つちか)” の例文
この地獄は不潔な劣情のほのおによりて養われ、悔と悲のけむりによりてつちかわれ、過去の悪業に伴える、もろもろの重荷が充ちみちている。
と、彼に似気にげない謙虚で言った。——が尊氏は、多年つちかっていた沃野よくや鎌入かまいれをしたまでのこととし、すぐ、別なむねを言いだしていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自己の職分と父の贖罪しよくざいと二重の義務をんでるのだからと懺悔ざんげして居る程です、思ふに我々のける種子たねつちかふものは、彼等の手でせうよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
愛語とは、慈愛のこもった言語ことばをもって、他人によびかけることです。利行とは、善巧な方便てだてをめぐらして、他人の生命をつちか行為おこないです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
科学めいた怪奇談や、世界珍聞集みたようなものが載っておりましたが、これも探偵趣味の芽生えをつちかったに違いありません。
涙香・ポー・それから (新字新仮名) / 夢野久作(著)
庭木にはきの植込みの間に、桑の細い枝が見える。桑畑につちかはれたものよりは、葉がずつと細かい。山桑やまくはとでもいふのかもしれぬ。
桑摘み (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
幼年時代からの運命につちかわれて来た彼の心理の複雑さが、こうして、そろそろと自覚的な仂きをみせるまでに、彼も今は成長していたのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この少女は恋の贈物として深山鈴蘭の純潔の花を愛さずに、暗の手につちかわれた、紅の薔薇を愛します。(と自分の胸より紅薔薇を抜き取り観客に見せ)
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは兄に頗る評判のわるかつたその性質をつちかひ育てて後の私を形づくつたところ、それらの種種な点で少林寺の境内は私に特別の意味をもつてゐる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
アナトオル・フランスの幾巻かを成す幼年物は、晩年も晩年、老熟し切った文芸の畑の土壌につちかわれた作品である。
私は自分の上に降りかかってくるように感じられる運命に対しては、それがいかに苦しいことであっても、勇ましく堪え忍び、それによって自己をつちかう。
そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟はいきょに自然がつちか可憐かれんな野草に、涙含なみだぐましい思いを寄せることがある。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
垣に朝顔、藤豆を植ゑ、蓼を海棠かいだうもとに、蝦夷菊唐黍を茶畑の前に、五本いつもと三本みもとつちかひつ。の名にしおふシヽデンは庭の一段高き処、飛石のかたへに植ゑたり。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
どうか、いつまでも、学校時代がっこうじだいつちかわれた健全けんぜん精神せいしんぬしであってくれ、そして、たとえとおくわかれていても、おたがいににぎってゆこうよ。
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
異境につちかわれた一輪の花の、やはり、実を結びがたいなやみとはかなさがあらわにあらわれていて、ぼくには如何いかにも哀れに、悲しい夢だとおもわれたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あいつは、自分の秀れた素質を、自分より劣った者に比較して、そこから生ずる優越感でもって、自分の自信をつちかっているという、性質たちの悪い男であった。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それともまた花をつちかひふやして、画室のまはりを花でとりまかせてもいゝ筈である。だが、逸雲はさうはしないで、土を掘つて花を鉢ごと埋めてしまつた。
それがつちかってはなと結んだのがファウスト博士であって、彼こそは中世魔法精神の権化であると結論しているのだ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
したがって少年時代から魏叔子や陸宣公でつちかわれた頭は露西亜の文学の近代的気分に触れてもその中に盛られた自由思想を容れるには余りに偏固になり過ぎていた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
わたくしは自家の感動を受くること大なる人物を以て、著作上の耐忍をつちかふによろしき好き資料となした。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
進藤喜平太等の玄洋社の先輩によってつちかわれた日本主義と、中国の辛亥しんがい革命に乗りだし、現地で親しく孫文や黄興の活躍する姿を望見し、親しく彼等の意見を聞いて
たとひ氏は暗澹たる文壇の空に、「恐怖の星」はともさなかつたにしても、氏のつちかつた斑猫色はんめういろの花の下には、時ならない日本の魔女のサバトが開かれたのである。——
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし差当りは閣下の信任をつちかうことに努めた。その必要から謡曲の方も諸星さんについて習い始めた。才物だからく。橋本大佐も目にかけてくれるようになった。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼が東京に於て見たり感じたりしたものは、目に見えぬ力となつて今後の彼の生活をつちかふだらう。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
わたしがお艶のため専ら古典の歌詞歌曲を漁るに対し、彼はモダンを研究してお艶の芸をつちかった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「遠き門出の記念として君が御手みてにまいらす。朝夕つちかいしこの草にいこう思いを汲ませたもうや」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
