しっか)” の例文
工場委員会などをしっかりと統制し、過渡的なソヴェト社会の具体的困難を突切って、社会主義的な生産を高めて行かなければならない。
その最後の病床で、堺屋の妻は、木下の小さい体をしっかり抱き締めて、「この子供はどうしてもあたしの子」とぜいぜいいって叫んだ。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この二句浮華軽佻ならぬ性格をしっかりと出している。せん女氏は大正女流中の年長者、墨絵の如く葛布の如き手ざわりの句風である。
大正女流俳句の近代的特色 (新字新仮名) / 杉田久女(著)
「簡単に申しますと!」と松川理学士も、相手が子供に似合わぬしっかりした容子ようすなのに幾分力を得たらしく、膝を乗り出していった。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
總「何うした/\、きまりだ、吐血だ、だから酒を飲んじゃアかねえと云うのだ、何う云うものだこれ喜助しっかりしろ、喜助/\」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あの女隠居はなかなかしっかり者らしいが、その確り者が命がけで耳をすましていて聞えない物音を、曲者だけが聞いて逃出すはずはない。
この時、多四郎は右の手をまた懐中ふところへ差し込んだが何かしっかりと握ったらしい。と、じっと眼を据えて権九郎の背中を睨んだものである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし撃剣よりは興味があるので、父にせがんで弓矢を買ってくれといったが、父は、弓など射るよりしっかり撃剣をせよと叱った。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ドクドクドク……と彼女の早い皷動、その間を縫って、ゴクン、ゴクンとしっかりした非常に遅い皷動が、どこからか伝わって来る。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
裏漉うらごしにして徳利のような物へ入れて一時間ばかり湯煎ゆせんにしてそれからびんへ詰めて口の栓をしっかりしておけば何時いつまでも持ちます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「浮いた稼業と言ったって何も銘酒屋女になる訳ではなしさ、そりゃ色んな男も来ようけれど、あたしの心さえしっかりして居れば大丈夫だわ。」
女給 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
私はその場合、その場で腰を抜かしてしまったのでは逃げられないから、腰の蝶番ちょうつがいだけをしっかりさせて置いて、逃げた逃げた。
老狸伝 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「それに鶴さんは、着物や半衿はんえりや、香水なんか、ちょいちょい北海道あちらへ送るんだそうだよ。島ちゃんしっかりしないと駄目だよ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
成程と思って、其処をそういう風に考えながら拵えたら、丸でこれまでのと違ってしっかりして動きのないり所が出来た。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
欝金うこん風呂敷ふろしきつつんで、ひざうえしっかかかえたのは、亭主ていしゅ松江しょうこう今度こんど森田屋もりたやのおせんの狂言きょうげん上演じょうえんするについて、春信はるのぶいえ日参にっさんしてりて
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ひとりしていかにせましと侘びつれば、……の、静かな吹きはじまりのひと時は、生絹の心をしっかりととらえて行った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
もつと/\しっかりした智識が欲しい。中島氏訳の「サアニン」をよんだ。すつかり引きつけられたやうな気持がする。
すなわちその能の最後の責任は常に監督の双肩に在るので、監督がしっかりしていないと主演者は安心して舞えない。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
時計は赭黒あかぐろい宗近君のてのひらしっかと落ちた。宗近君は一歩を煖炉に近く大股に開いた。やっと云う掛声と共に赭黒あかぐろい拳がくうおどる。時計は大理石のかどで砕けた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分の気持が、しっかりした対象に向つてこぢれてゆくことが、せめて彼女自身の心だけにでも信じられたならば、恐らく光代は満足だつたにちがひないのである。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
のみならず歴史の上に立つということは、丁度しっかりした大きないしずえの上に家を建てることと同じでありまして、これほど安全なまた至当なことはないでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すると、私の声と同時に、給仕でも飛んで出て来るように、二人の男が飛んで出て来て私の両手をしっかりとつかんだ。「相手は三人だな」と、何と云うことなしに私は考えた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
うつしけめやも」、うつつごころに、正気で、しっかりして居ることが出来ようか、それは出来ずに、心が乱れ、茫然ぼうぜんとして正気しょうきを失うようになるだろうという意味に落着くのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
媛神 まだ形代かたしろしっかり持っておいでだね。手がしびれよう。うば、預ってお上げ。(巫女受取って手箱に差置く)——お沢さん、あなたの頼みは分りました。一念は届けて上げます。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しっかりつかまってろ。(切れた捕縄を投げて)さあ、そいつにつかまれ——あがって来い。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
