つづ)” の例文
なにごとも上ッ面だけをつづくり、いい加減に辻褄を合わしてすまして置くという不誠実な性情は、すでにこの頃に養われたのである。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
自分の親しく経歴したことをつづったら、人によったらあるいは一生涯に一つ二つ、吾々の想うようなものが出来るかも知れぬけれど
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
なぜならば、その文章が、まるでアメリカ人の書きそうな俗語の英語で、けっして外国人のつづったものとは思考されないからである。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
明日あしたから引っ込んでるがいい。店へなんぞ出られると、かえって家業の邪魔になる。奥でおん襤褸ぼろでもつづくッてる方がまだしもましだ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼の父は洋筆ペンや万年筆でだらしなくつづられた言文一致の手紙などを、自分のせがれから受け取る事は平生ひごろからあまり喜こんでいなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄も、私も、その人ごみのうしろに永いこと立ちどまり、繰り返し繰り返しつづられる同じ文章を、何度でも飽きずに読むのである。
一灯 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あの人はそれから、椅子に腰をかけて、抽斗ひきだしからきり紙撚こよりをとり出し、レター・ペーパーの隅っこに穴をあけてそれをつづりこんだ。
私は其の手紙をもう焼いてしまったので今日貴方にお見せするわけには行きませんが、大体こんな意味のことが書きつづられていました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
“Fire”“Conflagration”“Nonsense”などいろいろの英語が頭脳の中に黒くつづられながら現われた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
沖縄固有の和歌には仮令たといつたない所があっても純粋なのです。それにつづる歌と唱う歌とが一つなのです。このことは驚くべきことでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私のお話は、まことに他愛のないことですが、若い頃聴いた話をつづり合せて、仏像に恋をした話をまとめ上げて見たいと思います。
よく見ると簑は主に紅葉もみじの葉の切れはしや葉柄ようへいつづり集めたものらしかったが、その中に一本図抜けて長い小枝が交じっていて
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
饅頭、焼豆腐を取ってわざわざこれを三十一文字につづる者、曙覧の安心ありて始めてこれあるべし。あら面白の饅頭、焼豆腐や。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
いつかそこらは、しとどに夜露がつづっている。眉に似た月は、杉林の陰を離れ、そこから風の落ちてくるたびに、虫の音はみな息をひく。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以上私は裁判長ソルフ・マーラ判事の勧めによって、自分の書こうと思い定めたことだけは充分に書きつづってきたつもりである。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして彼女は一語一語にもったいをつけた。どの語も強調された。つづりが鉛の靴底くつぞこをつけて進んでゆき、各文句に一つの悲劇がこもっていた。
けれども、さすがの私も、後にはとうとう隠忍しきれなくなって、焦立いらだつ心持をそのまま文字に書きつづってやったのである。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯をつづってはいましたがその光はなんだかさっきよりは熱したという風でした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これは三年の前、小畑とゆうなるうたしるさんとくわだててつづりたるが、その白きままにて今日まで捨てられたるを取り出でて、今年の日記書きて行く。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
同じものは町奉行所にもあるが、それは報告する必要のある件だけで、こちらはその原本であるため、記事は煩瑣はんさなくらい詳細につづられていた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手紙は重吉といねにてたもので、病身でも充分に気をつけるから八重と結婚をしたいという、坂田の若者らしい熱情でつづられたものであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
背と腰には木葉をつづりたるものをまとひたり。横の方を振向ふりむきたる面構つらがまへは、色黒く眼円く鼻ひしげ蓬頭ほうとうにしてひげ延びたり。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
宮はそれ等をけがらはしとて一切用ること無く、後には夫の机にだに向はずなりけり。かく怠らずつづられし文は、又六日むゆかを経て貫一のもとに送られぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その会社の専務とかいう人に会った時に、この製鉄事件に関した文書のつづりを見せられたが、厚さ三ずんばかりもたまっていたのにはちょっと驚いた。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
暫らくしてS・S・Sというは一人の名でなくて、赤門の若い才人の盟社たる新声社の羅馬字つづりの冠字で、軍医森林太郎もりりんたろうが頭目であると知られた。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
びしよぬれになつてゐた日本紙でつづつた帳面を一枚一枚火鉢の火で乾かしながら、僕は実に強い不思議を感じてゐた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
