がま)” の例文
杖の柄に僕は劇しく両肱を組み肱の上には不遜な肩を鋭く張つて、がまの形にのめり出しながら、憎々しげに隅の一方を凝視めてゐた。
海の霧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「ずいぶん変わり者です。蛇の皮をまいたステッキや、がまの皮で作った銭入れや、狼の歯で作った検印などを持って喜んでいます」
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
大きながまのようなものがこちら向きに坐って、口をぱくりと開けて眼をぎろぎろとさしているところであった。道家ははっとした。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
髪の毛の自然な色が消えたかと思うほど顔を赤くし、両手をポケットにつっこみ、鼻をすすりながら、がまのように遠ざかって行く。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
梅雨つゆ上がりの、田舎道いなかみちがまの子が、踏みつぶさねば歩けないほど出るのと同じように、沢山出ているはずの帆船や漁船は一そうもいなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
背よりも高い南天の株から、ポロポロと夜光やこうの露がこぼれたかと思うと、弥助の体はがまのように、戸袋のすそから床下へ這った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
能の仮面おもて重荷悪尉おもにあくじょう、そっくり老人の顔であった。がまの形をした大きなあざ、それが額にあるために、一層その顔は凄く見えた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
西洋の耶蘇ヤソが生まれたときには空の星辰が一時に輝いて祝福したというが、己の生まれたときには恐らくがま蚯蚓みみずが唸ったかも知れやしない!
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
またこれなるがまは、江戸より東南、海路行程数十里、伊豆の出島十国峠の産にして……長虫は帯右衛門と名づけ、がまは岩太夫と申しまする。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「がま」の由来は、校庭でがまを見つけた一生徒が、しみじみそれを観察しながら、「がまの顔って配属将校そっくりだな。」
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
電車が鉄枠ばかり焼け残って、まるで骸骨がいこつのような恰好をしていた。消防自動車らしいのが、踏みつぶされたがまのようにグシャリとなっていた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ええ——ご当地へ参りましたのは初めてでござりますが、当商会はビンツケをもってがま膏薬こうやくかなんぞのようなまやかしものはお売りいたしませぬ。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
がま蟋蟀こおろぎが鳴くもの憂いなかで、ときどき鬣狗ハイエナがとおい森でえている。その、森閑の夜がこの世の最後かと思うと、誰一人口をきくものもない。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
がまひたいには夜光やこう明珠めいしゅがあると云うが、吾輩の尻尾には神祇釈教しんぎしゃっきょう恋無常こいむじょうは無論の事、満天下の人間を馬鹿にする一家相伝いっかそうでんの妙薬が詰め込んである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「やつて見ませう。あの味噌擂用人なんか、何處かの縁の下にこふを經た、がまの精か何んかに違げえねえと思ふんだが」
流石さすがのわれ言句も出でず。総身に冷汗する事、鏡に包まれしがまの如く、心動顛し膝頭、打ちわなゝきて立つ事能はず。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
蝶子さんは、がまの油を採る話を知ってますか。それをするには四面、鏡を張った箱の中へ蟇を入れて置くという話だ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頑丈な、がまのような靴をぬいで、むせる足を空気にあてるひまもなかった。部署につくと同時に作業は初まった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
侏儒しゅじゅは連隊の鼓手長を崇拝する。がまは常に目を空の方に向ける、なぜであるか、鳥の飛ぶのを見んがためである。
ふすまを隔てた次の間から、まるでがまつぶやくように、「どなたやらん、そこな人。遠慮のうこちへ通らっしゃれ。」
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
口はがまの様に開けた儘、ピクリピクリと顔一体が痙攣ひきつけて両側りやうわきで不恰好に汗を握つた拳がブルブル顫へて居る。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
藤次郎はがまがえるのように店さきの土に手を突いたまま身動きもしなかった。その顔色はあいのように染めかえられて、ひたいからは膏汗あぶらあせがにじみ出していた。
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは、出てくるというよりも、がまのごとく這い出てきたという方が、適当であった。それは、人間というよりも、むしろ、人間の残骸というべきであった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この時不動祠畔の茶店で麦酒を飲んだら、小せんが出てきたがまへ石を投げつけ、圓太郎が滝壺へ放尿した。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
豊後守は独語ひとりごとを言ひ/\、四辺あたりを見まはしながら、そつとその弁当を盗み食ひした。やつと食べてしまつたあとでは、腹は大名を鵜呑みにしたがまのやうに膨れてゐた。
