口吻くちぶり)” の例文
『御案内した眞意をお話しする』如何にも魂膽のありさうな口吻くちぶりだつたので自分も不覺つい氣が急いて、飯も食はずに急いで飛び出した。
媒介者 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
答はこれだけの極めて簡短なものであったが、その笑みを含んだ口吻くちぶりにも、弟子を見遣みやった眼の色にも、一種の慈愛が籠っていた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何しろ家賃が一カ月七十銭という家だからな、こんなもんだろう」と老父は言ったが、嫁や孫たちが可哀想だという口吻くちぶりでもあった。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
U氏がコンナ事でYをゆるすような口吻くちぶりがあるのが私には歯痒はがゆかった。Yは果してU氏の思うように腹の底から悔悛くいあらためたであろう乎。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
マクドナルド博士の方は問答形式を望むような口吻くちぶりであったから、この頃から記者諸君の質問はようやく活発になってきたのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
岸本の母親が何時でも人と人との間の調和者としてあったように、輝子もまた調和者として叔父の許へ尋ねて来たような口吻くちぶりを見せた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼ら党人の論調の粗笨そほん乱暴であることは往年の憲政擁護運動時代における慷慨こうがい殺伐の口吻くちぶりと比べて少しも進歩していないのに驚かれます。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「これは私の責任ですることなのです。」と彼女は先生たちに説明するやうな口吻くちぶりで附加へてから、早速教室を去つてしまつた。
君は今になって今村が帰途で受けた傷を何か人間の行為ときまっているような口吻くちぶりを洩らすが、あれは人間の行為じゃないよ。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
藤七の口吻くちぶりには、我慢のなりかねた憤怒がげ附きます。五十五六の中老人ですが、何んとなく練達な感じのする町人でした。
何事かこの間に大きな方針の推移があったものと、恵瓊の炯眼けいがんはそれを見のがしていなかったが、彼もあくまで平調な口吻くちぶり
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
書記の青木が、とがった口吻くちぶりから、気味のわるい言葉を次々にいた。立合いのしゅうは、いいあわせたように二三歩後へ下った。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、心の底の奈辺どこかでは、信吾がモウ清子の事を深く心にとめても居ないらしい口吻くちぶりを、何となく不満足に感じられる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
中には、お浜が飯米欲しさに次郎を手放したがらないのだ、といったような口吻くちぶりをもらして、彼女を怒らすものもあった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
一知に疑いをかけているらしい口吻くちぶりでしたが、しかし、私が最前ちょっと一知を物蔭に呼んで、心当りは無いかと尋ねてみますと、一知はモウ
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
最初は、続いて階下の薬物室を調べるような法水の口吻くちぶりだったが、彼はにわかに予定を変えて、古式具足のならんでいる拱廊そでろうかの中に入って行った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お角はもっと米友を留めておきたいような口吻くちぶりでありましたけれど、そんならと言っていくらかの餞別せんべつまでくれました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ではどうやら馬場の埃もしずまったようだから、四番を射させて御覧に入れましょうかな」と、いかにもそれまで休憩していたような口吻くちぶりである。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
密告者の口吻くちぶりで、皇帝はまだ生きていられることだけは大体察しられるが、一体どこにいられるものやら方角さえつかぬ。まるで雲を掴むような話。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あの若奥さんもお前を信用しているような口吻くちぶりだった。わしは何うだろうかと思ったが、二人ともナカ/\道理わけの分った人で、持ち出しえがあった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その口吻くちぶりよりするも、五十嵐博士殺害の陰謀が彼等の一味によって行われたことは疑いの余地がないのであった。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
他人に向かっては誰しも、いかにも自分が、さとったような、あきらめたような口吻くちぶりで、裁きます、批判します。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
主水之介ほどの男を招くからには、何かあッと言わせるようなすばらしい思いつきがあるらしい口吻くちぶりでした。
をとこは、自分じぶんくちから言出いひだしたことで、おもひもけぬ心配しんぱいをさせるのをどくさうに、なか打消うちけ口吻くちぶり
