相好そうごう)” の例文
すさまじい相好そうごうですが、美しさは一入ひとしおで、鉛色に変ったのどから胸へ、紫の斑点のあるのは、平次が幾度も見ている、「石見銀山鼠取いわみぎんざんねずみとり」
それと同時にかかる相好そうごうを覚え置いて人を罵るに用いた輩も多かったと見え、『四分律』三に人の秘相を問いまた罵るを制しあり。
闖入者は、このキュラソーの一瓶を戸棚の中から、かつぎ出すと、まるっきり相好そうごうをくずしてしまって、至祝珍重のていであります。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしぎわと云っても額の真中か耳のうしろかどこかにちょっぴりあとが附いたぐらいを根に持って一生相好そうごうが変るほどのすさまじい危害を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが、それけでは駄目だ。いくら色艶いろつやがよくなったとて、顔の相好そうごうが生きては来ない。死人か、でなければ生命いのちのない人形だ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もし往来で突然出逢ったならば、おそらく自分の雇い人とは認められないであろうと思われるほどに、Fの相好そうごうはまったく変わっていた。
見違えるほどやつれ果てた顔に、著しく白髪しらがの殖えた無精髯ぶしょうひげ蓬々ぼうぼうと生やした彼の相好そうごうを振り返りつつ、互いに眼と眼を見交みかわした。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかも、其四十九重の宝宮の内院に現れた尊者の相好そうごうは、あの夕、近々と目に見たおもかげびとの姿を、心にめて描き顕したばかりであった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
瑠璃子の嫣然たる微笑を浴びると、勝平は三鞭酒シャンペンしゅよいが、だん/\廻って来たそのおおきい顔の相好そうごうを、たわいもなく崩してしまいながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
樺は一見神経質らしい、それでいやに沈着おちつきすました若い男で、馬も敏捷びんしょう相好そうごうの、足腰のしまった、雑種らしい灰色なんです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は思いがけない吉報に何とも言いようがなく覚えず相好そうごうを崩したらしい。笑うまいとしても頬の筋肉が緩んで仕方がない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
または小鼻やほおへかけて、小さなしわを寄せ、相好そうごうをくずして笑い、時とすると、急にたまらなくなって全身を揺ぶっていた。
小幡民部こばたみんぶ民蔵たみぞうが、なにをささやいたものか、梅雪ばいせつはたちまち慾ぶかいその相好そうごうをくずして、かれのねがいを聞きとどけた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折角の相好そうごうもどうやら崩れそうに成ッた……が、はッと心附いて、故意わざと苦々しそうに冷笑あざわらいながら率方そっぽうを向いてしまッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今朝に引きえて、はなはだ静かな姿である。俯向うつむいて、瞳の働きが、こちらへ通わないから、相好そうごうにかほどな変化を来たしたものであろうか。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの娘、まるで相好そうごうがかわってしまった。屈託らしい顔が、急に生き生きとかがやき出した。ふ、ふ、この三郎兵衛さまの眼光におそれ入ったか?
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
焚火の光にぼんやり照らされ、闇に浮き出た二人の顔は、源之丞でもなければ園女でもなく、百歳を過ごしたじょううばの、醜い恐ろしい相好そうごうであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……おことばには——相好そうごう説法——と申して、それぞれの備ったおん方は、ただお顔を見たばかりで、心も、身も、命も、信心がおこるのじゃと申されます。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その伊豆がある朝突然久方振ひさかたぶりに痴川を訪ねて来たので、痴川は吃驚びっくりするいとまもなくみるみる相好そうごうを崩して喜んだ。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
円満具足えんまんぐそく相好そうごうとは行きませんかな。そう云えばこの麻利耶観音には、妙な伝説が附随しているのです。」
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬鹿です。ぼくは相好そうごう崩して喜んだらしい。「チャアミングよ」というお嬢さんもいれば、「日本人で、こんなに大きい。スプレンディッド」というひともいる。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
見たところ、いかにもみすぼらしいが、『旦那だんならしい』服装をしている。顔からも血が流れ、額は一面に傷だらけで、皮ははげ、目も当てられぬ相好そうごうをしていた。
「誰かと思えば、其許はいつぞやの町人じゃな——。」と、案に相違して玄内は相好そうごうを崩していた。
半蓋馬車ブリーチカがポーチに近づくにつれて彼の眼はだんだん嬉しそうになり、相好そうごうが次第に崩れて行った。
わかきより日に弥陀仏を念じ、行年四十以後、其志弥々いよいよはげしく、口に名号を唱え、心に相好そうごうを観じ、行住坐臥ざが、暫くも忘れず、造次顛沛てんぱいも必ず是に於てす、の堂舎塔廟とうびょう
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すると陳さんは且つは驚き、且つは相好そうごうをくずして、芸術家がかくも一堂に会するはめでたいことだなどと言いながら、野呂のコップにもせっせと老酒を注いでやりました。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しかし筋肉を怒張させ表情のありたけを外面に現わしたそれらの相好そうごうよりも、かすかなニュアンスによって抑揚をつけた静かなこの顔の方が、はるかに力強く意力を現わし
