小皺こじわ)” の例文
有閑好色紳士めいた鼻のわきの小皺こじわとが、イギリス人らしいあっけない群集のなかを、映画用微笑とともにゆるくドライヴして行った。
「ねえ、君」と検事が鼻に小皺こじわをよせてささやくように云った。「これはどうも俺たちの手にはおえないようだよ。第一、知識が足りない」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、彼はまたふと阿賀妻の存在に気づくのだ。彼のひろい顔は、あぐらをかいている大きな鼻のまわりに不快げな小皺こじわを集めていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
大きな、笑うと目元に小皺こじわの寄る、豊頬ふっくりした如何いかにも愛嬌のある円顔で、なりも大柄だったが、何処か円味が有り、心も其通りかどが無かった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「…………」小皺こじわの中の眼をこらして、いつまでもいつまでも性善坊の顔を見つめ、一転して、その側にきちんと坐っている範宴の姿を見て
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊豆は小笠原の暗示したところのものを万事深く呑み込んだという形に、ふむふむと大袈裟おおげさに頷き、快心の小皺こじわを鼻に刻んで上機嫌に帰宅した。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「ああ。わしにかまわずにやすみなさい」忠相の眼じりに優しい小皺こじわがよる。「わしはまだ調べ物もあるし読書もしたい……だがな、大作——」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大戸の中をやや離れてのぞき込むようにしていたが、その額に畳んだ小皺こじわのあたりに雲がかかって、その眼つきさえ米友としてはややけわしいくらいです。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
呉は、左の腕をじ曲げるように、顎の下に、も一方の手で抱き上げ、額にいっぱい小皺こじわをよせてはいってきた。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
茶をすゝむる妻の小皺こじわいちじるしき顔をテカ/\と磨きて、いまはしき迄艶装わかづくりせる姿をジロリ/\とながめつゝ「ぢやア、お加女かめ、つまりどうするツて云ふんだ、梅ののぞみは」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
けれども目の前へ来たのを見ると、小皺こじわのある上に醜い顔をしていた。のみならず妊娠しているらしかった。僕は思わず顔をそむけ、広い横町を曲って行った。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小波は小皺こじわの寄った今日でも秀麗閑雅をしのばせる美男だから、少年時代はさこそと推量おしはかられるので
この溌剌はつらつたる青春の美も、三十という年配になれば、その調和は失われ、そろそろ下り坂になって、顔の皮膚はたるみ、眼のまわりや額にはいちはやく小皺こじわが寄って
機織はたおりから、近所の養蚕ようさんの手つだいまでやって、かいがいしく働いているおのぶの顔は浅黒く陽にやけてはいたが、三十五の今日にいたるまで小皺こじわひとつうかんでいない。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
むしり取ったように捻切られたうえ、最初の半分ほどは滅茶苦茶になって、所々破けたところもあり、よじられて小皺こじわが寄って、見る影もなく痛んだところもあるのです。
客の私が、却って浮寝鳥に枯柳の腰模様の着物の小皺こじわもない娘のひざの上にハンケチをてがい、それから、鮨を小皿に取分けて、笹の葉をいてやらねばならなかった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道の右側は、甘蔗畑かんしょばたけが緑の緩やかな起伏を見せてずっと北迄続き、その果には、燃上る濃藍色のうらんしょくの太平洋が雲母末うんもまつのような小皺こじわを畳みながら、円く大きく膨れ上っていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
眼のふち小皺こじわ雀斑そばかすとが白粉で塗りつぶされ、血色のよくないくちびるべにで色どられると、くくりあご円顔まるがおは、眼がぱっちりしているので、一層晴れやかに見えて来るばかりか
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「おや、お庄ちゃん来たの。」というような調子で、細い寝呆ねぼたような目尻に小皺こじわを寄せた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ひたいがすこし禿げあがり、頬の両側には小皺こじわが寄って、どうもその顔いろはいわゆる痔もちらしい……しかし、これはどうも仕方がない! 罪はペテルブルグの気候にあるのだから。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
オリヴィエはジャックリーヌのれた髪に接吻せっぷんした。彼女は彼のほうに顔をあげた。そして彼は初めて、恋に燃えてるくちびるを、若い娘の小皺こじわのある熱い唇を、自分の唇の上に感じた。
顔の小皺こじわの一本まで、生けるが如き生々しさ。生人形とはよくも名づけたものである。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それに合槌あいづちを打っているもう一人の婦人は、汗のため厚化粧のお白粉しろいがぶちになって、ところどころに小皺こじわのある、荒れた地肌が出ているのから察すると、恐らく四十近いのでしょう。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分たちもこの画中の人に加わって欄に倚って月を眺めていると、月はるやかに流るる水面に澄んで映っている。羽虫はむしが水をつごとに細紋起きてしばらく月のおも小皺こじわがよるばかり。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母親は自分で出かけて清三の好きな田舎饅頭まんじゅうを買ってきて茶をれてくれた。母親の小皺こじわの多いにこにこした顔と息子の青白い弱々しい淋しい笑顔とは久しく長火鉢に相対してすわった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
藤次郎は小声に力をこめて答えたが、その額には不安らしい小皺こじわが見えた。
