灌木かんぼく)” の例文
そのライラックの木の西に、まだ芽を出さない栴檀せんだん青桐あおぎりがあり、栴檀の南に、仏蘭西語で「セレンガ」と云う灌木かんぼくの一種があった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
世界にはながむるに足るべきあらゆる種類のこけや草や灌木かんぼくがあり、ひもとくに足るべき多くの二折形や三十二折形の書物があるのに
建物から、二十間も離れている四阿あずまやで、小さい灌木かんぼくを避けながら歩いた。彼は、倭文子が来るまでは、三十分は待たなければならない。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
川岸の灌木かんぼくあしの繁っているところへ引摺ひきずってゆき、押倒して、しのの唇へ、頬へ、いたるところへ狂ったようにくちづけをした。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生花の日は花や実をつけた灌木かんぼくの枝で家の中がしげった。縫台の上の竹筒に挿した枝にむかい、それをり落す木鋏きばさみの鳴る音が一日していた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それに、うちの庭と、いまあの方の立っていらっしゃる場所との間には、すすきだの、細かい花を咲かせた灌木かんぼくだのが一面に生い茂っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
旅人が慄然りつぜんとして頭をあげると、姿はもはや見えないが頭上のくさむらをわけ灌木かんぼくの中をくぐって逃げて行く者の気配がはっきり分った。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
腕と手とを組み合わせ、輝ける空の下を、愛の臥床ふしどへ連れだってもどり来るおりの、うるわしいゆうべの夢想。風は灌木かんぼくの枝をそよがしている。
わからぬながらついて走って行くと、林のようになった立木のあいだにはいって、一面の雑草と灌木かんぼくの茂みの中に立ち止まった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
前からいたのか、それともたった今、来たばかりなのか、とにかくどこか二十歩以上とは隔たっていないはずの灌木かんぼくのかげに誰かがいる。
うしろは松やかえでの林です。低い灌木かんぼくの枝が手をつないで拒止している。一方の横は乱岩叢竹そうちく、作兵衛滝の水がその下を通っているのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月光の中に輝き震えている水は、ひとつの小さな島で分れ、その島の上には、一まとめにされたように樹や灌木かんぼく葉簇はむらが盛り上がっていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
かなり背の高い灌木かんぼくが自生しているのだったけれどまだ青葉の五月には早い。私達は容易にその間を歩きまわることができた。
梶井がしきりに催促するので、僕も何事かと思ってついて行くと、広い庭には草が荒れて、雑木や灌木かんぼくがまったく藪のように生い茂っている。
月の夜がたり (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
近い植え込みの草や灌木かんぼくなどには美しい姿もない。秋の荒野の景色けしきになっている。池も水草でうずめられたすごいものである。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
野景色のげしきを見わたすと、いくらか物がはっきりしてきた。葉をふるった木も見えるし、灌木かんぼくや小やぶの中でかれっ葉ががさがさ風に鳴っていた。
郷里の家に「ゴムの木」と称する灌木かんぼくが一株あった。その青白い粉を吹いたような葉を取って指頭でもむと一種特別な強い臭気を放つのである。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところ/″\に温帶林おんたいりん特徴樹とくちようじゆであるぶなの巨木きよぼくしげり、したには種々しゆ/″\灌木かんぼく草本そうほん蔓生植物まんせいしよくぶつさかんにえてゐるのをることが出來できます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
ちょっとした草地、ところどころにばら、いちご等の灌木かんぼくくさむら。道は叢の陰から、草地を経て木立ちの中にはいっている。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
純一の視線は根岸の人家の黒い屋根の上を辿たどっている。坂の両側の灌木かんぼくと、お霊屋の背後の森とに遮られて、根岸の大部分は見えないのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
周囲十町はたっぷりとあり、喬木きょうぼく灌木かんぼく生い繁り、加うるにつる草が縦横にはびこり、一旦うかうかはいろうものなら、容易なことでは出られない。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右の方の象の頭のかたちをした灌木かんぼくの丘からだらだら下りになった低いところを一寸しますと、又窪地がありました。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
と校庭からどなって、灌木かんぼくのしげみを押分けて顔を出した人があった。自分ははしたない所為を恥じて一散に逃出した。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
立ち並ぶそれらの大樹の根本をふさ灌木かんぼくの茂みを、くぐりくぐってあちらこちらに栗鼠りすや白雉子きじ怪訝けげんな顔を現わす。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところどころには灌木かんぼくの茂みがあって、それも代赭たいしゃの色に枯れかかっているのに、稀にまじる白樺しらかばと柳だけが、とび抜けて鮮かな色彩をもっていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
