まち)” の例文
あくる日はまる一日じゅう、諸方しょほうの訪問についやされた。新来の旅人はずこのまちのお歴々がたを訪問した。初めに県知事に敬意を表した。
大鷲おおとり神社の傍の田甫の白鷺しらさぎが、一羽ち二羽起ち三羽立つと、明日のとりまちの売場に新らしく掛けた小屋から二三にんの人が現われた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
米と塩とは尼君がまちに出できたまうとて、いおりに残したまいたれば、摩耶まやも予もうることなかるべし。もとより山中の孤家ひとつやなり。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
集まったものは、政治家、実業家、医師、軍人など数十人、いわゆるそのまちおよびその付近で、名をあげている人ばかりでありました。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
現に彼が、千七百二十一年六月二十二日、ムウニッヒのまちに現れた事は、ホオルマイエルのタッシェン・ブウフの中に書いてある。——
さまよえる猶太人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其処まで来て、疲れを知らぬ彼の心に大なる思いが湧いた、彼はソンベレネの住むまちズレタズラにもう近くなったということを知った。
人馬のにひ妻 (新字新仮名) / ロード・ダンセイニ(著)
せめて今夜までの時間を京都で暮さうと思つて今朝このまちに入つた。奈良、堺などはどうでも可いがもつと深く大阪を味はひたかつた。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
まちの人々は、涙ながらに少年たちの追善ついぜんをやっているとき、富士男はサクラ号のふなばたに立って、きっとあわだつ怒濤どとうをみつめていた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
往還わうくわんよりすこし引入ひきいりたるみちおくつかぬのぼりてられたるを何かと問へば、とりまちなりといふ。きて見るに稲荷いなりほこらなり。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
北の方の傾斜面から仙台のまちを見下した。山々が昨日か一昨日降つたばかりの白雪を冠つて、向うからもこの市を見下してゐる。
東北の家 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
「いや、お互に死んだと思いましょうと言って別れたんだから、再会を期さない。それにまちから遠い村へ片付いたから、もうそのまゝさ」
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
商売の方がすっかりひまになって来た壮太郎は、またまちの方へ出て行って、遊人仲間の群へ入って、勝負事に頭を浸している日が多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「なんぼ広い紐育のまちだつて、まさか牛乳ちゝの絞れねえ牝牛に大枚一万四千弗もおツり出す馬鹿者も御座りましねえからの。」
警吏は直ちに來りて、そが夥伴なかまなる三人を捕へき。われはその車上に縛せられてまちに入るを見たり。市の門にはフルヰアの老女おうな立ち居たり。
南に日をうけた暖い座敷で真昼に酒をのみ過したので、半七の顔も手足も歳のまちで売る飾りの海老えびのように真っ紅になった。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それではその間を猟師達はまちから持って来た食料や水で、生活をしていたろうか? 五人の猟師の一年間の食料! それは随分大したものだ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
満洲国との新航路開通といふこのまちの特殊な事情もあるけれども、変つたのは、あながちこのまちの話だけではないらしい。
幸い、中学へやるくらいの金はあるから、まちで傘屋をしている従弟に世話をして貰って、安くで通学させるつもりだった。
電報 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
十五年餘り故郷を離れて暮らしてそのうちこの子供が生れたので、わたしは故郷のまちを偲んでその頭の文字一字をとつて、「弘子ひろこ」と命名した。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
僕はその時はっと思いついた。ああまちは眠っている。だが狂酔と苦患くげんとは目を覚ましている。憎悪、精霊せいれい、熱血、生命、みんな目を覚ましている。
大鐘の銘の文句を讀んでると、飛迫控とびやりびかへの三十もあるこの御堂みだう、御堂の三十もあるこのまちと、同じ高さに足が來てゐる。
石工 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
これから県庁所在地のまちへ出かけて、モスクワにいるアガーフィヤ・イワーノヴナ当てに、郵便為替で三千ルーブル送って来て欲しいと頼んだのだ。
ここを過ぎて悲しみのまち。僕は、このふだん口馴れた地獄の門の詠歎を、榮ある書きだしの一行にまつりあげたかつたからである。ほかに理由はない。
道化の華 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
諸君のまちは神々の像と殿堂とに覆われている。諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。
『偶像再興』序言 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
この日に私は、止むを得ない用事で厭々ながら、汽車で一時間あまりかゝるまちの或る役場まで行つて来たのである。
毒気 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いつ、同僚や部下と、はぐれてしまったものか、この墓はまちのどの方角に当るものか、それらは、まるでわからない。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
