かん)” の例文
八五郎は遠慮もなくからみました。この修驗者の高慢なつらや、親分の平次を唯の岡つ引扱ひにしたのがひどくかんにさはつた樣子です。
鈴木君はこいつ、この様子では、ことによるとやり損なうなとかんづいたと見えて、主人にも判断の出来そうな方面へと話頭を移す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その日はそのまま別れて帰ったが、なんだかかんが昂ぶって半七はその晩おちおち寝付かれなかった。明くる朝はひどく寒かった。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かんやいとは、いくらすえたか知れませぬ。あんな子に、あなたが、刀を見せたり、御先祖のはなしなど聞かせるから、いけないんですよ」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「着物を着るのがいやなんですって。妙な癖で、着物を着せてもすぐ脱いで、ああしてはだかで寝るんです。かんの虫のせいでしょうよ。」
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
子供が急にゲラゲラ笑いをやり出したのは、かんのせいで、笑神経のたががゆるんだのか、そうでなければ、対象物が変ったのだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さあ、さあ、お願いだから思わせぶりはおめなさい。僕はそれが嫌いなんですよ」とヴォローヂャは言って、かん持ちらしい色を浮かべた
吉良節太郎とはごく幼ないころから、誰よりも親しくつきあい、互いに深く信頼しあっていたがその吉良でさえ彼の弱気にはしばしばかんを立てた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
広間の燈影ひかげは入口に立てる三人みたりの姿をあざやかに照せり。色白のちひさき内儀の口はかんの為に引歪ひきゆがみて、その夫の額際ひたひぎはより赭禿あかはげたる頭顱つむりなめらかに光れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私は「珍しく繁華な街へ行ったからかんでも起ったのだろう」と云った。私がこれを云うと同時に冬子は急に泣き止めた。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かんの虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は、練吉の気弱さうでもあり、又かんの強さうにも見える眉のあたりの色を、今ごろになつて急にはつきり思ひ出した。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
片意地ではない、家のためだとはいうけれど、かんがつのってきては何もかもない、我意を通したい一路に落ちてしまう。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そんなことで、次の年々からは秋になると、復一は神経を焦立いらだてていた。ちょっとした低気圧にもかんたかぶらせて、夜もおろおろ寝られなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
最後の光芒こうぼうが、すすけた屋根ひさしをけばけばしく隈取くまどっていた。けまわる子供らのかんだかいこえがさざめいている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
かん、もしくはかんなるものならば、女の時にもつてくれば、かんの高い馬のやうな跳つかへりをさしたものともおもへる。
凡愚姐御考 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
また昼夜を問わず、かん高い、哀れっぽい調子の笛を聞くことがある。この音は盲目の男女が彼等の職業であるところの按摩あんまを広告して歩くものである。
本当に独特で、私はいつもかんの虫を奥歯でかみしめていたような気分でしたから、マアすこしの間っとします。
東洋趣味のボー……ンと鳴り渡るというような鐘の声とは違って、また格別な、あのカン……と響くかん音色ねいろを聴くと、慄然ぞっ身慄みぶるいせずにいられなかった。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
かんのために背たけも伸び切らない、どこか病質にさえ見えた悒鬱ゆううつな少年時代の君の面影はどこにあるのだろう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二人の子供はかん高い泣声をたてて家の中に逃げ込んだ。扉のがたつく音がし、怒った叫び声が聞えた。夫人は長衣の裳裾もすその許すかぎり早く駆けつけて来た。
裏の木小屋まで行かないうちに、彼はお民にあって、師匠のことをたずねると、お民の答えには、この二、三日ひどくかんの起こっているようすであるとのこと。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
医者はかんのせいだから、今に口が利けるから大丈夫だと言ったそうだが、或朝、頭中におできが出来た。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
頭を撫でてやるとかんが納まるというのがかやの信条で、かやは上から下へ九人の孫の頭を撫でてきたのであったが、髪の毛が逆立っているのはクニ子だけであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
じりじりしてかんがたかぶってくらあ。じゃ、ぴしぴしとこちらからいってやろうがね。事の起こりゃ、おそらくみんなご坊のあさましいねたみ心にちげえあるめえ。
しかるに、毛虫もうちゅうを抜きて病気を療する法は、ひとり小児のかん病に限らず、虫歯を治するにこの法を用うるものあり、また、諸病を医するに、この法を唱うるものあり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
