空虚うつろ)” の例文
らうこゝろをつけて物事ものごとるに、さながらこひこゝろをうばゝれて空虚うつろなりひとごとく、お美尾みを美尾みをべばなにえとこたゆることばちからなさ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
主人八郎兵衛と番頭、度を失って挨拶も忘れたものか、蒼褪あおざめた顔色も空虚うつろに端近の唐金から手焙てあぶりを心もち押し出したばかり——。
そしてわたしの声は、この空虚うつろのなかに、わびしくひびくが、誰ひとり聞く者はない。……お前たち、青い鬼火も、聞いてはくれない。
私は道雄の豹変ひょうへんを責めるよりも、丈五郎の暴虐を恨むよりも、形容の出来ない悲愁に打たれて、胸の中が空虚うつろになった感じだった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あなたがお家にゐらつしやればいゝと思ひました。この部屋に這入つて來ると、空虚うつろの椅子や火のの無い爐が私に身顫ひさせました。
孤児みなしごは、頑固かたくななものと、沢庵はあわれにもなったが、その頑固な心の井戸はつねに冷たい空虚うつろをいだき、そして何かにかわいている。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それどころか世にはこんな珍しい存在ものがあるのか、と云ったぼんやりした感嘆が房子の空虚うつろな瞳には少しづつ浮んで来た。
五月 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
しかし病気はなおっても、恋人を失ったためにできた心の空虚うつろは決して満たされませんでした。彼女のいなくなった町は私には砂漠同然でした。
悪魔の聖壇 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
塚のやや円形まるがた空虚うつろにして畳二ひら三ひらを敷くべく、すべて平めなる石をつみかさねたるさま、たとえば今の人の煉瓦れんがを用いてなせるが如し。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼女かのじょのとうに死んでいる友人と話し合ってでもいると言ったような、空虚うつろまなざしがまざまざと蘇ってくる……と思うと
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しかし、額は冷たくて、眼は、空虚うつろであった。何を見ているのか判らなかったし、何処にいるのかも、判断できなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
空虚うつろな高笑いをしたっけ。実にサッパリしたいい度胸だったが、聞いてる吾々は笑おうにも笑えない気持がしたよ。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女等のすつかり空虚うつろになつた顏に漂つてゐる、濃厚な、ほとんど榮養分に富んでゐるやうな微笑は、彼女等が屡
貴方という竪琴のいとが切れてからというものは……それからというもの……私は破壊され荒され尽して、ただ残滓かすと涙ばっかりになった空虚うつろな身体を
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
閑枝の空虚うつろな心は、押し潰されるような驚きに打たれた。全身がわなわなと慄えた。青白い顔に血の気が上った。
仙人掌の花 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
Kさんも、私も何か或る緊張から解放されたやうな空虚うつろな心持で、默したまま靜かに歩いた。雲が切れたのか、明るい光線がぱつと私達の背後から輝いた。
修道院の秋 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
その空虚うつろには人が二三人も並んで通られる位だ。すべての普請は荒普請である。この殺風景なうちに人を殺しても構わぬというような手合が住んでいる処だ。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その視点がいつも空虚うつろに向けられているということが特徴であるようだが、その視線は、やはり、普通の人と同様に、物を言う相手に向けられている——すくなくとも
花筐と岩倉村 (新字新仮名) / 上村松園(著)
自分の心は全く空虚うつろになつた。悲しいとも、淋しいとも、嬉しいとも、何とも思ふ事が出来ない。たゞ非常に心持がよくて堪へられない事だけを意識するにとどまつてゐる。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その刺青こそは彼の生命のすべてゞあった。その仕事をなし終えた後の彼の心は空虚うつろであった。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
中野の友人にやって来たというような倦怠は、彼にもやって来た。曾て彼の精神を高めたような幾多の美しい生活を送った人達のことも、皆空虚うつろのように成ってしまった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まるで意識こころの伴はぬ空虚うつろな動作で何かと辺りへ爪繰るやうな手を動かしたが、煮えたつ鍋にふと手を掛けてアッと叫びさま指を銜え、大袈裟に音けたたましく後退あとじさりした。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
空虚うつろな消費的な気分で映画をみる或る種の若い女の話術の一典型が在るばかりだと思われる。
彼女のどんよりした眼は心の空虚うつろをあらわし、また彼女が体を揺すぶっているのは自己の意志で動かしているのではなく、神経作用の結果であることを誰でも考えるであろう。
