真鍮しんちゅう)” の例文
旧字:眞鍮
少女は自働車のまん中にある真鍮しんちゅうの柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎あいにくどちら側にもいている席は一つもない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見込み「けつぱなしてだれも居ねえのか、この開帳で人の出るのに」とかます烟草入たばこいれ真鍮しんちゅう煙管きせるを出し「何だ火もねえや」といひ
トムは、ポケットをさぐって、真鍮しんちゅう貨幣ダラを出してみせた。貨幣の両面には、淫媚いんびな清国人の笑い顔がポンチ絵風に浮かしてあった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鍍金めっききんに通用させようとする切ない工面より、真鍮しんちゅうを真鍮で通して、真鍮相当の侮蔑ぶべつを我慢する方が楽である。と今は考えている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
障子が段々だんだんまぶしくなって、時々吃驚びっくりする様な大きなおとをさしてドサリどうと雪が落ちる。机のそばでは真鍮しんちゅう薬鑵やかんがチン/\云って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
こん看板に梵天帯ぼんてんおび真鍮しんちゅう巻きの木刀を差した仲間奴ちゅうげんやっこ、お供先からぐれ出して抜け遊びとでも洒落しゃれたらしいのが、人浪ひとなみを分けて追いついた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
真鍮しんちゅうの小判だの肖像入の黄財布だのを福の縁起だといって見物に売るという噂を耳にした、お蘭は立っても居てもいられなかった。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
真鍮しんちゅうの燭台で打ちかかるものや飛附いてくるものを、父は黒骨の扇——丁度他家からおくられた、熊谷直実くまがいなおざねの軍扇を摸したのだという
飾り立てた真鍮しんちゅうや銅の自在、丸輪五徳まるわごとくや吉原五徳、さては火箸、灰均など。中で北の国だけのものと思われるのは「炉金ろがね」であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
柄のついたパイプ型真鍮しんちゅう製の小容器でコーヒーを濃く煮ている光景にぶつかるが、そういうコーヒーの飲みかたは日本に伝わらなかった。
カフェー (新字新仮名) / 勝本清一郎(著)
或日彼は、アンティフォンという男に向って、真鍮しんちゅうはどこから出るのが一番いいかとたずねました。すると、アンティフォンは
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
或る日、私の父が、私のために小さな竜を彫った真鍮しんちゅう迷子札まいごふだを手ずからこしらえてくれた。それが私にはいかにもうれしかったのだろう。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しかも手すりの真鍮しんちゅうをつかまりながらいるので、手はだらりと冷たく凍えあがったように垂れていた。そのとき番人はあわてて
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
背後から、あいにくとこの日は看護婦が言って、真鍮しんちゅうののう盆を出した。固くなった俺のヨシコを見て、看護婦は顔をそむけた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
上には、筆硯ひっけんは片隅で、真鍮しんちゅうの細長い卦算けいさんが二、三本と、合匙ごうひといいますか、薬を量る金属の杓子形しゃくしがたのが大小幾本もありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
……『真鍮しんちゅうの城の眷族けんぞくども』に迫害されるという事も、こういう意味から云う時は、肉身刑罰の一つとして甘受かんじゅすべきものかもしれません
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丸の内の一かく赤煉瓦あかれんが貸事務所街のとある入口に、宗像研究室の真鍮しんちゅう看板が光っている。赤煉瓦建ての一階三室が博士の探偵事務所なのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もとの真鍮しんちゅうの振り子の蔭に消え込んでしまうと、彼女は頭を使い切ってしまった人のように、両手を顔に当ててグッタリとなってしまった。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鉄や真鍮しんちゅうでできた門を通り、鉄石の壁をこえ、城の本丸に入りこみ、意中の女がとじこめられているところに行けばよかった。
私と向い合うと、立掛けてあった鉄砲——あれは何とかいう猟銃さ——それを縦に取って、真鍮しんちゅうふたを、コツコツ開けたり、はめたりする。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十吉は退屈まぎれに、木蔦のいつぱいに絡みついてゐる古びた石の門柱へ歩み寄つて、それに掛けてある横ながの真鍮しんちゅうの標札を眺めはじめた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
伸子と秋山宇一、内海と素子と前後二列になって、座席の角についている真鍮しんちゅうのつかまりにつかまって立っているのだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その室内に神棚があって、その棚の上に厨子ずしがあり、その中に五十銭銀貨大の霊鏡をかけ、その前に相馬焼の湯飲みと真鍮しんちゅう製の灯明台がある。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
葭簀よしずを立掛けた水茶屋の床几しょうぎにはいたずら磨込すりこんだ真鍮しんちゅう茶釜ちゃがまにばかり梢をもれる初秋の薄日のきらきらと反射するのがいい知れず物淋ものさびしく見えた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と言って山崎譲が、七兵衛の手につまみ上げたものを見ると、それは径一寸ばかりの真鍮しんちゅうの輪にとおした、五箇いつつほどの小さな合鍵でありました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
