蝙蝠傘こうもりがさ)” の例文
私は生憎あいにくその日は学校の図書館から借出した重い書物の包を抱えていた上に、片手には例の蝙蝠傘こうもりがさを持っていた。そればかりでない。
お庄は着物を着替えて、蝙蝠傘こうもりがさを持って学校まで出かけて行った。そして路傍みちわきの柳蔭にたたずんで、磯野の出て来るのを待っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蝙蝠傘こうもりがさの上などに落ちて凍った雨滴を見ると、それが傘の面に衝突して八方に砕け散った飛沫がそのままの形に氷になっている。
凍雨と雨氷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「わかってる。ほら、あの隅んところに大きな蝙蝠傘こうもりがさを用意しておいたから、あれを拡げると、雨だって風だって防げるわけよ」
とにかく、こうして蝙蝠傘こうもりがさをさして、ゆらりと江戸の浅草の駒形堂の前の土を踏んだ白雲の恰好かっこうは、かなりの見物みものでありました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は足を爪立つまだてて台所へ出て、女中に病室へ行っているように差図した。それから帽子と蝙蝠傘こうもりがさとを持って、飛ぶように梯子段はしごだんを降りた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
漸っとそれが蝙蝠傘こうもりがさの下で、或る小さな灌木かんぼくの上に気づかわしげに身をこごめている、西洋人らしいことが私には分かり出した。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「義太夫は」「ようよう久しぶりお出しなね。」と見た処、壁にかかったのは、蝙蝠傘こうもりがさほうきばかり。お妻が手拍子、口三味線ざみせん
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車の屋根に乗っている連中は、蝙蝠傘こうもりがさや帽やハンケチを振っておれを呼ぶ。反対の方角から来た電車も留まって、その中でも大騒ぎが始まる。
(新字新仮名) / オシップ・ディモフ(著)
もうみんな、既に二本のパラソルさえ持っている人があるのに、菊枝はまだ、死んだ母がのこして行った古い蝙蝠傘こうもりがさを持っているだけであった。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
蝙蝠傘こうもりがさ張替修繕は好うがすの」と呼んで、前の往来を通るものがある。糸車のぶうんぶうんは相変らず根調をなしている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
お勢は大榎おおえのき根方ねがたの所で立止まり、していた蝙蝠傘こうもりがさをつぼめてズイと一通り四辺あたり見亘みわたし、嫣然えんぜん一笑しながら昇の顔をのぞき込んで、唐突に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
……画面には、高峰秀子扮するところのアプレ娘が、友達の生んだ私生児をおぶって、蝙蝠傘こうもりがさをさして、川べりを歩いている場面が映っていた。
早春 (新字新仮名) / 小山清(著)
「おらんだ人」と肩書きのある紅毛碧眼こうもうへきがんの異国人が蝙蝠傘こうもりがさをさした日本の遊女と腕を組んで、悠長ゆうちょうにそれを見物している。
銭占屋は二三日と私に約束して行ったが、遅れて七日めに、向地から渡ってきた蝙蝠傘こうもりがさの張替屋に托して二円送てくれた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
蝙蝠傘こうもりがさはすに肩にして二人は遊んでるのか歩いてるのかわからぬように歩いてる。おとよはもうもどかしくてならないのだ。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
次には路央みちなか蝙蝠傘こうもりがさを投じてその上に腰を休むるようになり、ついには大の字をなして天を仰ぎつつ地上に身を横たえ、額を照らす月光に浴して
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
渡し船にはここらによく見る機回はたまわりの車が二台、自転車が一個ひとつ蝙蝠傘こうもりがさが二個、商人らしい四十ぐらいの男はまぶしそうに夕日に手をかざしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
年はとっても女だけに蝙蝠傘こうもりがさで顔をかくして歩くのをなにかと言葉をかけながら並んでゆく。疲れきった体に日盛りの炎天七、八町はらくでなかった。
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
他の部屋には人夫にんぷ蝙蝠傘こうもりがさ直しや易者えきしゃ手品師てじなしたたき大工といったような手輩てはいが一緒くたにゴタゴタ住んでいた。
あらい蝙蝠傘こうもりがさの骨を張り拡げたような吊子つりこに、ピアノの鋼線に似た繊条が、細い銀蛇ぎんだのくねりのように、厳めしい硝子棒と二本の銅柱に押しあげられて居る。
鼻に基く殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「男持ちの蝙蝠傘こうもりがさを出して下さい。」「草履ぞうりを出して下さい。」「河を渡って桃を見に行くから。」私は必ずしも、男性にえているというわけではなかった。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小さい前栽せんざいと玄関口の方の庭とを仕切った板塀いたべいの上越しに人の帰るのを見ると、蝙蝠傘こうもりがさかざして新しい麦藁むぎわら帽子をかぶり、薄い鼠色ねずみいろのセルの夏外套なつがいとうを着た後姿が
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ある日、幹子みきこは学校へゆく途中で、この口のわるい連中に出会いました。むろんこの時、幹子は例の蝙蝠傘こうもりがさを持っていたので、たちまちそれが冷笑の的になりました。
大きな蝙蝠傘 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
この自分の恋がいかにも不憫ふびんでならず、その不憫さのあまりいきなり手放しでおいおい泣き出すか、さもなければ蝙蝠傘こうもりがさでもってパンテレイモンの幅びろな肩を
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ひげをそって、水色裏の蝙蝠傘こうもりがさを持って御出勤になる。大学までは、ほんの眼と鼻のところだのに、蝙蝠傘の装飾が入用なのだ。暑くても寒くても動じぬ人柄なり。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しまフラネルの薄きもて仕立てし。ジャケットに同じき色のズボンをはき。細きステッキを手にもちて。パナマハットの大形なるを頂き。わざと蝙蝠傘こうもりがさはもたざりけり。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