おまえの髪としっかり結びあわ喼喼きゅうきゅう如律令にょりつりょうとなえて谷川に流しすてるがよいとの事、憎や老嫗としよりの癖に我をなぶらるゝとはしりながら、貴君あなた御足おんあし止度とめたさ故に良事よいことおしられしようおぼえ馬鹿気ばかげたるまじない
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
このわたしの唇は何日いつしっかり結んでいて高慢らしく黙っていたのだが、今こそは貴女あなたの前にひざを突いて、この顫う唇を開けてわたくしの真心が言って見たい。ああ、何卒どうぞ母上を呼んでくれい。
このしっかりした男は役者である。それを作者と誤って訳した。すぐその跡で、道化方が作者にブラアヴであれと云っているので、誤ったのである。イギリス訳には役者と云う語が入れてあるのがある。
不苦心談 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
するとお前は藻西を見たのだね、其顔をしっかみとめたのだね女
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
どうといふしっかりした理由があつたとは思はれない。
姦淫に寄す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
私が自分に求めているだけの闊達かったつさ、強靭きょうじんさ、雄大さはまだわがものとしていません、まだその手前での上手うまさであり、しっかりさである。
驚きのうちにも、職業的冷静さを取り戻した酒井博士は、これも案外しっかりして居る濤子夫人を励まし乍ら、最善を尽して看護して居ります。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「これこれ紋兵衛殿どうしたものだ。拙者は鏡葉之助でござる。山吹などとは何事でござる。心をしっかりお持ちなさるがよい」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
気の利いた所が菊五郎きくごろうで、しっかりした処が團十郎だんじゅうろうで、その上芝翫しかんの物覚えのよいときているから実に申分もうしぶんはございません。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
絵は今遺っているものなど見ても子供とは思えぬような、なかなかしっかりしたものを描いていて、その頃の展覧会などに出して賞を貰ったりしている。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
液は二度ばかりしてモー一度火へかけて二十分間も煮て壜へ詰めて栓をしっかりしておくと一年でも二年でも持ちます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「祐吉、おまえもっとしっかりせんと駄目だぞ、そんなにのらくらしているとわしが死んでも遺産を分けてやらんから」
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わたくしを追い出したってカテーテルの待ち伏せをどうすることも出来ないでしょうにと、このしっかり者は言った。
そうした理屈のわからない残忍極まる大佐の態度を見ると、私はイヨイヨしっかりと候補生を抱え上げてやった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小柄でいながらしっかりした肉付の背中を持っていて、稍々やや左肩をそびやかし、ほっそりしたくびから顔をうつ向き加減に前へ少し乗り出させながら、とっとと歩いて行く。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「大丈夫だから、御取んなさい」としっかりした低い調子で云った。三千代はあごを襟の中へうずめる様に後へ引いて、無言のまま右の手を前へ出した。紙幣はその上に落ちた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朱の盤 姥殿、しっかり。(姫をかぼうて大手を開く。)
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(一番しっかりしていそうな根吉を指ざす)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「これから、お糸と金五郎を添わせるのが一と仕事だ、が、お互同士の気さえしっかりしていれば、何とかならない事はあるまい」
「そりゃ恋人には危っかしくたって面白い人がいいけど、良人には、一寸退屈だって永持ちのするしっかりした人でなくっちゃ」
アンネット (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「幹様!」というと荻野八重梅、両手を延ばすとしっかりと、幹之介の両足を抱きしめた。「あなたをだました荻野八重梅! 悪い女でございます」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
新「我慢してお出でよ、私がおぶいが、包を脊負しょってるからおぶう事が出来ないが、私の肩へしっかつかまってお出でな」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
虎之助は老人を見た、老人はゆっくりした動作で、然もひと鍬ひと鍬を娯しむもののように土を掘り起こしている、その姿はいかにもしっかりと大地に据って見えた。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
茎が固くってしっかりしていれば新しくって虫もいないのです。茎がやわらかで押すとへこむようなのは古いのです。新しくってもたちの悪いのはえている時から虫がいます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
花桐は紙きれをたたんで、ひとすじの帯を窓からさげると、その端をしっかりと倉の柱に結び付けた。それは彼女の手ではとうてい男一人を支えきれないためであった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)