馬は陶の家の門口が市場のようにやかましいのを聞いて、へんに思って往ってのぞいてみた。そこにはまちの人が集まってきて菊の花を買うところであった。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
美しいまち、マカの都が焼け滅された時、彼だけは無事に都を脱れ出ました。彼一人ではなく、年わかい詩人や音楽師たちも彼と連れだってまいりました。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
母は獨り言のやうにかう言つて、あちらのまちのはづれの片側町に比較した。母はこの度の出來事についてはもうなんにもこぼしたりするやうな事はなかつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
誰しもその優雅な姿を見たら、この婦人が、ロムブローゾに激情性犯罪のまちと指摘されたところの、南伊太利イタリーブリンデッシ市の生れとは気づかぬであろう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まことれ一の夢幻界なり。湾に沿へる拿破里ナポリまちは次第に暮色微茫びばうの中に没せり。ひとみを放ちて遠く望めば、雪をいただけるアルピイの山脈こほりもて削り成せるが如し
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
まちの中の戸という戸はしまっています。そこにかくれ場所を見つけるなんてことが、どうしてできましょう。
母がさるれつきとした舊藩士の末娘であつたので、隨つて此舊城下蒼古のまちには、自分のために、伯父なる人、伯母なる人、また從兄弟なる人達が少なからずある。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
蛤小女その時昂然として、自今此市このまちに強て住まば、終に打殺さん也とおどしたところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼まちの人總て皆悦んだといふ。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
初冬の雨上りの朝には、く此樣な光景を見るものだと思ツただけである。そして何時か、此のまちの東の方を流れてゐるS……川にけられた橋の上まで來た。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
遠からず一枚ぐらいはまちへ出てくるだろう——というので、それぞれ町方へ手配をして桝目の小判の現われるのを待っていたが、いくら待っても一枚も出てこない。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宿しゆくを通してまちの中に清き流れありてこれを飮用のみゝづにも洗ひ物にも使ふごとし水切みづぎれにて五六丁も遠き井戸にくみに出る者これを見ばいかに羨しからん是よりがんとり峠といふを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
十七軒のものは引越しするに就いても好景気につれて、神戸のまちには空家と云ふものは一軒もない。
まちの人は朝はやく起きて店を飾り、またある人々は足を早めて、事務所オフィスに工場にいそぐ。緑の畑が麦を産し、涼しい青田が米になる。われらの労作は楽しいものである。
最も楽しい事業 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
その夜、散歩の帰りがけに百歳はその友達に誘はれて、始めて「辻」と云ふ此のまちの廓へ行った。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
北京をつ時には前門停車場で、もう奉天へ引きあげる仕度したくのすつかり整つた張作霖の特別列車といふのをのあたり見て来たのだが、いま私の着いたこの江蘇のまち
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
年中行事のとりまち、この市は深川にも四谷乃至巣鴨にもあるが、どうしても浅草に落を取られる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
そこへ、まち議員ぎいんがはからずとおりかかって、このむごたらしいようすが目にはいったので、すぐさまその豚をつぶす人をひったてて、市長さんの家へつれて行きました。
まちの小商人の子供でさえ、初めて結婚する時には、いっぱいの酒を用いるじゃありませんか。それにあなたはお金持じゃありませんか。御馳走位はなんでもないでしょう。
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
どんなものが書けるのだろうと危ぶまれはしたが、とにかくに小説を書いて金を儲けるという耕吉の口前を信じて、老父はむり算段をしてはまちへ世帯道具など買いに行った。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
ロミオ ヹローナのまちはなれては世界せかいい、るものはたゞ煉獄れんごくぢゃ、苛責かしゃくぢゃ、地獄ぢごくぢゃ。
あたりは、もりと、茶畑、まちの灯りからはるかに遠い根岸の里だ。人ッ子一人に出逢いはせぬ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
むかし淮陰わいいんの少年が韓信かんしんあなどり韓信をして袴下こか匍伏ほふくせしめたことがある。まちの人は皆韓信かんしん怯懦きょうだにして負けたことを笑い、少年は勝ったと思って必ず得々とくとくとしたであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「慧能ガ厳父ノ本貫ハ范陽はんようナリ。左降さこうシテ嶺南ニ流レテ新州ノ百姓トナル。コノ身不幸ニシテ父又早クもうス。老母ひとのこル。南海ニ移リ来ル。艱辛貧乏。まちニ於テ柴ヲ売ル」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まちの金持なんて、綺麗なビルデイングあたりで、綺麗な、上品な仕事を、チヨイ/\とやると、もうそれで一日終り。そしてたんまり金が入る。とてもお話にならないさ。」
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)