空虚うつろのように歯の抜けた感じを暮れかかる夕陽の妙に明るい空気の中へ響かせてきた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
結婚はいつだ、とその後、矢野に打撞ぶつかれば、「息子は世間を知らないよ、紳士、淑女の一生の婚礼だ、引きつけで対妓あいかたきまるように、そう手軽に行くものか、ははは。」とわらいの、何だか空虚うつろさ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そちらから御覧ごらんになったら私達わたくしたち世界せかいはなはだたよりのないようにえるかもれませぬが、こちらから現世げんせりかえると、それはくらい、せせこましい、空虚うつろ世界せかい——おもなおしてても
私の心は、人気のない大きな伽藍のやうに空虚うつろになつて、どんなかすかな物音にも、慄へるやうな反響を全身に伝へる——私は私の耳が、丁度猫の耳のそれのやうに、ひく/\と動くやうにさへ思ふ。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
魂がもはや空虚うつろになったような気持ちであった。
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は、空虚うつろな視線を妻の方に差し向けながら
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「秋郎さん」夫人の空虚うつろな声が呼びかけた。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
俯伏うつぶせ干潟ひがたをわぶる貝の葉の空虚うつろの我も
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
まちの子はたはむれに空虚うつろなるくわんたたき
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
空虚うつろの眼をして立っていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そらをうつして空虚うつろな川と
春と修羅 第三集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その空虚うつろな石の家を
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と、疑っても疑いきれないように父の半蔵は眼を空虚うつろにしたまま自失していた。さすがの苦労人である叔父の鉄之丞すら唖然としていて
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬の雪があのがらんとしたアーチから吹き積り、冬の雨があの空虚うつろになつた窓枠から降り込んだと、私は思つた。
と私は空虚うつろな声を出した。話の模様があんまり唐突とっぴに変化したのに面喰いながら若林博士の蒼白い顔と、額縁の中の斎藤博士の微笑とをかわる交る見比べた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんなわびしい冬の旅を続けている自分のその折その折のいかにも空虚うつろな姿が次から次へとふいと目の前に立ち現われて、しばらくそのままためらっていた……。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それは、驚異などという言葉では、とうてい言い表わせない、むしろ恐ろしい、空虚うつろのように思われた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
隙間すきまもるかぜおともなくせまりくるさぶさもすさまじ、かたすゑおもひにわすれて夢路ゆめぢをたどるやうなりしが、なにものぞほとけにその空虚うつろなるむねにひゞきたるとおぼしく
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そう思うのは思い過しかも知れないが、私は病人の眼を見ると、何かそのことと関聯のある妄想もうそうが、あの空虚うつろな瞳の奥に浮かんでいるのではあるまいか、という気がした。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かつ空虚うつろのように捨吉の眼に映った天井の下、正面にアーチの形を描いた白壁、十字を彫刻きざんだ木製の説教台、厚い新旧約全書の金縁の光輝ひかり、それらのものがもう一度彼の眼にあった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
贅沢ぜいたくな長椅子や座蒲団クッション卓子テエブルなぞがいかにも王子の応接間らしい豪奢ごうしゃな飾り付けを見せていたが、主のない部屋の中は寒々とした一抹の空虚うつろをどことなく漂わせているように感じられた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
俊太郎は、少し口を開いて、時々、肩で、呼吸いきをしながら、狂的な空虚うつろな眼を光らせて、ピンセットで、誘導線を直したり、スイッチを捻って、ベアリングの運動を試めしたり——そして
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
星田はさっきよりも一層蒼褪あおざめて、空虚うつろな目をオドオドさせて、口籠くちごもった。
私はひよいと或る空虚うつろを心の中に意識せずにはゐられなかつた。
疑惑 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
彼は、空虚うつろな視線を妻の方に差し向けながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さがさへも、うつけたる空虚うつろに病みぬ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)