舞台に立つ人間にしては、大した化粧もせず、殆んど地のままの青春の血をつちかう頬の色を見ただけでも、その豊艶な生命の匂いに、グイグイ引き付けられるような気がします。
それでも樹木じゅもくを植え、吾が種をき、我が家を建て、吾が汗をらし、わが不浄ふじょうつちかい、而してたま/\んだ吾家の犬、猫、鶏、の幾頭いくとう幾羽いくわを葬った一町にも足らぬ土が
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
実際僕が苦しんだのは、何も自分自身の体や、自分の悪行や、自分の苦行を肥やしにして、どこの馬の骨かわからないやつの未来の調和ハーモニイつちかってやるためじゃないんだからね。
あの、卑猥ひわい牝豚めすぶたのような花子につちかわれた細菌が、春日、木島、そしてネネと、一つずつの物語を残しながら、暴風のように荒して行った痕跡あとに、顔を外向そむけずにはいられなかった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
家のまわりの植物は萩がず衰えて、今ではわずかに一叢ひとむら二叢が、譜第ふだいの家の子のような顔をしてつちかわれている。黄なる山菊は残そうと思ったが、去年などはどうやら咲かずにしまった。
古典文芸の鑑賞につちかわれる一種の雰囲気である点であって、その「詩」をつくり出すために、定家は『白氏文集はくしもんじゅう』の第一・二ちつを読めと、『詠歌大概』にも『毎月抄』にものべており
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
人の魂をつちかい、奇蹟に対抗して神秘をまもり、不可解を尊んで不条理を排し、説明し難いものについてはただ必要なるもののみを許容し、信仰を健全にし、宗教の上より迷信を除くこと
働いてこのかにの穴のような小さな家庭をつちかって行きたいと思った。僕は急に、久し振りに履歴書りれきしょをまた書きたくなって、すずり白湯さゆを入れ、桐の窓辺に机を寄せて、いっときタンザしてみた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
君子の記憶に間違いがなければ、父は仏様から罰を与えられるような原因があったのであろうか、そういえば父が近郷近在に聞こえるほど善根をつちかうことに、なにか原因がありはしなかったか。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
ただこの時代においては、国土と人民とが王室のよって以て立つ処の基礎であるという関係がよほど明らかになったから、この根拠をつちかうという意味において民衆が段々尊重せられたのである。
後年の彼の特異なる趣味をつちかつたものといへよう。
萩原朔太郎 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
「お急ぎ! お急ぎ! 出來る間あの方と一緒におゐで。もう幾日か、多くて數週間位、さうすればお前は永久にあの方から引き離される!」そして私は新しく生れた苦悶——ひたすら求めて得られずつちかふことも出來ない醜いものと鬪つた。
千草の種をつちかへば
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
と、牛若という一粒の胚子たねつちかい合って、その伸びるのを見ているのが、一同のたのしみでもあり、盟約の中心にもなっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ以来、彼は多年つちかっていた自分の声望がめっきり落ちたのを知った。自分から云えば、はるかに後輩の浅太郎や喜蔵に段々しのがれて来た事を、感じていた。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし彼はこの師によって彼の内のよき芽をつちかわれたのであって、単に師を模倣しているのではない。
享楽人 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ってこの手紙により私は金力きんりょくを以って女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の訣別けつべつを告げます。私は私の個性の自由と尊貴をまもりかつつちかうために貴方のもとを離れます。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
戒律のためには父と名のつく人をさえ殺しかねない頑迷な血がつちかわれているのを知りました。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし椎の木は野蛮やばんではない。葉の色にも枝ぶりにも何処どこか落着いた所がある。伝統と教養とにつちかはれた士人にも恥ぢないつつましさがある。かしの木はこのつつましさを知らない。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
寒い地方に必要な薪炭ややせた土をつちかうための芝草を得たいにも、近傍付近は皆官有地であるような場所もある。木曾谷の人民は最初からの嘆願を中止したわけでは、もとよりない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうしてすこしのさえぎるものもない島はそのうえに鬱蒼うっそうと生い繁った大木、それらの根につちかうべく湖のなかにわだかまったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
むす子は若いいのちの遣瀬やるせない愛着を新興芸術に持ち、新興芸術を通して、それをつちかう巴里の土地に親しんだむす子は、東洋の芸術家の挺身隊ていしんたいを一人で引受けたような決心の意気に燃えて
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれの心には疑惑ぎわくあらしが吹きはじめた。これまで胸の底ふかくつちかい育てて来た「歎異抄」の魅力みりょくが、それで根こそぎになるというほどではなかったが、その枝葉の動揺はかなりはげしかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
くはつちか小指をゆびなり
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)