なんだか可笑をかしな樣子やうすだねわたしことなにかんにでもさはつたの、それならそのやうにつてれたがい、だまつて其樣そんかほをしてられるとつて仕方しかたいとへば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ゆき子はかんにさはつて、赤い湯の中に、のびのびと脚をのばした。二人は、都会の女に違ひないのだけれども、骨太な百姓の女のやうなたくましい大きい腰つきをしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
寒くないときでも、始終身体をふるわしていた。子供らしくないしわまゆの間に刻んで、血の気のない薄い唇を妙にゆがめて、かんのピリピリしているような眼差まなざしをしていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「それがいぜ。休みが多いやつはどし/\解雇してる時節だからなあ、今解雇されちやお前だつて楽ぢやあんめえ。」と、老職工は妙につけつけ云つた。彼は直ぐかんさはつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
小児を打ち続けて発病せしむると、で過ぎてかんを起させるとちがうほど邪視と差う。
もう堪忍してやつたらいゝぢやないの! お父さんは自分が悪かつたことをきつと後悔こうかいしてゐるに違ひないんだから——さあ、兄さん、そんなにかんを上げると病気になつてしまふから
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
かんにうちふるしろ歯列はならびは、いつしか唇を噛み破って真赤な血に染み、軟かな頭髪は指先で激しぐかきむしられてよもぎのように乱れ、そのすさまじい形相は地獄にちた幽鬼のように見えた。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
先生何が何やら解らなくなって了った。其所そこかんは益々起る、自暴やけにはなる、酒量は急に増す、気は益々狂う、まことに言うも気の毒な浅ましい有様となられたのである、と拙者は信ずる。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
全体にりおくれたひげほどの毛があるのでそういったという。子供のかんの薬、また心臓の病にもきくといっている。宇都宮附近ではミミダレグサ、磐城相馬いわきそうま郡ではカンカチグサという。
「いやだ……帰ろう……。」子供は頑強がんきょうに言い張った。そしてかんの募ったような声を出して泣き叫んだ。終いには腰の立たない体をベッドからね出して、そこらをのた打ちまわった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こんなことではいつになったら母親を迎えに行けるだろうかと、情けない想いをしながら相変らず通っていたが、妓は相手もあろうに「かんつりの半」という博奕打ばくちうちに落籍ひかされてしまった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「皆さん。巡査を呼んで下さい。」とかん高い声で叫んだ。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
婦人はかんの高い、きいきいした声を立てました。
黒猫 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
年の頃二十一、二少々馬面うまづらで、丈夫で、そのくせ意志が弱そうでかんが強そうで、どう見ても恋患いなどをしそうもない人柄です。
風を切り、夜を裂き、大地にかんばしる音を刻んで、呪いの尽くる所まで走るなり。野を走り尽せば丘に走り、丘を走り下れば谷に走り入る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お恥かしい話だが、先生が、あんな御新造にかしずかれて道行みちゆきをなさるのを見ると、かんの虫がうずうずしてたまりませんや。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、そろそろかんだかくなったのが初まりで、それから手酌の茶碗酒が、自棄やけのやん八とまでさせて来たものであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこか我儘な子供を思はせるやうなかんの強さといふ風なものがなかつたら、その女性的な顔立ちはきつと見る人に一種の悪感をかんを覚えさせたにちがひない。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
少しかんが強くて、無口で、怒りっぽいところがあった。怒るとむきになってどなった。暴力をふるうのが嫌いなので、いっそう激しくどなるようであった。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何んの甲斐かひもない。子供は半睡の状態からだん/\と覚めて来て、彼を不愉快にしてゐるその同じ睡気ねむけにさいなまれながら、自分を忘れたやうにかんを高めた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
ふと幼いとき、夜泣きして、かんの虫の好く、宝来豆ほうらいまめというものを欲しがったとき老僧の父がとぼとぼと夜半の町へ出て買って来て呉れたときの気持をおもい出した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
よくあれでなんともなかったものだと思う……今になっておれも考えて見ると、あのお師匠さまのかんの起こってる時には、何をなすってもからだにさわらなかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
妙にかんにさわって、おい、お慶、日は短いのだぞ、などと大人びた、いま思っても脊筋せすじの寒くなるような非道の言葉を投げつけて、それで足りずに一度はお慶をよびつけ
黄金風景 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何だか可怪をかしな様子だね私の言ふ事が何かかんにでも障つたの、それならそのやうに言つてくれたがい、黙つてそんな顔をしてゐられると気に成つて仕方が無いと言へば
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)