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「接吻だけはせというが、こうしずにはいられない」と状貌魁偉かいいと形容しそうな相好そうごうくずして、あごの下に猫をかかえ込んでは小娘のように嬉しがって舐めたりさすったりした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
辰男は急病で死んだため、顔の相好そうごうに大した変化を見せなかったが、自分と同い年で、従兄弟たちの中でも一番親しい遊び相手であったということが、次郎の感傷をそそった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
葉子はそれでもこんかぎり我慢しようとした。階子段はしごだんをしとやかにのぼって愛子がいつものように柔順に部屋へやにはいって来た。倉地は急に相好そうごうをくずしてにこやかになっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その後は一心に修業を積んで、年こそ若けれ、ゆくゆくは泰親の一の弟子とも頼もしゅう思うていたに、きょうは俄にお身の相好そうごうが変わって見ゆる。みだりにおどかすと思うなよ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
背を高くそびやかし耳を伏せて恐ろしい相好そうごうをする。そして命掛けのような勢で飛びかかって来る。猫にとっては恐らく不可思議に柔かくて強靭な蚊帳の抵抗に全身を投げかける。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
教場でむつかしい顔ばかりしていた某教授が相好そうごうを崩して笑っている。僕のすぐ脇の卒業生をつかまえて、一人の芸者が、「あなた私の名はボオルよ、忘れちゃあ嫌よ」と云っている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかし孫四郎の冷たい表情の裏には同じ相好そうごうの運命の顔があるような気がした。
……そこで翌日、私は、奇蹟きせきを見たような顔をつくり、まったくそのとおりだったと報告する。大チャンは相好そうごうをくずし、茶色い顔をてかてかにかがやかせてうなずくのだ。そしていう。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
百松 さすがの大番頭さんも、女がいいので相好そうごうを崩したというのかね。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉きょくび豊頬ほうきょうゆったりとした柔和にゅうわ相好そうごう、少しも近代生活の齷齪あくせくしたさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔ひごけが真白について居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひょろ松が、相好そうごうをくずしてあわて出すのを、顎十郎は手でおさえ
ミネが聞くと、レイ子はいかにもそれが自慢らしく相好そうごうをくずして
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
日本に仏教がさかんになってから、仏像の彫刻をするために、優秀な技術の仏師が渡来して、その発達も目ざましく、相好そうごうの荒々しいのも柔和なのも、種々な傑作が今の世までも残されているのですが
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「えっへっへ。」助七は、急に相好そうごうをくずした。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれども其の笑顔すら時々寒風に衝突ぶつかって哀れにひしゃげた相好そうごうに変った。こうなると我々は素晴らしい警句が口をついて出る。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、ふたりの男は、たちまち二ひきの野獣のようなものすごい相好そうごうになって、いきなり明智を目がけてつき進んできます。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
他猴と異なり果よりも葉をこのみ、牛羊同然複胃あり。鼻梁びりょうやや人に近く、諸猴にすぐれて相好そうごう美し(ウットの『博物画譜』一)。
脂切ったセピア色の皮膚、大きいギラギラする眼、どっしりと胡座あぐらをかいた鼻、への字に結んだ唇、それはまさに絵に描いた怪物の相好そうごうです。
我輩はたすき綾取あやどって、向う鉢巻、相好そうごうがもう殺気を帯びている。『君は介添をつれて来ないか?』とベッケルが訊いた。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「けっこうですとも。けっこうですとも、それだけあれば、御の字ですよ。」と、こんな人が、こんなにと思われるほど小池は相好そうごうを崩していた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、理性の父であろうとしても、見ればやはり、目のうちにも入れたいような眼になって、その相好そうごうだけでなく、両のあぐらの膝までをなごませて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これがもゆる子のねた病床を大いによろこばせました。この娘のよろこびをもって、マドロス君がまたウスノロの本色を現わして、相好そうごうをくずしました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
微妙な彩色や線の働らきによって見え透いて来る死人の相好そうごうの美くしさ……一種たとえようのない魅力の深さに、全霊を吸い寄せられ吸い奪われてしまって
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)