隣りと云っても、田舎風にポツンポツンと家の間に灌木かんぼくが続いているので、見たところ一軒家も同然のところである。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「あれは高さ四五寸の、灌木かんぼくというものだ、四五寸の植物の下を人間が通れますか、生物知なまものじりを書くと笑われますよ」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
進むにしたがって両側の灌木かんぼくのせいが高くなって、お高はまるで森の奥へ迷いこんだような恰好になってしまった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
十二月の薔薇ばらの花園はさびしい廃園の姿を目の前に広げていた。可憐かれんな花を開いて可憐なにおいを放つくせにこの灌木かんぼくはどこか強い執着を持つ植木だった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これは野生の灌木かんぼくで繊維が長くかつ細く、それに強さがあるので紙の材料としては理想に近いものといわれます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「そのためには洞の表と裏の入り口を、まつ、すぎ、灌木かんぼくの枝でおおい、ちょうど、茂林か樹叢じゅそうのようにみせかけて、悪漢の目をくらますのがいいと思う」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
空想でそこの樹陰ふかい並木路なみきみちのさわやかな冷たさを感じ、そこの無数の灌木かんぼくのかぐわしい芳香を吸いこみ
この袋小路にははいって来る人もないので、名も知らぬ野生の灌木かんぼくむらや、ちょうどその季節に美しい花をつける紫丁香花むらさきはしどいやが、一面にはびこり繁っている。
畑の中を、うねから畦へ、土くれから土くれへと、踏みつけ踏みつけ、まぐわのように、かため、らして行く。鉄砲で、生籬いけがき灌木かんぼくの茂みや、あざみくさむらをひっぱたく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
この手合が馬を追いながら生活くらしたてる野辺山が原というのは、天然の大牧場——左様さようさ、広さは三里四方も有ましょうか、まくさに適した灌木かんぼくと雑草とが生茂おいしげって
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あたりの土手にたくさんある灌木かんぼくはもう若々しい広い葉っぱを出しているし、路の両わきの木々も、それからところどころの樹の間から眺望ちょうぼうされるなだらかな山裾
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
すぐそばに門番の小屋が、黒々としたもみの木かげにおおわれ、灌木かんぼくのしげみにほとんど埋まっていた。
ふと、灌木かんぼくの側にだらりと豊かな肢体を投出してうずくまっている中年の婦人の顔があった。魂の抜けはてたその顔は、見ているうちに何か感染しそうになるのであった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
綱に掴まり、岩角や灌木かんぼくに足をかけて、周囲に求むるものを探りながら谷底へ谷底へと下りていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
この疑うべき庭造り師は灌木かんぼくの枯葉を除き、生い繁れる葉の手入れをするのに、厚い手袋をはめて両手を保護していた。彼の装身具は、単に手袋ばかりではなかった。
荷担ぎバガジスは、荷がかさんだので値増しを騒ぎだし、土はあかく焼けて亀裂がい、まさに地の果か地獄のような気がする。灌木かんぼくも、その荒野にはところどころにしかない。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
コウシキ 中国地方の山の村で、子供が秋の山に入って採る樹の実もいろいろあるが、その中で色が赤く肉が柔かで、低い灌木かんぼくになるコウシキというなどは忘れがたい。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その檜葉ひばとても高さ一丈五、六尺から二丈位の樹があるだけでそのほかには灌木かんぼくしかございませぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
が、初茸は芝草のない灌木かんぼくの下でも見いだすことができる。そういうところでなるべく小さい灌木の根元を注意すると、枯れ葉の下から黄茸や白茸を見いだすこともできる。
茸狩り (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
左に折れ曲った丘に沿うて白樺しらかばもみの林が荒涼としてつらなっていた。エルマはその林に近い灌木かんぼくの中へ往った。ベルセネフがもう追っついて来た。彼はむちを放さずに握っていた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
密林を作っている木は、どこか松に似た逞しい灌木かんぼくであった。それが密生しているのだった。木の高さは十メートルぐらいはあるように思われた。かなり背の高い木であった。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこここに、低い、片羽のような、病気らしい灌木かんぼくが、伸びようとして伸びずにいる。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
塀下に、つつじのこんもりした灌木かんぼく——その蔭に、ぐっと一度うずくまって、気配けはいをうかがうと、植込みの幹から幹、石から石を、つうつうと、影のように渡って、近寄った軒下のきした
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わたすかぎり、くさ灌木かんぼくしげった平原へいげんであります。さおそらは、奥底おくそこれぬふかさをゆうしていたし、はるかの地平線ちへいせんには、砲煙ほうえんともまがうようなしろくもがのぞいていました。
戦友 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その花時の美くしさは何ともいわれぬので、私のこの前来た時は、丁度つつじの花盛りだったのである。また秋になるといろいろの落葉灌木かんぼくが紅葉し、ことに瑶珞つつじが真紅になる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)