はずみ)” の例文
お岩はそれを取られまいとして争っているうちに、どうしたはずみか刀が飛んで欄間の下へ突きささった。お岩はよろよろとなった。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところがその発会式が広い講堂で行なわれた時に、何かのはずみでしたろう、一人の会員が壇上に立って演説めいた事をやりました。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
譬えば世の事は怪我のはずみにてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この困憊こんぱいした体を海ぎわまで持って行って、どうしたはずみでフラフラと死ぬ気にならないものでもないと思うと、きゅうに怖しくなって足がすくんだ。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
振放すはずみ引断ひっちぎった煙草入、其の儘土手下へ転がり落ちた、こりゃたまらぬと草へつかまってあがって見たら、何時いつの間にか曲者は跡をくらましてしまう。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
磯野も、時のはずみでしたことが振り顧って見られたし、お増にも、始終変ってゆく男の心の頼みがたいことが解って来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それ甚麼どんなはずみ相近あひちかづく事につたのであるか、どうも覚えませんけれど、いつかフレンドシツプが成立なりたつたのです
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
はずみに俥がずる/\と引張られると、知事はあとの片足を踏み外していきなり前へのめつた。属官は可笑をかしさをこらへるやうな顔をして飛んでそばへ往つた。
公爵こうしゃくの旧領地とばかり、詳細くわしい事は言われない、侯伯子男の新華族を沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙なはずみから雲梯うんていをすべり落ちて
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そう思いながら歩いていると、身体がふらりふらりと宙に浮いて来た。どうしたはずみか、ふと革命党が自分であるように思われた。未荘の人は皆彼の俘虜とりことなった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
し損じたりとまた踏ん込んで打つを逃げつつ、げつくる釘箱才槌さいづち墨壺矩尺かねざし利器えもののなさに防ぐすべなく、身を翻えして退はずみに足を突っ込む道具箱、ぐざと踏みく五寸釘
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
馬に、ねとばされたはずみに、お通はそこへ転げ落ちたものと見える。もうその時は梅軒にも、彼女が武蔵と何らかの交渉のある人間に違いないということは考えられていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにかのはずみに思い出すことがないとも限りません。それについて、もし将軍から何かお尋ねでもありましたら、そのときには遠慮なく、正直にお答えをなさる方がようございます。」
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのはずみに自分の眼がはからずも社長の鈍く冷たく光ってる眼とちらと途中で出会った。曽根はきたない物でも見たように顔をしかめた。しかし元気を出して、また腹の中で独言をはじめた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
如何なる心のはずみにか候ひけむ、唯だ忽然はつと思ふやがて今までの我が我ならぬ我と相成あひなり、筆の動くそのまゝ、墨の紙上に声するそのまゝ、すべて一々超絶的不思議となつて眼前に耀き申候。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
如何どうしたはずみでか急に殊勝気しゅしょうげを起し、敬礼も成る丈気を附けて丁寧にするようにして、それでも尚お危険を感ずると、運動と称して、教師の私宅へ推懸おしかけて行って、哀れッぽい事を言って来る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ふとしたはずみでその人の荷物を川に落したことがあり、それを非常に気にやんでいたが、いよいよ気がちがってからも「俺は山へ行って金の塊を取って来るだで」と、しきりに言っていたという。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
「ほい、気に障ったら堪忍しねえ、言ったって治らねえ位のこたあ知ってるんだい、言葉のはずみよ、おれだってまだ人に意見を言う親仁形おやじがたは役不足だ、いや、喧嘩なら加勢をしよう、対手あいては何だ。」
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのはずみに帯の結び目が解けた。黒繻子の帯の一方は暴漢の手に掴まれたなりに、痩せぎすなすっきりしたお勝の体はくるくると月の下に廻った。
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兄さんはあの折談話のはずみでつい興奮し過ぎたと自白しました。しかし私の顔を見たときに、その激した心の調子がしだいに収まったと云うのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
続いてあとから追掛けて来ました盗人は、よう/\追付おっついて、ドンとお町の脊中せなかを突きましたから、お町はのめるはずみに熊のんでいる穴の中へ落ちました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
差付けらるるを推除おしのくるはずみに、コップはもろくも蒲田の手をすべれば、莨盆たばこぼん火入ひいれあたりて発矢はつしと割れたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのとき何かのはずみでちょっと肯き、よい加減にしばらくの間背負っていった後で、皆睡くなって散り散りに別れたので、仙山もそれにつれて沈んでしまったのであろう。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
