貴下あなた)” の例文
はなは唐突とうとつでありまするが、昨年夏も、お一人な、やはりかような事から、貴下あなたがたのような御仁ごじん御宿おやどをいたしたことがありまする。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……けれども貴下あなたは、そんな事は仰言おっしゃらぬでしょう。……ああ……本当にして下さる。信じて下さる、……ありがとう。ありがとう。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「丘田お照さんというのですか。……そのお照さんが、貴下あなたにお届けした筈の懐中時計と十銭玉とを返して頂きに参ったのですが……」
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そ、そんなことをおっしゃるものじゃありませんよ、奥さまや旦那さまが、貴下あなたを我が子のように、可愛がってるじゃありませんか」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「何故そんな怖い顔をして被在いらっしゃるの。あたし、𤢖じゃなくってよ。妾のばちで、貴下あなたは𤢖に酷い目に逢ったと云うじゃアありませんか。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのあやしい、うみうへではよく眩惑ごまかされます、貴下あなた屹度きつと流星りうせいぶのでもたのでせう。』とビールだるのやうなはら突出つきだして
主人は外套を着せ掛けながら「貴下あなたにはんな事があつても苦情は申しません」と言つて居た。老優はルミイ嬢と自動車に乗つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「だつて、さうなれば祖母おばあさんは生きちやゐませんよ。貴下あなただつて祖母さんが子供のために身を粉にして働いてるのが分つてゐるでせう。」
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
と、いきなり変な質問、幾日で出来るといって貴下あなたもこれは御存じのことでしょう。二年越し掛かったのです。と、いうと
「そんな事は貴下あなたが聞かんでもよろしい」検事が代って答えた。この時、松本が隣室から何か大部の書物を抱えて出て来た。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その日その日をようよう細いけむりに暮らす小作人まで、それ相応に涙をふるうて財布の底払いをする訳ですから、貴下あなたなぞはうんと御奮発を願いたい。
厄払い (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の方こそ、貴下あなたの御援助を得たいです。が、まあ、とにかく捜査に先立って、大切な点をお知らせして置きましょう。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
わたくしには不思議でならないのですよ、貴下あなた……どうも、その……。御自分の居どころはちゃんと御存じのはずです。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
これが(おとがひで信吾を指して)退屈をしまして、去年なんぞは貴下あなた、まだ二十日も休暇やすみが残つてるのに無理無体に東京に帰つた様な訳で御座いましてね。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
戯謔じやうだん仰つしやツちや、因まりますゼ、松島さん、貴下あなた其様そんな馬鹿気たこと、何処から聞いておいでになりました」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
貴下あなた様が——へえ、そいつは、うっかり、踏込めませんぜ。宿で、泊めないなんてことが御座いますからの」
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
貴下あなた何卒どうか父の言葉を気になさらないで……御存知の通りな気性で御座いますから!」とおろおろ声で言った。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
人知らずカッと上気せしも、ひとえ身嗜みだしなみばかりにはあらず、勿体もったいなけれど内内ないない可愛かわゆがられても見たき願い、悟ってか吉兵衛様の貴下あなたとの問答、婚礼せよせぬとの争い
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貴下あなたは一体どなたです。無垢むくな人間を捉えて、勝手に人をきずつける様な権利でもお持ちなんですか」
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
私は世界の探偵の仕事を研究するために亜米利加アメリカからきた者ですが、貴下あなたのためにお祝の晩餐を差上さしあげたいと思いますから、今晩六時、日本ホテルまで御来車下さいますように。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『踏絵』の和歌うたから想像した、火のような情を、涙のように美しく冷たいからだで包んでしまった、この玲瓏れいろうたる貴女きじょを、貴下あなたの筆でいかしてくださいと古い美人伝では、いっている。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「そりゃ貴下あなたさえ其積そのつもりで確乎しっかりしていて下さるなら、私は何年でもお待ち申しますわ」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その眼は妙に輝いて、聲まではずんでゐる。貴下あなたは東京の人だらう、と言ひながら頭の頂上てつぺんから爪先まで見上げ見下してゐる。何氣なく左樣だと答へると、何日にあちらを立つたと訊く。
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ですから貴下を背負おんぶしてあの高い天の御殿などにはもうとてもいかれませんけれども此儘このままにして置いては私の役目が果せませんから、一つ貴下あなたが天に御昇りになれる法をお教へ致します。