真鬼偽鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いたずらにえた髪のしもでもなく、欠伸あくびをしてつくった小皺こじわでもない。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お峯は苦笑にがわらひしつ。あきらかなる障子の日脚ひざしはそのおもて小皺こじわの読まれぬは無きまでに照しぬ。髪は薄けれど、くしの歯通りて、一髪いつぱつを乱さず円髷まるわげに結ひて顔の色は赤きかたなれど、いと好くみがきてきよらなめらかなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「いや、そのまま、居て下さい。」と、ウラスマルは掌と掌をこすり合せながら、右方の眼尻めじりへだけ小皺こじわを寄せて、私に納得させ、それから次に、英語でもつて、外の客人へ、カムインと呼びかけた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
その流れのなかに、飛躍もあれば墜落もある。だが、昔の女は何の変化もなく太々ふてぶてしくそこに坐っている。田部はじいっときんの眼をみつめた。眼をかこむ小皺こじわも昔のままだ。輪郭もくずれてはいない。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
びんなどには白毛が多く、眼の縁などにも小皺こじわが多かった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と女は笑って、眼尻めじり小皺こじわのさざなみを立てながら
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
直接に先方に射込むようなよくとおる声でまッ直ぐに云った。よろこびが彼の顔にみなぎった。小皺こじわにかこまれた瞳がしっとりと湿って来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
磯五のことをいうときは、さざなみのような小皺こじわの寄っている眼のまわりに、さくらいろのはじらいがのぼるのだ。うれしさを隠そうともしないのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
許攸は鼻の上に皮肉な小皺こじわをよせて云った。それは先に曹操から都の荀彧じゅんいくへ宛てて、兵糧の窮迫を告げ、早速な処置をうながした直筆のものであった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども目の前へ来たのを見ると、小皺こじわのある上に醜い顔をしてゐた。のみならず妊娠してゐるらしかつた。僕は思はず顔をそむけ、広い横町を曲つて行つた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
小皺こじわほどの波も立たず、打見たところでは真黒ですが、掌を入れてみると血だということがわかる、その血がベトベトとして生温かいものであることを感得する。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
中央の椅子にかゝりたる年既に五十にも近からんと思はるゝ麦沢教授、小皺こじわ見ゆる頬辺ほゝのあたりゑみの波寄せつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もう三十七八ともみえる女は、その時も綺麗に小皺こじわの寄ったすさんだ顔に薄化粧などをして、古いお召の被布姿ひふすがたで来ていたが、お島の権幕にじおそれたように、悄々すごすご出ていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
六十に近い小皺こじわを品格と雄弁で目立たなくし、三十代の夫と不釣合には見え無い。服装は今の身分伯爵夫人に相応ふさわしい第二帝政時代風のローブ・ド・ステールで絵扇を持って居る。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それはまるで小皺こじわのよった年増女のサーヴィスのように、気味のわるいものだった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ウロンスキーは成る程子供好きらしい、柔和な、何となく気の弱そうなところのあるさびしい眼元に微笑を含んで、眼尻めじり小皺こじわを寄せながら、自分がうわさされているのを黙って聞いていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
多分、彼も、何かリーザが喜びそうなものを買って持って行っているのに違いない。武石は、小皺こじわのよった、人のよさそうな、吉永の顔を思い浮べた。そして、自から、ほほ笑ましくなった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
悲鳴をあげたのは、白粉おしろいの濃い大年増、これは後で、玄々斎の女房のおべんと知れましたが、三十五六の小皺こじわを、厚化粧で塗りつぶし、真っ赤に口紅を塗った——その当時にしては物凄い女です。
青い木綿もめんの洋服が、しっくり身について、それの小皺こじわの一つ一つにさえゆたかな肉体のうねりが、なまめかしく現れているのだし、青春の肌のかおりが、木綿を通してムッと男の鼻をくすぐるのだし、そして
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは腰の曲がった、非常に足の弱い、背の低い人で、まだやっと六十五にしかならないのに、病弱のため、ずっと——少なくとも十くらいはけて見える。顔はひどくしなびて小皺こじわに埋もれている。
そして、金吾がじッと睨むのを、小皺こじわをよせた目で見返しながら、ぽつぽつこんな言い草をならべたものです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、黒い垢すりの甲斐絹かいきが何度となく上をこすっても、脂気あぶらけの抜けた、小皺こじわの多い皮膚からは、垢というほどの垢も出て来ない。それがふと秋らしい寂しい気を起させたのであろう。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
第一に写真では分らなかったけれども、髪の毛が、禿げてはいないが、半分以上白髪で、一面に薄く、ちぢれて、もじゃもじゃと、ひどく汚らしく生えていて、顔は非常に小皺こじわが多い。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
半日でも一日でも、新吉が口を利けば、例の目尻や口元に小皺こじわを寄せた。人のよさそうな笑顔を向けながら、素直に受答えをするほか、自分からはんだ柿がつぶれたとも言い出せなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)