バーゲルスガーデかどの時計店ナアゲルで、伯爵夫人イェルヴァが、自分で身分柄にも似ず、縦十インチ幅八インチくらいの真鍮しんちゅうの安物の歌いオルゴール時計を買った。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その下は押入れになっている。煖炉があるのに、枕元まくらもと真鍮しんちゅうの火鉢を置いて、湯沸かしが掛けてある。そのそば九谷くたに焼の煎茶せんちゃ道具が置いてある。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
宗平は真鍮しんちゅう煙管キセルたばこをつめつつ語る、さして興味ある物語でもないが、こうした時こうした場所では、それもおもむきふかくきかれたのであった。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
真鍮しんちゅうのボタンのべたべたと附いた、サフラン色の軍服のような服を着て、真黒な濃い髪の毛を頭のまん中から分けて居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
真鍮しんちゅうの潰れた煙管きせるを出して行燈の戸を上げて火をつけようと思うが、酔って居て手がふるえておりますからが消えそう
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
狐はだまって今度は真鍮しんちゅうのてすりのついた立派なはしごをのぼりはじめました。どうして狐さんはあゝうまくのぼるんだらうと仔牛は思ひました。
黒ぶだう (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その街並は、皆大きな陰鬱いんうつ煉瓦建れんがだてでした。その一つの家の、正面の扉の上に、真鍮しんちゅうの名札が輝いていました。そこに黒でこう彫ってありました。
銃口にはめた真鍮しんちゅうの蓋のようなものを注意して見ているうちに、自分が中学生のとき、エンピール銃に鉛玉を込めて射的しゃてきをやった事を想い出した。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
新吉は黒い指頭ゆびさきに、臭い莨をつまんで、真鍮しんちゅう煙管きせるに詰めて、炭の粉をけた鉄瓶てつびんの下で火をけると、思案深い目容めつきをして、濃い煙をいていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
で、もし、この粉を真鍮しんちゅうか鉄の筒にうまく詰めてやると、それは恐ろしい力と速さで遠くへ飛ばすことができるのです。
「はてな。これは何だろう」刑事の一人が寝台の下から、真鍮しんちゅうの小さな鈴を拾いあげた。この刑事は、荒広介という部長で、県内きっての探偵だ。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しまった大きな門の傍に、灰色の兵隊外套を着てアキレスめいた真鍮しんちゅうのかぶとをかぶった小がらな男が、一方の肩で門にもたれながら立っていた。
すなわち水晶管の頭にそれにきっちり合う真鍮しんちゅうかんむりをかぶせ、その冠のあなから導線を引き出して、はんだでつける。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
今日まで三年の間余は為事をたすけ余と苦心を分って来たペンが紛失した。余はがっかりした。今日は書きにくい真鍮しんちゅうのペンで「裸婦」十五枚程書いた。
アンドレア李旦の船は三二段帆のさよぶね(和蘭造りの黒船)で、和船わせん前敷まえしきにあたるところに筒丈つつだけ、八尺ばかりの真鍮しんちゅうの大筒を二梃据えつけてあった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女はそこに置いてある火鉢から細い真鍮しんちゅう火箸ひばしを取って見て、曲げるつもりもなくそれを弓なりに折り曲げた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
入口は扉式になっていて、握りの代りに真鍮しんちゅう手摺てすりのようなものがとりつけてあった。酔客が掴まえて開くのに便利なように考案したものなのかも知れない。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
平次が帳場格子の前にしゃがむと、品吉は埋み火の煙草盆を押しやって、自分も真鍮しんちゅう煙管きせるを取上げました。
またインドから銀塊、銅、鉄、真鍮しんちゅうの類が沢山輸入され、このほかに西洋小間物と日本燐寸マッチも多く入るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ぼくをよく知っている工場の人たちなら、それがたいへん質のいい真鍮しんちゅうであることを一目でいいあてる。実際ぼくの身体はぴかぴか光ってうつくしいのである。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
すすけた、かびの臭いとも、ほこりの臭いともつかないような、妙な臭いのしている部屋の中にお盆灯籠ぼんどうろうのような、真鍮しんちゅうの吊ランプが一つ、ほの暗い光をなげていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
仏壇にはあかりがついていて、はすの葉の上にそなえた団子だの、茄子なすや白瓜でつくった牛馬だの、真鍮しんちゅうの花立てにさしたみそ萩などが額縁がくぶちに入れた絵のように見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「うなり」は鯨を第一とし、次ぎはとうであるが、その音がさすがに違うのである。また真鍮しんちゅうで造ったものもあったが、値も高いし、重くもあるのですたってしまった。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
借金はずいぶん昔からの泥沼で、ラテン人たちはこれを aes alienum「他人の真鍮しんちゅう」という。かれらの貨幣のあるものは真鍮でできていたからである。
それをあの子は知らなんだ。昼間も大抵一人でいた。盆栽の花に水を遣ったり、布団のちりはらったり、扉のつまみ真鍮しんちゅうを磨いたりする内に、つい日はってしもうた。