牡蠣かき)” の例文
学者の例証するところによると、一ぴき大口魚たらが毎年生む子の数は百万疋とか聞く。牡蠣かきになるとそれが二百万の倍数にのぼるという。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
フランス人にわせれば牡蠣かきだって形は感じのいいものではない。ただ牡蠣は水中に住み、蝸牛は地中に住んでいるだけの相違だ。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
西洋の言葉に、「牡蠣かきのように音楽を解しない」というのがあります。また蓄音機のマークに、犬が主人の声に聞き惚れているのがある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先生は発明が他に漏れるのをおそれ、ムズムズする口の蓋をガッチリ閉めて、牡蠣かきのように頑固に押し黙っていられたのである。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
薄い粘土脈やアダム以前の大洋にいた牡蠣かきの殻をちりばめてる化石層などと交互になっている石炭岩層の中を、鶴嘴は辛うじて進んでゆく。
第四十 牡蠣かき飯 は広島や大阪辺の名物でこれも色々の製法がありますが第一に牡蠣の新しいものを択ばなければなりません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
大きな牡蠣かきに似た生物が一方の殻をはがれて曝されているが、心臓が鼓動しているのはそれが新鮮で生きている証拠である。
そうして一同が高く笑い崩れるにしたがって、片方の牡蠣かきのようにめしいた眼までを輝かして顔だけでめちゃめちゃに笑った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
牡蠣かきを殻からこわして出す見るから冷たそうな仕事を一日じゅうしています——の休息をするために炉辺に集まっています。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
予審で何から何までしゃべったシナ人が、公判廷では牡蠣かきのように沈黙を守るので、参審会議を開いても判決のしようがない。
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
英国ではこの尊者の忌日、七月二十五日に牡蠣かきを食えば年中金乏しからずとて、価をおしまずこの日売り初めの牡蠣を食い、牡蠣料理店大いに忙し。
それからこっちは、山羊と、いちごと、牡蠣かきで命を繋いで来たんだ。どこにいても人間ってものはね、人間てものはどうにかやってゆけるもんだねえ。
それはやはり北上山地のへりの赤砂利から、牡蠣かきや何か、半鹹はんかんのところにでなければ住まない介殻かひがらの化石が出ました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
牡蠣かき売りは昔は「カキャゴー」と言ったものらしい、というのは自分らの子供時代におとなからしばしば聞かされたたぬきの怪談のさまざまの中に
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
待合所の食堂でたべた牡蠣かきの香ばしさも、名産レモンの黄色いすがすがしさも忘れていない。しかも、直次の三十四歳の生涯は広島で終らせられた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
白い汚れた前垂まへだれを掛けたボーイは私の前に肉差にくさしさじを置いて、暗い暖簾のれんの掛つた方から牡蠣かきのスウプを運んで来た。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
与一はパレットナイフで牡蠣かきのように固くなった絵の具をバリバリとパレットの上で引掻ひっかきながら、越して来たこの家がひどく気に入った風であった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
嘉七は牡蠣かきのフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ、と自分に言い聞かせてみて、流石さすがに苦笑であった。妻は、てっかをたべていた。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
投票は牡蠣かきの一種の貝殻に記すのを例とした。その貝をオストラコン(Ostrachon)と称するところから、オストラキズムスの名が生じたのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
れから物価の高いにも驚いた。牡蠣かき一罎いちびん買うと、半ドル、幾つあるかと思うと二十粒か三十粒ぐらいしかない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
食物などにはかえって有名なものがあって、牡蠣かきや干柿や「でびら」などは誰もあじわったことがあるでありましょう。女の用いるかもじも多くはこの県から出します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
フオウルは仲々の料理通で牡蠣かきや蟹が大の好物で葡萄酒も本場の飛切りといふ奴しか口にしなかつた。
牡蠣かき船だの、支那料理屋の二階だの、海岸のあき別荘だの、煙草屋の裏座敷だの……そのうちでも特に舌を捲いたのは、まだ明るいうちに或る大きな私立病院の玄関から
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
牡蠣かき——生死を問わず——の保持する冷静・ホテル支配人の常識・非芸術的な整頓・着実な平凡・十年一日除幕式のように順序立った日常・節度と礼譲・一歩も社交を
刺身をわせる。それから、生の牡蠣かき心太ところてんにはチブス菌が多いことを知って、それを喰わせる。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私たちが一隅の卓で殻つきの牡蠣かきを食っていると、うさぎの耳のようにケープのえりを立てた、美しい、小柄な、仏蘭西女らしいのが店先きにつと現われて、ボオイをつかまえ