牧場まきばの中には、美しい調子ちょうしふえのようながまのなく声が聞えていた。蟋蟀こおろぎするどふるえ声は、星のきらめきにこたえてるかのようだった。かぜしずかにはんえだをそよがしていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
毎日出てゆく義男のがま口の中に、小さい銀貨が二つ三つより以上にはいつてゐた事もなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
盤屈ばんくつして或いは蛇のように走り、或いはがまのような穴になっている、その間を程よくとり拡げて、徳利を納めるために他目わきめもふらず突っついていましたが、ふいと、また一つの物影が
大膚おおはだぎをたれ一人目にとめる者も無く、のさのさとがま歩行あゆみに一町隣りの元大工町へ、ずッと入ると、火の番小屋が、あっけに取られた体に口を開けてポカンとして、散敷いた桜の路を
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は東北人特有のがまん強さで、今朝から同じところにがまのようにしゃがんでいた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ゆうべお旗本のがま本多ほんだ部屋へやで、はんつづけて三ったら、いうてのにわか分限ぶんげんでの、きゅう今朝けさから仕事しごとをするのがいやンなって、天道様てんとうさまがべそをかくまでてえたんだが蝙蝠こうもりと一しょ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
右には武光むこう岩、鬼岩、がま岩、帽子岩、ただ見あぐる岩石の突屹相とっきつそう乱錯相らんさくそう、飛躍相、蟠居相ばんきょそう、怪異相、趺坐相ふざそう相相である。点綴てんてつするには赤松がある、黒松がある、矮樹わいじゅがある、疎林がある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかしありも戦争をする。はちもする。がまもする。その外よく見ると獣も魚も虫も皆たがい相食あいはむ。草木の類も互に相侵あいおかす。これも悲しいことだ。何だか宇宙の力が自然にそうさすのではなかろうか。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
柔かい靄の中に、雑夫の二本の足がローソクのように浮かんだ。下半分が、すっかり裸になってしまっている。それから雑夫はそのまましゃがんだ。と、その上に、漁夫ががまのようにおおいかぶさった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それはちょうど針かからしなの実をたずねるようであった。そして一生懸命になって捜したが、どうしても見つからなかった。それでもやめずにあてもなく捜していると、一疋のいぼがまが不意に飛びだした。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
彼は咒禁師の剣を奪いとると、再びはぎの咲き乱れた庭園の中へ馳け降りた。そうして、彼はがまたわむれかかっている一疋の牝鹿めじかを見とめると、一撃のもとにその首を斬り落して咒禁師の方を振り向いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
愛してはゐないの? あなたが尊重したのは私の地位と、私の妻の身分だつたのか? 今私があなたの良人をつととなる資格はないと思ふので、あなたはまるで、私ががまか猿か何ぞのやうに私の手から逃げるのですね。
おほきな、がまの形の足あとは
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
三十郎の姿はそれから間もなく、兵庫の家の裏庭にある、八ツ手の茂みの暗い蔭に、巨大ながまのようにかしこまって見えた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこの破れ垣根からむこうは、稲荷の森だったが、さっきからその辺を、無数のがまが這うようにうごいて来る人影があった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐らく先生はその時、夏の晩方、石だと思ってつかんだのが、がまであったときのような感覚をされたことだろうと思います。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
すると、曾根少佐は、そのがまのような口を、だしぬけに横にひろげ、白い大きな歯並をカイゼルひげの下に光らせた。にやりと笑ったのである。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私は無神経なること白昼のがまの如き冷然たる生物であつて、デリケートな彼はその点に於て最も敵対しがたいのである。
長島の死 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その恐ろしい陋屋ろうおくのうちの怪物どもの間に、神聖なる彼女を見いだそうとは、夢にも思いがけないことだった。彼はがまの間に蜂雀ほうじゃくを見るような気がした。
女の足もとには、あまり大きからざるがまの岩太夫、これは縄でしばられていて、つまらなそうにゴソゴソ這い出そうとするたびに、ぐいと引き戻される。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
平次はそんな事を言ひながら、相變らずの粉煙草をせゝりながち、若いがま仙人のやうに考へ込んで居ります。
黒色、暗紫色の直線、曲線は腰部にあらわれている著明な死斑と共に、煌々こうこうたる白光下に照し出されると同時に、そのままの色と形の蛇や、蜥蜴とかげや、がまとなって
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
根気よくつなぎ直させましたが、やはりがまつぶやくような、ぶつぶつ云う声が聞えるのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょうど路の曲り角を曲ったところで、むこうから来た背のばかに低い体の幅の広い人に往き会った。それががまの歩いているような感じのする男であった。丹治はいやな感じがした。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
身体をねじまげた無作法な像ばかりで、そのひざの間には火が燃えたち、ももにはがまへびい上がっていた。彼女は自分の本能を押えつけるのにれ、自分自身にうそをつくのに馴れた。