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
「でも、貴下あなたが三年ばかし遅れて往らしたのに比べると、何でもありませんわ。」
貴下あなたは玉置の旧藩主ではあるが、間違っても宝に対する権利を主張してはならない、これは天慶の昔平将門が隠したもので、貴下あなたは何んの権利も無いからである……随分手厳しいでしょう
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
先輩の対手あひてにならないのは仕方が無いが後継者あとつぎの若い者までが株屋や御用商人の真似をしたがるから困る。その証拠には貴下あなた、斯ういふ学校出身者で細くとも自分で事業しごとを初めた人がありますか。
青年実業家 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
わたしの身は貴下あなたの手から葬式をして一本の御回向ごえこうを御頼みもうします。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
『だがなんため貴下あなたわたしをこんなところにれてくのです?』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「私のほうの学校はみんないい方ばかりで、万事ばんじすべてまるくいっていますから、始めて来た方にも勤めいいです。貴下あなたも一つ大いに奮発していただきたい。俸給もそのうちにはだんだんどうかなりますから……」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
貴下あなたは、うしてそれを、知っているのですか?」
貴下あなた、その時、どうお考へでしたか?」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
(ですがね、貴下あなた、無理にも発程たってお帰り遊ばそうとするのは——それはお考えものなんですよ。……ああ、綾さんが見えました。)
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
是非来月で無ければ成らないと云う訳もありませんから、つま貴下あなたや市郎さんの思召おぼしめし次第で……妾の方は何方どちらでもよろしいのです。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いや銀行でも弱ったんです。私が女の事を貴下あなたにお話しているうちに、若い行員どもが、引っ切りなしにゲラゲラ笑うんで困りました」
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あ、海野さん。海戦が始まりかかっています。相当大きな音がしますから、貴下あなた船底せんていへいかれた方がよいと思います」
沈没男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
理屈りくつまうすぢやありません、わたくし越權えつけんわたくし責任せきにんひます。貴下あなたしんじませんか、いまげん難破船なんぱせん救助きゆうじよもとめるのを。
ムネ・シユリイは「う初めのばかりを弥囂やかましく言はないで、しばらく待つて、次の句を皆言はせて下さい。うしたら何か貴下あなたが発見なさるでせう」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私、眠くなってしまったわ、だからアーメンと言ったら、貴下あなた怒っちゃったじゃアありませんか。ねエ朝田さん
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
御尤ごもっともでござります。お叱りは承知致しております。人様にも、誰にもいえぬ、奇怪な事がござりますゆえ、未だ、一言も申しませぬが、貴下あなたへ、せめて——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
珠運様も珠運様、余りにすげなき御言葉、小児こどもとっ小雀こすずめを放してった位に辰を思わるゝか知らねどと泣きしが、貴下あなたはそれより黙言だんまりで亀屋を御立おたちなされしに
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう時候がよくなりますと、こうして汽車の旅をするのも、大変楽ですな……時に、貴下あなたはどちらまで?……ああ東京ですか。やはり大学も東京の方で……ああ左様ですか。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼晩あのばん貴下あなた、香雪軒で桂さんだの、曾禰そねさんだのツて大臣さん方の御座敷でしてネ、小米さんが大盃コツプでお酒をグイ飲みするんですよ、あんなことは今まで一度も無いのですから
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
早速持主に返そうと云うことになり、共箱ともばこの蓋によって貴下あなたの名を手がかりに、人に聞きあわしてお届けにあがりましたと云って、名も告げないで、消えるように往ってしまったよ
千匹猿の鍔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
貴下あなたが少年の身を以て、今日まで幾多の困難な探偵に成功されたことをお祝いします。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「もし、貴下あなた、」と、コワリョーフは無理にも心を鞭打って、「あの、もし貴下あなた……」
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
「もしもし貴下あなた、おわすれものですよ、なんておそそうな——」
『だがなんため貴下あなたわたし這麼こんなところにれてくのです?』
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
貴下あなたは?』
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
貴下あなたにおはなし申すことも、おしらべになって将校方にいったことも、全くこれにちがいはないのでこのほかにいうことは知らないです。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)