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
猫の話で思い出したが、わしは明治四十二年の春、塩釜しおがまの宿で牡蠣かきを食った時から菜食さいしょくした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
縮んではいたちのように噛みつく植物、牡蠣かきが岩にくっつくように、根で以て執拗しつように土と他の植物の根とに、からみ付いている。クイクイを片付けてから、野生のライムにかかる。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
(気分をかえて)えー斧足類は蛤に蜆に牡蠣かき、あさり、あげまき、帆立貝ほたてがい、赤貝、ばか貝。
新学期行進曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二階と三階とは天井や柱やひさしや欄干などを洗つただけであつたが、牡蠣かき貝の附着した、黒味がかつた厚い船坂で、二階の庇までにも届く様な高い塀を引き𢌞した大きな構へは
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
しかし岩太郎は、係長と向合って腰掛けたまま、ふくれ面をして牡蠣かきのように黙っていた。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
先刻はいたたんが腐った牡蠣かきのように床に付着している。彼はじっとその痰を眺めていた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
秋風が吹き初めて、街々の料理店レストランでは、牡蠣かきが旺んに売れる頃、私はそろそろフランスの麺麭が恋しくなって来たので、自由な独り旅をいい加減に切上げて、再びパリに帰って来た。
二人のセルヴィヤ人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
一葉の牡蠣かきの殼にも、詩人が聞けば、遠き海洋わだつみの劫初の轟きが籠つて居るといふ。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして話をしながら、婆さんは自分の釜から、牡蠣かきを取って爺さんの釜に移したりしていて、——そこだけ、周囲の喧騒けんそうに乱されない、なごやかな静かな空気が漂っているようであった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
元日 門松 萬歳 カルタ 松の内 紅梅 春雨 彼岸 春の山 猫の恋 時鳥ほととぎす 牡丹ぼたん 清水 五月雨 富士もうで 七夕 秋風 目白 しいの実 秋の暮 時雨しぐれ 掛乞かけごい 牡蠣かき 枯尾花 鐘ゆる
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
牡蠣かきについた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分の不具を悲しんで泣くとは知らず此ほかの解釈を、その涙に対して下そうともしませんでした。
かゝる孤島はなれじまことだから、御馳走ごちさういがと大佐たいさ言譯いひわけだが、それでも、料理方れうりかた水兵すいへい大奮發だいふんぱつよしで、海鼈すつぽん卵子たまご蒸燒むしやきや、牡蠣かき鹽煑しほにや、俗名ぞくめう「イワガモ」とかいふこのしま澤山たくさんかも
蝦蛄しゃこ、幽霊蝦蛄、活烏賊、イカナゴ、擬餌、芋、味噌団子、烏賊の腸、赤虫、秋の魚のブツ切りなどであるが、鯛は自然に生活しているこのほかに榮螺さざえ宿借やどかり、蛤、浅利あさり、蟹、牡蠣かき、ウニ、ユウ
鯛釣り素人咄 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ところが刺身は綺麗に退治てしまってあったので、女中がっくに醤油も一しょに下げてしまった。跡には殻附の牡蠣かきに添えて出したがあるばかりだ。瀬戸は鮪の鮓にその醋を附けて頬張った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また原形質とかいうもの(なんとなく彼にはそれが牡蠣かきみたいなものに想像された)をもとにして、人類の起原や生態までを包括している問題を解こうとかかるのを見ると、腹が立ってならなかった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それが何故に虫であるかは、此所ここに説明する必要はない。或る人人にとつて、牡蠣かきの表象が女の肉体であると同じやうに、私自身にすつかり解りきつたことなのである。私は声をあげて明るく笑つた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
その吾々が繊細な装飾品に使ふのは牡蠣かきに近い種類の、或る粘着動物の巣だつたものなのだ。事実、此の巣は本当に富の宮殿だ。此の貝殻は、虹が色をつけてやつたやうに、あらゆる色で輝いてゐる。
そして牡蠣かき懵然ぼうぜんたるが如くに、彼等はそこに眠るんだ。
あるじが指さす小屋の屋根は、牡蠣かきの貝殻でいてあった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにあがります、牡蠣かきあがりまっか」
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
牡蠣かきからなる牡蠣の身の
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
牡蠣かき薄身うすみを思ひ出し
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
牡蠣かき雑炊
からはきらりと光りを放って、二尺あまりの陽炎かげろうむこうへ横切る。丘のごとくにうずたかく、積み上げられた、貝殻は牡蠣かきか、馬鹿ばかか、馬刀貝まてがいか。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)