裲襠うちかけ)” の例文
総縫の裲襠うちかけに、三つ葉葵の紋を散らした手筥てばこ、相沢半助思わずハッと頭を下げるはずみに、乗物の扉はピシンと閉ってしまいました。
そう云いながら自分の手で裲襠うちかけをぬいでしずかに立った。誰にも言葉をさしはさむ余地のない、きっぱりと心のきまった姿勢だった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ホステスのスエスリング夫人は長い立派な緑色のお召物の上に錦襴きんらん裲襠うちかけを着て、それはそれは鮮やかな姿でお待ちしているところへ
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
向ったふすまがするすると左右へ開くと、下げ髪にして裲襠うちかけさばいた、年三十ばかりの奥方らしいのに、腰元大勢、ずらりとついて
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裲襠うちかけのすそを音もなく曳いて、鏡のまえに一度坐る。髪の毛、一すじの乱れも、良人を暗くするであろう。臙脂べにも、せていてはならぬ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
米友はこう言ってののしって、欄干にひっかかっている裲襠うちかけを蹴飛ばしたが、それでも提灯をずっと下げて川の中を見下ろし
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
茶屋ちやゝ廻女まわし雪駄せつたのおとにひゞかよへる歌舞音曲かぶおんぎよくうかれうかれて入込いりこひとなに目當めあて言問ことゝはゞ、あかゑり赭熊しやぐま裲襠うちかけすそながく、につとわら口元くちもともと
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
裲襠うちかけすがたの優しい女が懐ろ紙を門にあてて押すというところに、こういう狂言の興味は含まれているものを、写実の女武者にいでたって現われては
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
裲襠うちかけ、眼も眩ゆく、白く小さき素足痛々しげに荒莚あらむしろを踏みて、真鍮の木履ぼくりに似たる踏絵の一列に近付き来りしが、小さき唇をそと噛みしめて其の前に立佇たちとまり
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その正次の眼の前に、——だから正次の背後横に、髪は垂髪、衣裳は緋綸子、白に菊水の模様を染めた、裲襠うちかけを羽織った二十一二の、ろうたけた美女が端坐していた。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのおさらいの日にお遊さんは髪をおすべらかしにして裲襠うちかけを着てこうをたいて「熊野ゆや」をきました。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
くし、こうがい、裲襠うちかけ姿のままで吉三郎が真ん中、先を成田屋、うしろに主水之介がつづいて、木挽町こびきちょうの楽屋を出た三ちょうつらね駕籠は、ひたひたと深川を目ざしました。
やがて、裲襠うちかけを羽織ったとき、その重い着物は、黄金と朱の、激流を作って波打ち崩れるのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雪のやうに白い白紋綸子の振袖の上に目を覚むるやうな唐織錦の裲襠うちかけた瑠璃子の姿を見ると、彼は生れて初めて感じたやうな気高さと美しさに、打たれてしまつて
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
小町の描出を普通の人物に扱ったものですから、画面の小町は壺織の裲襠うちかけに緋の大口を穿うがっているのは、能楽同様な気持ですけれども、その顔にはおもてを着けてはおりません。
「草紙洗」を描いて (新字新仮名) / 上村松園(著)
それでも葛籠を明けて中から出る品物がえらい紋付や熨斗目のしめぬい裲襠うちかけでもあると、う云う貧乏長屋に有る物でないと云う処から、偶然ひょっとして足を附けられてはならんから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
夜桜がゆめのやうに白く咲き、往来の人々が影絵のやう格子先へ群り、格子の中の小白い遊女の顔と絢やかなる裲襠うちかけの姿とが、煌々たる燈火の下に世にも美しく浮きだしてゐた。
異版 浅草灯籠 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
雪之丞は、そんな予感に、心を暗くしながら、滝夜叉たきやしゃの変身、清滝きよたきという遊女すがたになって、何本となく差したこうがいも重たげに、華麗な裲襠うちかけをまとい、三幕目の出をまっていた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
忽然こつぜん川岸づたいにけ来る一人の女がハタとわが足許につまずいて倒れる。いだき起しながら見遣みやれば金銀の繍取ぬいとりある裲襠うちかけを着横兵庫よこひょうごに結った黒髪をば鼈甲べっこう櫛笄くしこうがい飾尽かざりつくした傾城けいせいである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お糸というあやしげな欠込女かけこみおんなが押原右内の娘と偽って寝所の裀褥おしとねへ入り込み、薄毛の鬢を片はずしに結い、大模様の裲襠うちかけ絆纏はんてんのように着崩す飛んだ御中﨟ちゅうろうぶりで、呼出し茶屋の女房やら
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
金糸銀糸の刺繍ぬひとりをほどこした裲襠うちかけ、天地紅の玉章たまづさを、サツと流して、象の背に横樣に乘つた立兵庫たてひやうご、お妙の美しさは、人間離れのしたものでした。
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
のびのびと横たわっている大きな四には、登子の裲襠うちかけが掛けてある。——ふと、鼾声いびきがやんだのは、少しは酔いがさめかけているのかもしれない。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
横手の衝立ついたて稲塚いなづかで、火鉢の茶釜ちゃがまは竹の子笠、と見ると暖麺ぬくめん蚯蚓みみずのごとし。おもんみればくちばしとがった白面のコンコンが、古蓑ふるみの裲襠うちかけで、尻尾のつまを取ってあらわれそう。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その女の人は長い裲襠うちかけ裳裾もすそを引いて、さながら長局ながつぼねの廊下を歩むような足どりで、悠々寛々ゆうゆうかんかんと足を運んでいることは、尋常の沙汰とは思われません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
