見逃みのが)” の例文
けれど小太郎こたろうは、こんなときにでも、はたけなかっているうめあいだから、あおい、あおうめがのぞいているのを見逃みのがしませんでした。
けしの圃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしが何かの話の工合で、先方の父親に兜町かぶとちやうの景気を一寸うはさした時、若者が露骨にいやな顔を見せたことも、わたしは見逃みのがさなかつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
経済のみによってとは、あえて申しませぬが、パンによって、経済によって、現実の社会が動いていることもまた見逃みのがしえない事実です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
首さえ出さなければ、見逃みのがしてくれる事もあろうかと、詰まらない事を頼みにして寝ていたところ、なかなか許しそうもない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのくせ夫はいつも私の無言のいどみを見逃みのがさず、私の示すほんのわずかな意志表示にも敏感で、直ちにそれと察しるのである。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これからそなたも早速さっそくこの精神統一せいしんとういつ修行しゅぎょうにかからねばならぬが、もちろん最初さいしょから完全まったきのぞむのは無理むりで、したがって程度ていど過失あやまち見逃みのがしもするが
その頃、どうかすると美妙が、じりじりしているのを、錦子は見逃みのがさなかった。小説は「はぎの花妻名誉の一本ひともと
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
種々雑多の現象に眩惑げんわくされて、ややともするとこれを見逃みのがそうとするが、山川草木の間に起る変化は他に煩わされることなく明らかにこれを見る事が出来る。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
旦那さんも、そうだ。なんにもおっしゃらなかった。これはまた、ふだんから、なんにもおっしゃらないかただからね。だけど、なに一つ見逃みのがしはなさらない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それを見逃みのがしてくれ、自分の意見とKの言葉とは確かに一致しないのだが、それを黙って受入れるのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
庸三も踊りはわかるようでわからないのだったが、見るのは好きであったので、舞踊にも造詣ぞうけいのふかい若い愛人清川を得てからの新作発表の公演も見逃みのがさなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私はそういう話をしながら、A氏について異常な好奇心を持っているらしいこの夫人が、いつか私にも或る特別な感情を持ち出しているらしいことを見逃みのがさなかった。
(新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これで義家よしいえもいかにも貞任さだとうがかわいそうになって、その日はそのまま見逃みのがしてかえしてやりました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それは、私の姿と顏と着物のいつさいの點を注意して見逃みのがさない一瞥であつた。と云ふのは、稻妻いなづまのやうに素早く、鋭く、その一瞥は、それらいつさいの點を横切つたのだ。
彼等かれらたゞ朋輩ほうばいともつてることよりほかに「まち」というてもべつ目的もくてきもなければ娯樂ごらくもないのである。れで彼等かれらすこしでもことなつた出來事できごと見逃みのがすことをあへてしないのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三年の間にも歌合などはしきりに行われるし、その中には見逃みのがしえないよい歌もある。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
明らかに貧しい生活くらしなのにもかかわらず、まことに融々ゆうゆうたるゆたかさが家中にあふれている。なごやかに充ち足りた親子三人の顔付の中に、時としてどこか知的なものがひらめくのも、見逃みのがし難い。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼はその後から、婦人のほっそりとした後姿を見失わない程度に離れて、後から後からと流れて来る漫歩者の肩の間をおよいだ。あの綺麗な立派な指を見逃みのがしてはならないと思いながら……。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
たつた十五になつたばかりの娘が、姉のあだを討つ氣にでもならなければ、そんなことができるわけはありません。お見逃みのがしを願ひます、親分さん。彌八を殺した下手人は私一人で澤山で御座います
すると、方々ほうぼう村々むらむらでも、かねもうけのことなら、なんだって見逃みのがしはしないので、かぎりなく、なしのえたのであります。
その点で彼女が腹の中でいかに彼に対する責任を感じているかは、怜俐れいりな津田の見逃みのがすところでなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっとほかの危険も見逃みのがしているし、そんな危険のなかに飛びこむこともありうることだし
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そのくせ、私は私の窓のすぐ下を通っているその坂道を、毎朝、一定の時刻に、絵具箱をぶらさげながら、その少女が水車の道の方へとのぼってゆくのを見逃みのがしたことはなかった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これが喀血した年の古い写真です。右の胸に全く雲がかゝつてゐるでせう。これが問題です。それに、こゝに二つ、肉眼では見逃みのがしやすいが空洞があります。これが一番悪かつた時ですな。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
なに御道おみちめとあれば、わたくしぞんじてかぎりは逐一ちくいち申上もうしあげてしまいましょう。はなしすこかとうございまして、なにやら青表紙臭あおびょうしくさくなるかもぞんじませぬが、それは何卒なにとぞ大目おおめ見逃みのががしていただきます。
しかし、愛された父法主はき、新門跡は印度にいてまだ帰らず、ここで、木のぼりをしても叱られないでおさるさんと愛称された愛娘まなむすめに、目に見えない生活の一転期があったことを、見逃みのがせない。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
見逃みのがせなかつた——
おそらく、子供こどもすくうために、自分じぶん犠牲ぎせいにしようと覚悟かくごしたのでしょう。ふいに、ははばとが、からした。からすらが、なんで、それを見逃みのがそう。
僕はこれからだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
または中川の角に添って連雀町れんじゃくちょうの方へ抜けようが、あるいはかどからすぐ小路こうじ伝いに駿河台下するがだいしたへ向おうが、どっちへ行こうと見逃みのが気遣きづかいはないと彼は心丈夫に洋杖ステッキを突いて
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのあいだもKに対する恐れは見逃みのがすことができなかったが、それにもかかわらず、あいた手で女をさすったり押えたりして、さらにKの気持を高ぶらせようとするのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
其内そのうち小六ころくうはさた。主人しゆじんこの青年せいねんいて、肉身にくしんあに見逃みのがやうあたらしい觀察くわんさつを、二三つてゐた。宗助そうすけ主人しゆじん評語ひやうごを、あたるとあたらないとにろんなく、面白おもしろいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もとより酔興すいきょうでした事じゃない、やむを得ない事情から、やむを得ない罪を犯したんだが、社会は冷刻なものだ。内部の罪はいくらでも許すが、表面の罪はけっして見逃みのがさない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その小説について、斯道しどうに関係ある我々の見逃みのがあたわざる特殊の現象が毎月刊行の雑誌の上に著るしく現れて来た。それは全体の小説が芸術的作品として、或る水平に達しつつあるという事実である。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)