美「出る時は降るだろうと思ったから、蝙蝠傘こうもりがさだけは持って来たが、沢山たんとの降りも有りますまいか」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
代助はこう云って、嫂と縫子の蝙蝠傘こうもりがさを提げて一足先へ玄関へ出た。車はそこに三挺ちょうならんでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くつ下駄げたよりも草鞋わらじの方可なり。洋服蝙蝠傘こうもりがさよりも菅笠すげがさ脚袢きゃはんの方宜し。つれなき一人旅ことに善し。されど行手ゆくてを急ぎ路程をむさぼり体力の尽くるまで歩むはかへつて俳句を得難えがたし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
右手の落葉松からまつを植林した斜面を少し下り、下草の多そうな処へ寄り懸るように腰を据えて、藤島君は防水マントを被り、自分は木の幹や枝でばりばりに裂けた蝙蝠傘こうもりがさかざして
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
髪は夜会巻やかいまきというものに結って、静岡ではこのごろ、県令の奥様がしているといわれている舶来の蝙蝠傘こうもりがさを持って、散りしいている地上の花へ、傘の先で何やら描いていた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし西洋料理でもこしらえようとするものはテンピの一つ位買入れる熱心がなければとても駄目だめだ。今の人はどんな片田舎に至るまで男なら帽子をかぶる。女は蝙蝠傘こうもりがさを持って歩く。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
草山の出鼻を曲ると、やや曇った西の空に、蝙蝠傘こうもりがさひろげたような雪の山が現われた。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
一本の蝙蝠傘こうもりがさが谷川のあしの間を此方こちらに来るのは何かと見ていると、やがてその蘆間から現れ出たのを見ると、その蝙蝠傘の大きいのには似合わない一人の洋服を着た少女であった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
其時アッと思う間もなく細田氏はクルリと背後うしろを見せるが早いか蝙蝠傘こうもりがさを拡げたような恰好をして向うへ逃げ出しましたが、直ぐ左手にあった喫茶店へ大遽おおあわてで飛び込んだものです。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貞之助より身長の低いお春は、紅い腰巻を殆ど全部泥水に漬け、蝙蝠傘こうもりがさをさすことを断念してそれをつえの代りにき、流れに足を取られないように電信柱や人家のへいに掴まりながら
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これはそのきのこの大きくなるにつれて破れて了ふのです。又もつと大きくなつて、開いた蝙蝠傘こうもりがさのやうになるのもあります。そして又、もう腐れて、倒れてゐるのも沢山ありました。
骨を入れて蝙蝠傘こうもりがさのような形に作った白紙の笠、これとてもありきたりのものだが、何んとなく清々すがすがしくって、注意してみると、一カ所、針の先でいくつとなくあなを明けた所があった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
松山は蝙蝠傘こうもりがさをさし、半ちゃんは紺蛇目こんじゃのめをさしていた。絹糸のような雨は依然として降っていた。山田の塀の前を往きすぎると、半ちゃんが右側を歩いている松山の傍へ寄って往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「西洋人は地震を恐れる。以前この会社の社長をしていたハイゼなんかは地震というと蝙蝠傘こうもりがさをさして二階から飛び下りたものだ。君達は趣味が西洋人の趣味になっているからいけない」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それからこまごまとととのえたものには洋杖ステッキ蝙蝠傘こうもりがさ、藤いろ革の紙幣入かみいれ、銀鎖製の蟇口がまぐち、毛糸の腹巻、魔法罎、白の運動帽、二、三のネクタイ、もぐさいろの柔かなズボン吊、鼠いろのバンド
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蝙蝠傘こうもりがさを杖にして小さい扇を使っている女もある。それらの人々を当込あてこみに甘酒屋が荷をおろしている。小さい氷屋の車屋台が出ている。今日ではまったく見られない堀ばたの一風景であった。
御堀端三題 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
俊助は黙って、埃及エジプトの煙を吐き出しながら、窓の外の往来へ眼を落した。まだ霧雨きりあめの降っている往来には、細い銀杏いちょうの並木が僅に芽を伸ばして、かめ甲羅こうらに似た蝙蝠傘こうもりがさが幾つもその下を動いて行く。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのころ彼女たちは一家こぞって、蝙蝠傘こうもりがさの袋や子供洋服や手袋などのミシンかけを内職にしていたが、手間賃が安いので口に追っつけず
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山路で、大原女おはらめのように頭の上へ枯れ枝と蝙蝠傘こうもりがさを一度に束ねたのを載っけて、靴下くつしたをあみながら歩いて来る女に会いました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
亭としてたたずみつつ手にせる蝙蝠傘こうもりがさ打掉うちふるごとに、はっと散りてはまた集る、飯に寄る蠅、群る小児、持余してぞ居られける。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
JUCHHEIMと金箔きんぱくで横文字の描いてある硝子戸ガラスどを押しあけて、五六段ある石段を下りて行きながら、男がさあと蝙蝠傘こうもりがさをひらくのが見えた。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
身のたけ六尺に近く、黒き外套を着て、手にしぼめたる蝙蝠傘こうもりがさを持ちたり。左手ゆんでに少し引きさがりてしたがひたるは、ひげも髪も皆雪の如くなるおきななりき。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
人並はずれてせいが高い上にわたしはいつも日和下駄ひよりげたをはき蝙蝠傘こうもりがさを持って歩く。いかにく晴れた日でも日和下駄に蝙蝠傘でなければ安心がならぬ。