きれ)” の例文
しばらくたって署長は自分があの奥のへやの中に入れられてゐるのを気がついた。頭には冷たいきれがのせてあったし毛布もかけてあった。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ヱルレトリの少女の群は、頭に環かざりを戴き、美しき肩、圓き乳房のあらはるゝやうに着たる衣に、襟のあたりより、いろどりたるきれを下げたり。
先刻さっき見た裏口とは反対の方、奥の主人の部屋の前の板塀の上に、忍び返しが少し損じて、古くぎに新しいきれが少し引っかかっていたのです。
そして、一番先にいろんなきれがかけられてある、死骸らしいものに眼がとまると、彼の瞳はそこからはなれようとしなかった。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
お棺のまわりのきれは小さくさかれて、これもみなお守りにとて取合いをした。まるでお祭のようであった。きっと母は喜んだことであろう。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
初め張角が、常に、結髪を黄色いきれでつつんでいたので、そのふうが全軍にひろまって、いつか党員の徽章きしょうとなったものである。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝ、それがため足場を取つては、取替とりかへては、手を伸ばす、が爪立つまだつても、青いきれを巻いた、其の振分髪ふりわけがみ、まろがたけは……筒井筒つついづつ其のなかばにも届くまい。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
年は十六、七なるべし、かぶりしきれれたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣はあかつき汚れたりとも見えず。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
竿の先をきれで拭いているところを見ると、二寸ばかりの鋭利なる穂先がひしのように立てられてあるのでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
母はくくり枕の上へ、櫛巻くしまきの頭を横にしていた。その顔がきれをかけた電燈の光に、さっきよりも一層やつれて見えた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
主人とお嬢さんとの膝に掛けるきれが、こうとりの形に畳んである、その嘴のところに、薄赤の莟を一つづつ挾んだ。
薔薇 (新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
間もなくべったらいちの日が来て、昼間から赤いきれをかけた小さな屋台店がならんだ。こんどはお其があたしの後について、肩上げをつまんで離れずにいた。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それは生前そのままの愛卿の姿であったが、ただ首のまわりに黒いきれを巻いているだけが違っていた。
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
子はり返つて両手でお祖母あさんのえりに巻いてゐるきれを引つ張つてゐた。パシエンカは語を継いだ。
厚ぼたい衣を著て、頭には水色のきれをかぶっている。その女の前には鍋に何か煮てあり、それから白い蒸気いきが立ち、鍋の下に赤い火の燃えているところが画いてある。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
カワカミはいずれも後手に縛られ、頸のまわりに番号を書いた赤いきれをまきつけてあった。まるで猫の頸っ玉のようだ。半裸体のもおれば、洋服を着ているのもいる。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
白いきれくびに巻いた女と一緒に歩いている、金縁眼鏡きんぶちめがねの男の姿などが、ちらほら目についた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
漁師は持ち古した、時代が附いて赤くなつた肩掛のきれを撥ね上げて、咳をしながら云つた。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
卓の上には清潔なきれが掛けて、その上にサモワルといふ茶道具が火に掛けずに置いてある。
半分はんぶんと立たぬに余の右側をかすめるごとく過ぎ去ったのを見ると——蜜柑箱みかんばこのようなものに白いきれをかけて、黒い着物をきた男が二人、棒を通して前後からかついで行くのである。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土耳古帽トルコぼう堤畔ていはんの草に腰を下して休んだ。二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、たもとから白いきれくるんだ赤楽あからく馬上杯ばじょうはいを取出し、一度ぬぐってから落ちついて独酌どくしゃくした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
手前おぼえがあらう、それおれがまだすつぺかしたての時分よ、親父の云付いいつけで、御所ごぜの町へ鮨を商ひにいつたらう、その時は手前も振袖かなんか着込んで、赤いきれを頭へかけ、今たあちがつて
その周囲まわりの広い庭には、ほとんどあかりけて無い。きれを覆わないつくえが並べてある。椅子いすがそれに寄せ掛けてある。そのそばに、緑色に塗った、ひょろ長い柱の上に、円い硝子がらすの明りがともしてある。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
左の手で生首のもとどりを掴み右の手の鬱金うこんきれで、その生首を洗っていた。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