正覚寺にある政岡の墓地には、比翼塚ほどの参詣人さんけいにんを見ないようであるが、近年その寺内に裲襠うちかけ姿の大きい銅像が建立されて、人の注意をくようになった。
目黒の寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
初め「あずまや」と申しまして某家の御秘蔵品を模した唐織好みの草色の裲襠うちかけを着て出て来るのですが、琴にかかる前にうしろ向きになって、その裲襠を脱いで
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
下髪にした黒髪が頬にうなじに乱れているのも憐れを誘ってなまめかしく、蜀江錦の裲襠うちかけの下、藤紫の衣裳を洩れてろうがましく見ゆるはぎの肌は玉のようにも滑らかである。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雪のように白い白紋綸子りんず振袖ふりそでの上に目も覚むるような唐織にしき裲襠うちかけた瑠璃子の姿を見ると、彼は生れて初めて感じたような気高さと美しさに、打たれてしまって
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
赤ゑり赭熊しやぐま裲襠うちかけの裾ながく、につと笑ふ口元目もと、何處がいとも申がたけれど華魁衆おいらんしゆとて此處にての敬ひ、立はなれては知るによしなし、かゝる中にて朝夕を過ごせば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
きんぎん五しきの浮き模様のあるからおりの裲襠うちかけをおひきなされていらしったと申します。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、夜になると、二人は抱き合って、裲襠うちかけの下で互いに暖め合うのであるが、そうした抱擁の中で、ややもすると性のおきてを忘れようとする、異様の愛着が育てられていった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ひとりの裲襠うちかけ姿であるのを見ると無論の事に、それが丁字太夫であるに相違なく、他のお部屋姿であるのを見ると、これまたお杉の方である事は言う迄もなく、よりもっと驚いた事は
こころよげに昼寝している武蔵のからだの上には、誰がそっとかけて行ったのか、桃山刺繍ぬいの重そうな裲襠うちかけが着せてあった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と言ってがんりきが、苦い顔をしている七兵衛の眼の前へ突きつけたのは、やや身分の高かるべき女の人の着る一領の裲襠うちかけと、別に何かの包みでありました。
正覚寺にある政岡の墓地には、比翼塚ほどの参詣人を見ないようであるが、近年その寺内に裲襠うちかけ姿の大きい銅像が建立こんりゅうされて、人の注意を惹くようになった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おしずとおゆうさんとの違いは何よりもおしずにそういう芝居気のないところにあったと申しますのでござりまして裲襠うちかけを着て琴をひいたり小袖幕こそでまくのかげにすわって腰元に酌を
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
若い綺麗な女達で、厚化粧をして裲襠うちかけ姿、金屏まばゆい大広間に並び、三曲を奏しているんでさあ。と一人舞い出しました。ひどく古風な舞いでしてね、悠長ったらありませんや。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白いあぎとを三日月のように反向そむけて、眉一つ動かさず。見返りもせずに、裲襠うちかけの背中をクルリと見せながら、シャナリシャナリと人垣の間を遠ざかって行った。あとから続く三味太鼓の音。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うかれうかれて入込いりこむ人の何を目当と言問こととはば、赤ゑり赭熊しやぐま裲襠うちかけすそながく、につと笑ふ口元目もと、何処がいとも申がたけれど華魁衆おいらんしゆとて此処にての敬ひ、立はなれては知るによしなし
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
冗談ぢやない。紅白粉で、裲襠うちかけ
化粧も日ごろよりはやや濃目こいめである。また裲襠うちかけは彼女がこの家にとついだときの物で、もちろん派手になりすぎてはいる。が、意識してそれも用いたらしい。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
皮を剥いだもののように、一枚の裲襠うちかけが塀に張りつけてありました。その上に刀の小柄こづかを突き刺して、それに錦の袋に入れた守り刀様のものがぶらさげてありました。
何かごわ/\した裲襠うちかけめいた物をまとって、猫背ねこぜの肩をかゞめて、引きずった裾が寝ている人に触らぬように、そして、衣ずれの音を少しでも殺すように、両手でつまを取っていた。
当年流行の新月色に、眼もまばゆい春霞と、五葉の松の刺繍を浮き出させた裲襠うちかけ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この日は大店の内儀風に、その躰を装っていたが、櫛巻に絞りの浴衣ゆかた、そういう伝法の姿をしても、金糸銀糸で刺繍ししゅうをした裲襠うちかけ、そういうもので飾っても、どっちも似合いそうな女であった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
(乗物の戸をあけて澁川の後室眞弓、五十余歳、裲襠うちかけすがたにて出づ。)
番町皿屋敷 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
冗談じゃない。紅白粉で、裲襠うちかけ
寝所の次の部屋には、片隅に、蒔絵まきえ衣桁いこうがみえ、それに、青金摺あおきんずり裲襠うちかけと、褪紅色たいこうしょくの小袖が掛けてあった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
元禄模様の派手な裲襠うちかけを長く畳に引いて、右の手には鈴を持ち、左の手では御幣ごへいを高く掲げながら、例の般若はんにゃめんかぶって座敷の中をしきりに踊っているところでありました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いきな女よりも品のよい上﨟じょうろう型の人、裲襠うちかけを着せて、几帳きちょうのかげにでもすわらせて
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)