殿の中でいたちがおびただしく走り騒いだ。常にないことである。
「園長が表へ出られたと思う時刻から正午ひるまでに、戸外に何か異様な叫び声でもしませんでしたか」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「やアい、正午ひるぢやぞ。」と叫ぶ農夫の濁聲だみごゑが何處からか聞える。眠さうな牛の鳴き聲もしてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
正午ひる少し過ぎの、まぶしい町を孝之進は臆病に歩いて行った。何も彼も賑やかすぎ、激しすぎた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
正午ひるも近づけばお峰は伯父への約束こゝろもと無く、御新造が御機嫌を見はからふに暇も無ければ、僅かの手すきにつむりの手拭ひを丸めて、此ほどより願ひましたる事
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨日の正午ひる過ぎになっていよいよ雲行きが怪しく、工員は仕事も手につかぬようで、そこここに集まってぶつぶつやっているので困ったものだと思っていると、案の定
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
そこで、私は、主としてこちらからいろ/\と話をしてやり、それから彼女に少しばかり覺えさせて、お正午ひる近くになると彼女に保姆ばあやのところへ歸つてもいゝと許した。
文面は至って簡単で、ただ、明日——つまり今日——の正午ひる頃に、横浜の××ホテルまで訪ねてきてほしいというだけであったが、私には、その用向きは即座にわかった。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
正午ひる近くなって、私は漸く帰宅することを許されたので、ズキンズキン痛む頭を押えながら、毛沼博士邸を出た。すると、私はたちまち待構えていた新聞記者の包囲を受けた。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
正午ひるにはけた玉菜たまな牛肉汁にくじると、めしとで食事しよくじをする。ばんには晝食ひるめしあまりのめしべるので。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あなた、石炭がもう悉皆みなになりましたのよ。どうぞ正午ひるまでに宅に届けて呉れるやうに電話を
やがて正午ひる前には、雲ににじんで太陽の形さへ、かすかながら空の奥底から卵色に見え出した。
まつたく貧乏なんですよ。市外の会社に勤めて居る弟——折折をりをり昼中なかに尋ねて来て、正午ひるの食卓に就くことがあるでせう——あの弟が姉思ひで、月給のうちからみついで居るんですよ。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
……ねえお父さん、もう直きお正午ひるだから、ご飯を食べてゆっくりして行ったらどう?
或る別れ (新字新仮名) / 北尾亀男(著)
正午ひるにはまだがあるうちに午餐ひる支度したくいそいでおつぎは田圃たんぼからちやわかしにのぼる。與吉よきちよろこんでおつぎのかぢりついた。勘次かんじあとひとたがやした。あをけむりならからつてやが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかもそれを僕が初めて知ったのは、今朝死亡したと云う日の正午ひる頃であった。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
その日の正午ひるごろには、モンフェルメイュのブーランジェーの小路にきていた。
私は家を出たのは、四日の正午ひる頃でした。其の時分は、先生は特別に苦しい様子もありませんでした。ですから私は、無論それが最後にならうなどと云ふことは更に思ひ掛けませんでした。
忘れ難きことども (新字旧仮名) / 松井須磨子(著)
正午ひる、昭和通りのレストゥラントAで、会おうという約束で、電話が切れた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところが、その夜から翌日の正午ひる頃までにかけて、法水は彼特有の——脳漿のうしょうれ尽すと思われるばかりの思索を続けたが、はしなくもその結果、伸子の死に一つの逆説的効果を見出した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
正午ひるの時間に、廊下で松本をめっけると、タツは「ゆく」と返事した。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
園井は正午ひるまで煙草一つ吸わず、帳簿の整理をしたり、集金郵便の予告状を書いたりして、打っ続けに働き、正午のサイレンが鳴ると、自転車に乗って近所にある自宅へ昼食をたべに行ったが
青春の逆説 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
銀盆や鉄板を開けるのは何んでもありません、穴の中を見ると、屍蝋と火薬がありますから、火薬だけを外へ移して、今日の正午ひるに、両方から関係者一同に入ってもらう段取にしただけの事です。
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)