頭脳あたま)” の例文
旧字:頭腦
可也かなり皮肉な出来事であつたからで、気の小さい、きまわるがり屋の彼は、うかしてうまくそれを切りぬけようと、頭脳あたまを悩ましてゐた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「唯、何かこう頭脳あたまの中に、一とこ引ッつかえたようなところが有って、そこさえ直れば外にもう何処も身体に悪いところはないで」
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やれ気が利かぬ、おかめじやと、初手から知れた私の鼻が、急に低いか何ぞのやうに、高い声での悪口も、頭脳あたまの上を超せばこそ。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
自分とは全く違う世界の人間だと云う事が、常識の発達した実業家志望の青年の頭脳あたまには、別段の無理もなくはっきりとわかった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
現代いまのよ人達ひとたちから頭脳あたまふるいとおもわれるかぞんじませぬが、ふるいにも、あたらしいにも、それがその時代じだいおんなみちだったのでございます。
「ふん、そんなことにおどろくような頭脳あたまじゃから、日本では、科学の発達がおくれているというのだ」と、博士は軽蔑けいべつの色をみせて
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
などということばもあったが、伊豆の女はなぜその中でないだろうか。——頼朝も時には、そんな煩悩ぼんのうに、頭脳あたまつままれている日もあった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかして彼の頭脳あたまにフト浮び出ましたことはアルプス産の小樅こもみでありました。もしこれを移植したらばいかんと彼は思いました。
乗物が怪しい! その瞬間に兵馬の頭脳あたまにひらめいたのがそれです。その途端に、鳥居の後ろからそろそろと人の姿が現われて
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たしかにわたしは一種の神経的な衝動から頭脳あたまに混乱を生じて、こうした超自然的の奇蹟を現出したのであろうと思いました。
胸のまん中が火のようになり、頭脳あたまがぐらぐら煮え立つように感じた。彼女はもう分別を失い、理性を逃がし、克己心のつなを切っていた。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は又此人の頭脳あたまがモウ余程乾涸ひからびて居て、漢文句調の幼稚な文章しか書けぬ事を知つて居るので、それとなく腹の中でフフンと云つて居る。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
このままこうして、男を京都に帰して、その弱点を利用して、自分の自由にしようかと思った。と、種々いろいろなことが頭脳あたまに浮ぶ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
文藝春秋といふ雑誌は、文壇稀れに見る「頭脳あたまの好い雑誌」であつて、編輯がキビキビとして居り、詰将棋の名手を見るやうな痛快さがある。
常識家の非常識 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
かく自分勝手の理屈を考えて、覚悟をしたら、今までのふるいがとまった。わずかに五、六分間であったが、その間に頭脳あたまの考えは二回変った。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
まだそのような未開野蛮時代の道徳で婦人をおさえ附けようとする教育家諸先生の頭脳あたまの古風なのに驚かねばなりません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
老女の頭脳あたまは単純でした。右でなければ左、嫌いでなければ好き、物事はたったこの二た通りの姿しか映らないのです。
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
余計な憎まれ口をたたいて、漢方医者の薬味箪笥やくみだんすのように、沢山の引出しがあり、一々、書附けが張りつけてでもあるような頭脳あたまだといったりした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「人違いだって? 私はグヰンと永い間一緒に住んでいたのですよ。私は貴郎あなたが思う程、頭脳あたまが悪くはない積りです」
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
若林博士の頭脳あたまが急に疑わしくなって来たので……他人の見ている夢の内容を、ほかから見て云い当てるなぞいう事は
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
銀行の重役の用いそうな、前脚に引出のあるデスクである。デスクの上の雑然たることよ! しかし主人公の頭脳あたまさえ、整理してあればいでは無いか。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見たような顔! 見たような顔!——咄嗟とっさに、眼まぐるしい思案が、壁辰の頭脳あたまけめぐった。と! 思い出した! ぴイン! と来たものがある。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
母は、いつもこう云って、凱旋してからこのかた、まえよりかえって、頭脳あたまがボンヤリしたような父になじりかけた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
烈しい興奮のために、頭脳あたまも眼も、疲れ切つてゐながら、それが妙にいら/\して、眠はうしても来なかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
しかも、彼が一言も口をきかないにも拘らず、彼の頭脳あたまの中で考えられていることは、私にはよく分っていた。
ケティには、なんでそういわれたのか、考える頭脳あたまはない。常人でも、それはじつに解しがたいことだ。しかし彼女は、それを機会にてんで無口になった。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかしいくら考えても灰吹はいふきの焼印しか頭脳あたまに浮んで来なかったから、矢張り山だろうと解釈した。ところが今着いて見ると吐月峯柴屋寺さいおくじという僧庵そうあんだった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