身を翻へして退くはずみに足を突込む道具箱、ぐざと踏み貫く五寸釘、思はず転ぶを得たりやと笠にかゝつて清吉が振り冠つたる釿の刃先に夕日の光のきらりと宿つて空に知られぬ電光いなづま
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
鶴田仙庵が自分で之を忘れて、何かのはずみにその茶椀を棚から落して硫酸を頭からかぶり、身体からだまでの径我けがはなかったが、丁度ちょうど旧暦四月の頃で一枚のあわせをヅタ/″\にした事がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あッと顔をそむけるはずみに、つめたい空気の煽りを受けて、頼みの蝋燭はふッと消えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「は。」と答えたはずみで、私はつと下駄を脱捨てて猿階子に取着こうとすると
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
何如どうしたはずみだったか、松陰先生に心酔して了って、書風までつとめて其人に似せ、ひそかに何回猛士とかせんして喜んでいた迄は罪がないが、困った事には、斯うなると世間に余り偉い人が無くなる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ひらりとすぐ身をその宙へまかせるはずみを持っていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「物のはずみでございましょう、下にのこぎりの歯のようになった処がございまして、その上へ落ちたものでございますから」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先刻さっきも申す通り私は決して悪人ではない、賊の為に災難にうて逃げるはずみに此の穴へ落ちた者、其の時お前が追掛おっかけて出たの二人の者こそ泥坊じゃぞえ
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかしどうしたはずみか立つときにあによめの顔をちょっと見た。その時は何の気もつかなかったが、この平凡な所作がその後自分の胸には絶えず驕慢きょうまんの発現として響いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其のはずみに刀の目釘が折れて、刃はむこうへ飛んで柱に当って二つに折れた。二人は驚いて顔の色を蒼くした。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と云われて奥方は少しも御存じございませんから手燭てしょくけて殿様の処へ行って見ると、腕はえ刃物はし、サッというはずみに肩から乳のあたりまで斬込まれてる死骸を見て
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私がそいつに、その女が君に覚召おぼしめしがあると悟ったのはどういうはずみだと聞いたらね。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吝嗇りんしょくなその家ではそうした残り肴をとられても口ぎたなくののしられるので、お菊は驚いて猫を追いのけようとした。そのはずみに手にしていた皿が落ちてれてしまった。
皿屋敷 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
亥太郎はもろくもばらりっと手を放すや否や、ういうはずみ其処そこへドーンと投げられました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
現に父は養生のおかげ一つで、今日こんにちまでどうかこうかしのいで来たように客が来ると吹聴ふいちょうしていた。その父が、母の書信によると、庭へ出て何かしているはずみに突然眩暈めまいがして引ッ繰り返った。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お勝の体はみるみる暴漢と二三尺離れたがはずみって膝を突いた。お勝は襲いかかってくる暴漢を払いのけるように、隻手をその方にやって一方の手で起きようとした。
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
幸兵衞が手前へ引くはずみ刀尖きっさき深く我と吾手わがてで胸先を刺貫さしつらぬき、アッと叫んで仰向けに倒れる途端に、刄物は長二の手に残り、お柳に領を引かるゝまゝ将棋倒しにお柳と共に転んだのを
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人で礁の頂上へあがって玄翁げんのうっておるうちに、どうしたはずみかあれと云う間に、二人は玄翁をり落すなり、転び落ちまして、あんな事になりましたが、銀六の方は
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と云うから見るとさむらいだから慌てゝけようと思うと、除けるはずみにヒョロ/\ところがります途端に、下駄の歯で雪と泥を蹴上はねあげますと、前の剣術遣いのえりの中へ雪の塊が飛込みましたから
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は朱筆を持ったなりに細君のうしろから飛びかかって往って、両手でその首筋をつかんで引きえた。細君ははずみをくって突き坐った。と、小供がびっくりして大声に泣きだした。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と駈出してにげる途端母親おふくろが止め様としたはずみ、田舎では大きな囲炉裏が切ってあります、上からは自在が掛って薬鑵やかんの湯がたぎって居た処へもろかえりまして、片面これからこれへ熱湯を浴びました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お作が便所に往っていると、便所の簷下のきしたで背に何かものが負われたように不意に重くなった。お作がそのはずみによろよろすると、重いものはずり落ちたようになって体は直ぐ軽くなった。
妖怪記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其のはずみに逃げられたが、忌々しい事をした
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)