眼に入るものといへば何時も眼に馴れたものばかりだ………北側きたがはのスリガラスの天井、其所そこから射込さしこむ弱い光線、うす小豆色あづきいろかべの色と同じやうな色の絨繵じうたん、今は休息きうそくしてゐる煖爐だんろ、バツクのきれ
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
吉里は用事をつけてここ十日ばかり店を退いているのである。病気ではないが、頬にせが見えるのに、化粧みじまいをしないので、顔の生地は荒れ色は蒼白あおざめている。髪も櫛巻くしまきにしてきれも掛けずにいる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
ちて縫はさむかこのきれを、うたげのをりの
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
あいつの胸に触れたことのあるきれでも
それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうを着て、白いきれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩にけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
木綿の怪し氣な品で、それに何んかのはずみに裾がまくれた時氣が付くと、裏に縞物しまもの双子ふたこきれが當ててあつたやうで御座います
ああ、それがため足場を取っては、取替えては、手を伸ばす、が爪立っても、青いきれを巻いた、その振分髪、まろが丈は……筒井筒つついづつそのなかばにも届くまい。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かち色なる方巾はうきん偏肩へんけんより垂れたるが、きれまとはざるかたの胸とひぢとは悉く現はれたり。雙脚には何物をも着けざりき。
それらの悪鬼は皆、結髪けっぱつのうしろに、黄色のきれをかりているのだ。黄巾賊の名は、そこから起ったものである。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真鍮しんちゅうの耳盥へ、黒いきれひたしては、しきりに眼のところへ持って行って、そこを叩いているのでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
妻になったという優勝の地位の象徴ででもあるように、大きいきれを頭に巻き附けた夫人グンヒルドが、扉の外で立聞をして、恐ろしい幻のように、現れて又消える。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
音を立てているのは、腕に青い遊戯室係りのきれを捲いた男だった。彼は活動函をしきりに解体しているのであった。その傍には、それを熱心に見守っている二人の男女があった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
漁師は肩掛のきれを脱ぎ棄てた。そしてすばやく立ち上がつて、その儘見えなくなつた。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
それから帽子の下に巻いてゐた刺繍ぬひとりのあるきれけた。女は窓の外へ来た時、実はそんなに濡れてはゐなかつた。さも濡れたらしい様子をして、草庵に入れて貰はうとしたのである。
楯井さんは黙って、前の方に進み出ると、うす暗いランプの光りで、なんとなく夢のような荘厳な心持になりながら、いろんなきれで蔽うてある死体らしいものゝきれを半分ほどけて見た。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
主人は硝子戸ガラスどのはまった、明い事務室で、椅子に腰かけて、青いきれの張られた大きな卓子テーブルよっかかって、眼鏡をかけて、その日の新聞の相場づけに眼を通していたが、壮太郎の方へ笑顔を向けると
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この卓の上にきれを綺麗にひろげさせ
それは、茶いろの少しぼろぼろの外套がいとうて、白いきれでつつんだ荷物にもつを、二つに分けてかたけた、赤髯あかひげのせなかのかがんだ人でした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「どんなに切りきざんでも、模樣か縞を合せると、元の袷になるだらう、そこで、切り取つてなくなつてゐるきれがあれば——」
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
身体からだうるしのように黒く、眼ばかり光って、唇がこしらえたように厚く、唇の色が塗ったようにあかい、頭の毛は散切ざんぎりちぢれている、腰の周囲まわりには更紗さらさのようなきれを巻いている
「では、歩き歩き、通ったしるしを残して行きましょう」と、甘洪は、びょうの壁に何か書き残したが、半里も歩くとまた、道ばたの木の枝に、黄色のきれを結びつけて行く——
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かむりしきれを洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたるおもて、余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
我は殆ど歌ふところのものゝ即ち神の御聲みこゑにして、我身の唯だ此聲を發する器具に過ぎざるを覺えき。時に廣座の間せきとして人なきが如く、處々にきれもて涙を拭ふものあるを見る。
楯井さんは殆ど無意識に、これが嫁さんの死体だと思うと、きれをまくって見た。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
きれをもて、紐をもて
鳴子屋の塀の釘に残ったきれは平次の懐から出ました。当ててみると、大きさも、色合も、寸分のすきもなくピタリと合います。