はがね)” の例文
下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀のさやを払って、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
緊張の中にはがねのやうな倦怠が味はれた。そして微かな最後の契機を、ただ軽く食指が残したとき、——然り、獲物はそこに現れた。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
涙はこぼれて、はがねまし、冷めた鋼は又、火土ほどの中へ投げ込まれて、彼の苦しい胸のあえぎを吐くように、鞴の呼吸いきにかけられた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
精々十五発程度のものが紙に包んで添えられていたのであったが、あたりを見廻しながらあかがね色をしたはがねの胴体に、手早く装填そうてんしてしまった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
戦はうしおの河に上る如く次第に近付いて来る。鉄を打つ音、はがねきたえる響、つちの音、やすりの響は絶えず中庭の一隅に聞える。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さあ/\、下りていらつしやい。わたしの糸は空気のやうにかるいけれど、つよいことははがねと同じです。」と言ひました。
星の女 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
すると怪塔王の腰が、はがねの板のようにつよくはねかえり、あっという間もなく、兵曹長はどーんと砂原の上に、もんどりうって投げだされました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時王めて、われ稀代の夢を見た、たとえば磨いたはがね作りの橋を渡り、飛沫ひまつ四散する急流を渡り、金宝で満ちた地下の宮殿に入ったと見て寤めたと。
上の方や横の方は、青くくらくはがねのように見えます。そのなめらかな天井てんじょうを、つぶつぶ暗いあわが流れて行きます。
やまなし (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうして、さらに冷却すると、いわゆる水銀槌マーキュリース・ハムマーと呼ばれて、銀色をしたはがねのような硬度に変ってしまう。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
手許てもとから切先きつさきまで澄み切つたかたはがねの光は見るものを寒くおびやかした。兄は眼をそばたてゝ、例へば死體にしろ、妻の肉に加ふべき刃を磨ぎすます彼れの心をにくむやうに見えた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
玄知が出立してからまもなく、こまかな雨が降りだして、方丈の前庭にある冬枯れの植込や、石燈籠いしどうろうや敷石道が、その雨にすっかり濡れて、さむざむとはがね色に雨空をうつしていた。
しかし見方によつてははがね螺線らせんで作つたルネサンス式の図案様式の扉にも思へた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
曲線一つくらべてみたって、フランスははがねの唐草だと思うわ。そのつよさに、はじきのけられて、ディレッタントというポーズが出来るんだと思う、わたし、そういう修正は、ほしくない
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
へしと称し、平打ちにかけてはがねを減らし、刀の地鉄じがねこしらえる。水うちともいう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
王の御座船「長蛇ちょうだ」のまわりには敵の小船がいなごのごとく群がって、投げやりや矢が飛びちがい、青い刃がひらめいた。たてに鳴るはがねの音は叫喊きょうかんの声に和して、傷ついた人は底知れぬ海に落ちて行った。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
切出きりだしの小刀とか、はがね帯金おびがねいで作ったのみ位のものであるが、生れつきり性の上に、半年の間退屈まぎれに毎日朝から晩までこつこつ刻んでいたので、一廉ひとかどの彫刻家になってしまったのである。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし、『八島』は本多鋼鉄でこしらえたふねではない。そのはがねは『最上』なんかよりは、弱いのだ。深い深い海の底では、水の重さにされてかく(潜水艦の胴体)が、みしりみしりと変な音を立てる。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
後になって思い出したが、この時彼はきわめて注意深く細心になってい、絶えず身を汚すまいと苦心していた。……鍵はすぐ取り出した。全部あの時のようにはがねの輪に通して、一まとめになっていた。
心臓か、命か? もっとも、釣針は、良くきたえたはがねでできている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
だから、鉄やはがねの船も、これにはこまっている。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
千枚張りの はがねのひびきで 澄んでゐる
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
はがねのように澄みわたる大空のまん中で
月蝕 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おごれる人にはがね持たせんためにも
鼓膜こまくはがねで張りつめて
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
はがねの船首や銀の船首
はがねの質を持つた種子たね
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
幻滅ははがねのいろ。
はがねの波に
頌歌 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
下人は、老婆らうばをつき放すと、いきなり、太刀たちさやを拂つて、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は默つてゐる。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのとき彼は屍体のあごのすぐ下のところに深い、みぞができているのを発見した。よく見ると、その溝の中には細いはがねの針金らしいものが覗いていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこで砥石といしに水がられすっすとはらわれ、秋の香魚あゆはらにあるような青いもんがもう刃物はものはがねにあらわれました。
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
盾の形はもちの夜の月の如く丸い。はがね饅頭まんじゅう形の表を一面に張りつめてあるから、輝やける色さえも月に似ている。ふちめぐりて小指の先程のびょうが奇麗に五分程の間を置いて植えられてある。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その身重き故行くごとに尾のために地くぼむ事大樽に酒を詰めてきずりしごとし、この蛇往還必ず一途に由る故、猟師その跡に深くくいを打ち込み、その頂に鋭きはがねの刃剃刀かみそり様なるを植え
ネヷの流れが先ず暗くなってはがね色に変った。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今の環は灼熱しゃくねつしたはがねであった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。それを下からね上げた、向うの軍刀のはがねである。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
雲がすっかり消えて、新らしくかれたはがねの空に、つめたいつめたい光がみなぎり、小さな星がいくつか連合れんごうして爆発ばくはつをやり、水車の心棒がキイキイ云います。
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
帆村の気づいたところは、第一に非常に早乾はやがわきがすること、第二に、固まってしまえばはがねのような強い弾力を帯びること、第三に耐熱性に富んでいるらしい非常に優秀な漆喰だった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうにして尽きた柳の木立こだちを風の如くにけ抜けたものを見ると、鍛え上げたはがねよろいに満身の日光を浴びて、同じかぶと鉢金はちがねよりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみ毿々さんさんと靡かしている。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お蓮はそうつぶやきながら、静に箱の中の物を抜いた。その拍子に剃刀のにおいが、ぎ澄ましたはがねの匀が、かすかに彼女の鼻を打った。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いま新らしくいたばかりの青いはがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
モリプデンの微量びりょうはがねにまぜると、普通の鋼よりもずっと硬いものが出来るんだ
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「盾がある、まだ盾がある」とウィリアムはからすの羽の様ななめらかな髪の毛を握ってがばと跳ね起る。中庭の隅では鉄を打つ音、はがねを鍛える響、槌の音やすりの響が聞え出す。戦は日一日とせまってくる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いま新しくいたばかりの青いはがねいたのような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「これか」岩はチェッと舌打したうちをした。「小僧に捲きつけられたはがねのロープだが、上のかぎのところはやっとはずして来たが、あとは足首から切り離そうとしても、固くてなかなか切れやしない」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
俄かにどこからか甲虫のはがねの翅がりいんりいんと空中に張るような音がたくさん聞えてきました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼は沈黙のはがねの塊みたいな男だ。川上——というと俺のことだが、川上とはまるで違った種類の男だ。彼が健在であることは帝国海軍にとっても喜ばしいことだなどと、大いに聞かされちまった
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その野原のはずれのまっ黒な地平線の上では、そらがだんだんにぶいはがねのいろに変って、いくつかの小さな星もうかんできましたし、そこらの空気もいよいよ甘くなりました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そらのてっぺんなんかつめたくてつめたくてまるでカチカチのやきをかけたはがねです。
いちょうの実 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)