学問の事はあたしには判らないけれども、二人とも何でもよく知っているらしいのよ、頭脳あたまだって両方大したもんよ。むずかしい事をいってよく議論するの。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
こうして丈夫に生まれても弱くなる赤ん坊や、良知良能りょうちりょうのうがさずかっているのに、まったくききわけのないわがままな子供や、頭脳あたまの悪い子供ができてゆきます。
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
とても良人うちにはお任せなさるまいがもしもいよいよ吾夫のすることになったら、どのようにまあ親方様お吉様の腹立てらるるか知れぬ、ああ心配に頭脳あたまの痛む
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
不昧公の胃の腑は深く宗左をうらんだ。これまで空腹すきばらといふ事を知らなかつた大名の頭脳あたまは、急に胃の腑の味方をして、何かしら復讐しかへしの趣巧を考へるらしかつた。
ちょっと例をあげてみると、教師からある種の質問を受けた時、悉皆しっかい頭脳あたまに記憶してある事がらでも、どうもその質問に応じて、容易に返答ができぬ場合がある。
わが中学時代の勉強法 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
何とかいい智慧ちえはないか知らぬと帰る途次みちみちも色々に頭脳あたまを悩ました末に、父にむかってこういう嘘をいた。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何、宜いものか、浄瑠璃じようるりの解らんやうな頭脳あたまぢや為方しかたが無い。お前は一体冷淡な頭脳あたまつてゐるから、それで浄瑠璃などを好まんのに違無い。どうもさうだ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
大磯あたりの海岸は、紫の浪が間断かんだんなく打ちよせて、みやこちりにまみれた頭脳あたまを洗濯するに役立ちます。
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
月を見たり花を見たりすると一種のかんがえおこるものだから、自分も今宵こよい露に湿うるおった地に映る我影わがかげを見ながら、黙って歩いて来ると偶然故郷のことなどが、頭脳あたまに浮んだ
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
頭脳あたまの中をこんな事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草たばこの無理どり鼻紙の無心、打ちつ打たれつこれを一ほまれと心得れば、堅気の家の相続息子地廻じまわりと改名して
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼女はそれを自分の頭脳あたまに隠した。夕がた彼女はファリアスに来たが、暗黒くらやみの中に輝く一つの星が見えただけだつた。イヴはその暗黒くらやみ暗黒くらやみの中の星を自分の腹に隠した。
四つの市 (新字旧仮名) / 片山広子(著)
大木のほうでも矢野が頭脳あたまのよいばかりでなく、性質が清くてじょうに富んでるのを愛している。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
翁の頭脳あたまには一人の大きな戯曲家が住んで居る。其れ故、始めて翁と語る者は、彼は幻視まぼろしと事実と混同して居るんじや無いかと思ふ。或は彼は誇大な虚言うそを吐く男だと思ふ。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私はふところに手を差入れながら黙って来た、私の頭脳あたまの内からは癩病らいびょう病院と血痕の木が中々なかなか離れない、二三の人にも出会ったものの、自分の下駄の音がその黒塀に淋しく反響して
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
つまり、晩春四月の大和路の濃い色彩に、狂乱し易い私の頭脳あたまなぶられていたのであった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
それにあれだけの頭脳あたまがあるんだもの、なおさらだよ! だが、選ばれたのは誰なんだ? 何者なんだ? 選ばれたのはこの人非人だ、もう許婚の身でありながら、この町で
セエラは幸い利発なよい頭脳あたまを持っていましたので、甘やかされてつけ上るような事はありませんでした。彼女は時々アアミンガアドにこんな事を打ちあけるようになりました。
それから、頭脳あたまのいゝことも、高等学校時代から僕等の仲間では評判である。語学なぞもよく出来るが、それは結局菊池の分析的の頭脳あたまのよさの一つの現われに過ぎないのだと思う。
六つかそこらの純真な頭脳あたまにそれが直感され、疑ひが長く尾を引いて残つた。母は極力、木戸番の男の性質の悪いことを語り、子供たちに与へるであらう悪影響を防がうとつとめた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
といううち勇助は遂に船まで泳ぎ附けこべりへ手を掛けて船をあがろうとしましたが、上ってまいればたちまちに勇助のために斬殺きりころされますので、丈助がさびた一刀を引抜き、勇助の頭脳あたま割附わりつける。
そしてなお老僧のいうのには、その場合その人自身の頭脳あたまに、何か一つ残るものがあって、それは各人にってことなるが、もしも愛着心あいじゃくしんの強い人ならば、それが残ろうし、恨悔くやしい念があったらば
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
身体からだが衰弱したせいか、頭脳あたまの具合が悪いからだろう。それにしてもこの画は厭だ。なまじい親父おやじに似ているだけがなお気掛りである。死んだものに心を残したって始まらないのは知れている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
息苦しいほどで、この日中が思遣おもいやられる。——海岸へ行くにしても、途中がどんなだろう。見合せた方がよかった、と逡巡しりごみをしたくらいですから、頭脳あたまがどうかしていはしないかと、あやぶみました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)