もてアタマくだしに評し去るはあにに心なきの極ならずや我友二葉亭の大人うしこのたび思い寄る所ありて浮雲という小説をつづりはじめて数ならぬ主人にも一臂いっぴ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それで、としちゃんの学校がっこうでおてんをつけていただいた、つづかたや、かた答案とうあんなどをれておくものにされました。
古いてさげかご (新字新仮名) / 小川未明(著)
つづっていたてる女が覚えているのに「春鶯囀しゅんのうでん」と「六の花」の二曲があり先日聞かしてもらったが独創性に富み作曲家としての天分を窺知きちするに足りる
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は机の上の燭台しょくだいに火をともして、夜更よふけまで読書をしたり、奇妙な感想文を書きつづったりすることもあったが、多くの夜は、土蔵の入口に錠を卸して
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ついに怨みを買って蟄居ちっきょのあいだに死んだが、自分の経験を一冊のしょつづりて『桜花物語おうかものがたり』と題して子孫にのこしたが、その人は常に左の古歌を愛吟あいぎんした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
尤も我々の原稿用紙もいったんこれに小説が書きつづられたときには、これは又農民の土にもまさるいのちが籠るのであるが、我々の小説は一応無限であり
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
家は絨帳じゅうちょう穹盧きゅうろ、食物は羶肉せんにく、飲物は酪漿らくしょうと獣乳と乳醋酒にゅうさくしゅ。着物はおおかみや羊やくまの皮をつづり合わせた旃裘せんきゅう。牧畜と狩猟と寇掠こうりゃくと、このほかに彼らの生活はない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
文学上の事でも研究するとただちに俺は文学者になろうの新聞記者雑誌記者になろうのという考えを起し、小説の一つも書いてみたり論文の一つもつづってみて
青年の新活動方面 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
好いことはいつもひとられ年中嬉しからぬ生活くらしかたに日を送り月を迎うる味気なさ、膝頭ひざがしらの抜けたを辛くも埋めつづった股引ももひきばかりわが夫にはかせおくこと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「持っていたのは巻き奉書だ! そうして糸でつづった紙だ! ……そうだろうがな? その爺はどうした?」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それからフォーというのには Faux, Fauq, Faoucq の三とおりのつづり方があります。
そして、木の葉をつづった着物が脱ぎ捨ててあって、その上ににぎり飯が一つちょんと乗っかっていました。
泥坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ふと母親のことを思ったそんな豹一の心は紀代子にはわからず、綿々めんめんたる情を書きつづった手紙を豹一に送った。豹一はそれを教室へ持参し、クラスの者に見せた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
と、いうような意味の言葉を、一言ひとことずつ、つづるように言った。とはいえ、解けあわぬ兄妹きょうだいでも、遺骨は墓地に納めさせてくれてあったのを、その人々も知っている。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ランプの光で、書きものの今日のページをつづっていると、かすかな物音が聞えてくる。書く手を休めると、物音もやむ。紙をごそごそやり始めると、また聞えて来る。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
文士の筆として世間という奴という如き文字をつづるのは心の礼がないばかりでなく筆の礼も知らない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
むかし、むかし、大むかし、この木は山谷やまたにおおった枝に、累々るいるいと実をつづったまま、静かに日の光りに浴していた。一万年に一度結んだ実は一千年の間は地へ落ちない。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その踏破録を、シトロエン文化部の発表に先だって、これから物語風に書きつづろうとするのである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
或る人は一つの言葉にも或る特殊な意味をり、雑多な意味を除去することなしには用いることをがえんじない。散文をつづる人は前者であり、詩に行く人は後者である。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
足袋たび行縢を取り出し、洗濯衣、古肌着など取り出でて、ほころびを縫い破れをつづり、かいがいしく立ち働く、その間に村人は二人の首途かどでを送らんと、濁酒鶏肉の用意に急ぎぬ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
自分に欠けているものを身に着けるために勉強する便宜も得られますし、また月が私に語ってくれた話をそれこそゆっくり楽しみながらつづることも出来ようというものです。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
この一篇をつづるに先だち断わり置くは単に兎と書いたのと熟兎なんきんと書いた物との区別である。
ただの恋愛談を技巧だけでつづってあるような小説に業平朝臣なりひらあそんを負けさせてなるものですか
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それまでは学校教育もろくに受けておらず、物を書くのにもつづりがまちがいだらけというありさまであったが、このコリンの助力のおかげで学校へも行けるようになったのである。
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)