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「あそこにいたのが患者さんたちなのかえ?」姑は菜穂子と廊下を歩き出しながら、いぶかしそうな口吻くちぶりで云った。「どの人も皆普通の人よりか丈夫そうじゃないか。」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夫人の口吻くちぶりから察すれば、夫人は周囲に集まつてゐる男性を、蠅同様に思つてゐるのかも知れない。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そういう挿話ものこされているのであるが、それはここでは詳しく説くまい。往昔むかしの戯作者の口吻くちぶりになぞらえ、「管々くだくだしければ略す」とでもいわせて置いてもらおうか。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
博士はマイクロフォンで……「探偵小説の行詰り云々」と探偵小説がどうやら行詰まったような口吻くちぶりを洩らして居りましたが、「疑問の黒枠」はそれを裏切って居ります。
印象に残った新作家 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
親爺はいきなり「義理知らずの新聞は取れない。」という口吻くちぶりをもらした。しかも思いがけないことには、その義理知らずという言葉は私にかかわりのあるものであった。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
おりと婆さんの口吻くちぶりから察するのに、昆布の家は当時窮迫きゅうはくこそしていたものの、相当に名聞を重んずる旧家で、そんな所へ娘を勤めに出したことをなるべく隠していたのであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
信者の物問い度げな口吻くちぶりに対して、お松は何時もきまってこう返答していた。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
すると金港堂きんかうどうけんの話が有つて、硯友社けんいうしやとの関係をちたいやうな口吻くちぶりそれよろしいけれど、文庫ぶんこ連載れんさいしてある小説の続稿ぞくかうだけは送つてもらひたいとたのんだ、承諾しようだくした、しかるに一向いつかう寄来よこさん
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これはわたくし一箇いっこの考えではござりません、統計学をお遣り遊ばした御仁はよく知っておいでなさる事で、何も珍しい説でもなんでもないんでございます、と申すと私も大層学者らしい口吻くちぶりでげすが
もとの強気の波子に戻ったその口吻くちぶりに、俺もしまいにはたまりかねて
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
大佐たいさ口吻くちぶりでは、もつと有力いうりよくなる發明はつめいであらうと、樣々さま/″\想像さうぞうえがいてうちに、つひ到着たうちやくしたのは、昨曉さくぎよう大佐たいさ後影うしろかげをチラリとみとめた灣中わんちう屏風岩べうぶいわへん此處こゝで、第一だいいち不思議ふしぎかんじたのは
みのるは戯談じようだんらしい口吻くちぶりを見せてから、いつまでも泣いてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
と言つたのは、前のとは違つた、やゝ老人らしい口吻くちぶり
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
と、やはり何か考え込んでいるらしい口吻くちぶりである。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
「この間の口吻くちぶりとは打って代った転向だな」
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
和尚は、しゃくに障るらしい口吻くちぶりをもらした。
再度生老人 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
月丸は、不安そうな口吻くちぶりで聞いた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
さも言いにくそうな口吻くちぶりである。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「アイ子さんのご一家ですの。別莊は、小田急の終點の直ぐ傍だから、お待ちしてますから歸りには是非寄つて下さいつておつしやいましたの。旦那さまは、あなたにお會ひしたいやうな口吻くちぶりでしたのよ。あなた、お寄りしないでせう?」
滑川畔にて (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「それでは娘はお預けして行きますで……。」と、婆さんは無口で陰気な笹村なら、安心して娘をおいて行けるといった口吻くちぶりであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、ウッカリ当局者がすべらした口吻くちぶりに由ると不法殺人であって、殺されたものは支那人や朝鮮人でないのは明言するというのだ。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
昨日の話の中に、そんな口吻くちぶりのあつたのをお前も聽いた筈だ。それにお茂與の話をした時の、有峰杉之助のお内儀の顏は容易ぢやなかつた。
北叟笑ほくそえんだが、今の電記の口吻くちぶりでは、何事にも自分が第一人者を占めなければ我慢のならぬ、我儘で、勝気で派手好きな妻が
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
蔡九さいきゅうから追っかけの召をうけて、何事かと、再び彼の前へぬかずき出た。しかし蔡九の口吻くちぶりもその眉もすでに最初のときのご機嫌ではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの先輩の周囲にあるものが必ずしも雑誌社の連中のような崇拝家ばかりで無いことが、岡見の口吻くちぶりで察せられた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……のみならず二人の頭の病気が、全然おなじ経過をって回復して行きつつあるような正木博士の口吻くちぶりに、云い知れぬ気味わるさを感じたのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)