いやし)” の例文
で、貴方あなた時代じだいやうとすましてもゐられるでせうが、いや、わたくしふことはいやしいかもれません、笑止をかしければおわらください。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
更に人格の深処に根ざした、我々が一生の一大事である。純を尊び雑をいやしむのは、好悪かうを如何いかんを超越した批判ひはん沙汰さたに移らねばならぬ。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
何故、新平民ばかり其様そんないやしめられたりはづかしめられたりするのであらう。何故、新平民ばかり普通の人間の仲間入が出来ないのであらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
僕に向かってはよい顔しながら、かげにまわると悪口する、はなはだいやしむべき人であると思って以来、丙を見てもロクに挨拶あいさつしなくなった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
われはサンタの艶色を憶ひ起して、心目にその燃ゆる如きなざしを見心耳にその渇せる如き聲音こわねを聞き、我と我を嘲り我と我をいやしめり。
若い者などが、たまたま江戸弁などを使ってみせると、家中では、何だ折助みたような言葉づかいをする——といっていやしめる。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は、決して、目下めしたの者の持つ卑屈ひくつな考で、自分自身をいやしめることはしなかつた。その反對に、私は、かう云つたのである——
真向正面から相手をほふらずして、他の手段方法によって相手をほろぼすものはむしろ卑怯としていやしめられるのである。
かたき討雑感 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一切他を尊まず一切他をいやしまず、もちろん自個を尊まず自個を卑まず、自個の精神は、なお自個の一切をもよそにせり、すなわち絶対的傍観の態度これなり。
絶対的人格:正岡先生論 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
始めや之を尊んで詩界の新潮と曰ひ、後や之をいやしみて詞壇の雞肋けいろくとす、天下何ぞ毀誉きよの掌を反すが如くなる。
詩人論 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
今日より見ればその見識のいやしきこと実に笑ふに堪へたり。けだし芭蕉は感情的に全く理想美を解せざりしには非ずして、理窟に考へて理想は美に非ずと断定せしや必せり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
けんとほる。君子終り有りきつ。○彖伝たんでんに曰く、天道はくだして光明。地道はいやしくして上行す。
地山謙 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
博士の心ではかういふ時に、いつもいやしむ念が強く起つて、憎む念に打勝つのである。卑んで見れば、憎む価値がなくなるのである。博士は往々此性質の為めに人に侮られる。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
遁出のがれいでむとするにそのすべなく、すること、なすこと、人見て必ず、眉をひそめ、あざけり、笑い、いやしめ、ののしり、はたかなしみ憂いなどするにぞ、気あがり、心激し、ただじれにじれて
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自からおもねらず、自から曲げず、おのれに誇ることなく、人をいやしむことなく、夙夜しゅくや業を勉めて、天の我にあたうるところのものをまんにすることなくんば、あにただ社中のよろこびのみならん。
中元祝酒の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
欺き大金を取し事は相違御座なく併し主人儀は一向存じ申さず候事ゆゑ全くあざむかれ候は使者の不覺ならんかいやしくも日野大納言は清華せいくわの一人何ぞ金銀をうばひ取事の候べき此儀は渠等かれら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
数年前までには風の便りにも耳にしたことのない土州とかの身分いやしい武士が、時の勢いに乗って——乃至ないしは権勢家のふところにとびこんで、それが支配者としてこの土地に現われているというのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
国には盗人ぬすびと家に鼠と、人間ひとに憎まれいやしめらるる、鼠なれどもかくまでに、恩には感じ義にはいさめり。これを彼の猫の三年こうても、三日にして主を忘るてふ、烏円如きに比べては、雪と炭との差別けじめあり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
たかうするものはいやしくせられ自己じこいやしくするものはたかくせられん。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
で、貴方あなたはよい時代じだいようとすましてもいられるでしょうが、いや、わたくしうことはいやしいかもれません、笑止おかしければおわらください。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
閣下、並に夫人、予は過去に於て殺人罪を犯したると共に、将来に於ても亦同一罪悪を犯さんとしたるいやしむ可き危険人物なり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
世間で得意を極める人も、高き標準からはかったならば、最もいやしむべきものとなりはせぬか。耶蘇やそがその弟子でしに説いた言葉に
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あの根村の宿屋で一緒に夕飯ゆふめしを食つた時、頻に先輩は高柳の心をいやしで、『是程新平民といふものを侮辱した話は無からう』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
けれども、たつた今、私が別れて來た荒凉たる光景は幾らか悲慘な物語に對する心構こゝろがまへを私にさせた。亭主は、いやしからぬ樣子をした、中年の男だつた。
されど鑛山の出すものは黄金のみにあらず。白銀いだす脈もあり。すゞその外いやしき金屬を出す脈もあり。その卑きも世に益あるものにしあれば、只管ひたすらに言ひくたすべきにもあらず。
勸懲の劇を作らむとして、いたづらに人物をならべ、脚色を立てたるをこそいやしみもすべけれ、曲中人物の性格一々活動せる小天地想の作をば勸懲の旨ありとて斥くるものあらむや。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
天道はみつるをきて謙にし、地道は盈るを変へて謙にながし、鬼神は盈るを害して謙にさいはひし、人道は盈るを悪みて謙を好む。謙は尊くして光り、いやしくしてゆべからず。君子の終りなり。
地山謙 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
(いいえ、沢山、私はいやしいようなけれども、どうも大変におなかが空いたよ。)
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
流し斯るいやししづ腰折こしをれも和歌のとくとて恐多おそれおほくも關白殿下くわんぱくでんかへ聽えしも有難さ云ん方なきに況てや十ぜんじようの君より御宸筆しんぴつとはと云つゝ前へがツくり平伏へいふく致すと思ひしに早晩いつしか死果しにはてたりしとぞ依て遺骸なきがら洛外らくぐわい壬生みぶ法輪寺ほふりんじはうむり今におかち女のはか同寺どうじにありて此和歌わかのこりけるとかや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
せつそのものは善きも、その説をきたす動機がはなはだいやしいとか何とかいって、説そのものをもいやしむようになる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
同族の受けた種々さま/″\の悲しい恥、世にある不道理な習慣、『番太』といふ乞食の階級よりも一層もつと劣等な人種のやうにいやしめられた今日迄こんにちまでの穢多の歴史を繰返した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
操を破られながら、その上にもいやしめられていると云う事が、丁度らいを病んだ犬のように、憎まれながらもさいなまれていると云う事が、何よりも私には苦しかった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それをば刈払かりはらひ、遁出のがれいでむとするにそのすべなく、すること、なすこと、人見て必ず、まゆひそめ、あざけり、笑ひ、いやしめ、ののしり、はたかなしうれひなどするにぞ、気あがり、こころげきし、ただじれにじれて
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
この時源吾の親戚しんせき戸沢惟清とざわいせいというものがあって、専六をその養子に世話をした。戸沢は五百いおに説くに、山田の家世かせいもといやしくなかったのと、東京づとめの身を立つるに便なるとを以てし、またこういった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つまり書を読むということも、日記を書くということも、一つの技術となッて、技芸となッて、それを以て自分の衣食の補遺ほいとしようという者はいまだいやしい。
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と胸を抱いて立ったのを、いやしむがごとく、あざけるがごとく、憎むがごとく、はたあわれむがごとくにじっと見て、舌打して、そのまま黒百合をお雪の手に与えるとひとしく、巌を放れてすっくと立って
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)