殊勝しゅしょう)” の例文
文「ウーム、殊勝しゅしょう心掛こゝろがけじゃ、時に吉とやら、そちの親方という新潟の沖にて親船に乗ってる奴はなんという名で何処どこの国の者か」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
べつに勉強がしたいなどという殊勝しゅしょうな心ではなかった、ただこの陰気くさい長屋よりも、曠々ひろびろとした学校が百層倍も居心地よかったのだ。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
三四郎がはじめて教室へはいって、ほかの学生といっしょに先生の来るのを待っていた時の心持ちはじつに殊勝しゅしょうなものであった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とかく俳人などという形式のみ殊勝しゅしょうぶり、心にもない隠遁生活をよそおうたりするものが多いが、それは芭蕉のこの一句に愧死きしすべきである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お国は勿論ですが、善昌も行儀のよくない奴で、うわべは殊勝しゅしょうらしく見せかけて、かげへ廻っては茶碗酒をあおるという始末。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
殊勝しゅしょう殊勝。よくいってくれたぞ。——では早速、袁術へ宛て、書簡をしたためるからそれを携えて、淮南へ急いでくれい」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやに殊勝しゅしょうなことを云うぜ、また、刑事から注意でもせられたのだろう、駒形堂こまがたどうの傍の船板塀ふないたべいとかんとか、変なことを云ってたから……」
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余所よその見る目もいと殊勝しゅしょう立働たちはたらきてゐたりしが、ゆえあつて再び身を新橋しんばし教坊きょうぼうに置き藤間某ふじまなにがしと名乗りて児女じじょ歌舞かぶおしゆ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すると進君は、殊勝しゅしょうらしくうつむいていた顔を、前髪がゆらぐほど力をこめてふり上げ、憎しみをさえこめていい放った。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
姉ちゃんのお蔭で淋しい思い慰めてもろて、大層有難い思てるとか、あんまり口数きなさらんと殊勝しゅしょうらしい聞えるようにあんじょういいなさって
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
名代の雷門はこれで焼け落ちましたが、誰か殊勝しゅしょうな人があったと見え、風雷神の身体からだは持ち出すことは出来なかったが、御首みぐしだけは持って逃げました。
案外、殊勝しゅしょうな事を言いやがる。もっとも、多情な奴に限って奇妙にいやらしいくらい道徳におびえて、そこがまた、女に好かれる所以ゆえんでもあるのだがね。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
すこしの油断ゆだんがあれば、姿すがたはいかに殊勝しゅしょうらしく神様かみさままえすわっていても、こころはいつしか悪魔あくまむねかよっている。
勿論坊さんの身分として殺生戒を保つて居るのは誠に殊勝しゅしょうなことでそれはさもあるべき事と思ふけれど、俗人に向つて魚釣りをさへ禁じさせようとするのは
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
この切髪の婦人というのは先殿様せんとのさまめかけであったので、殿様がくなって殊勝しゅしょうらしく髪を切って、仮りに花の師匠となり、弟子というものもさっぱりないけれども
わたしの演説えんぜつはじめの部分だけはかれも殊勝しゅしょうらしくたいへん興味きょうみを持って傾聴けいちょうしていたが、二十とことばを言わないうちに、かれは一本の木の上にとび上がって
殊勝しゅしょうなお心掛こころがけじゃ。それなればこそ、たとえあしをば折られても、二度と父母の処へももどったのじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
始めの間はいずれも殊勝しゅしょうらしくお経を読んで居りますがそろそろ酔の廻るに従ってお経の声は変じてくだを捲く声となり、管を捲く声が変じて汚穢おわいを談ずる声となる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
昼間遊べるだけは遊んでおきながら、そろそろ日が暮れて行き場がなくなると帰って来て、そして、殊勝しゅしょうらしく詫びたり泣きごとを並べたりするのがお前のおはこだ。
あんまりしつっこく、殊勝しゅしょうらしくたのむものですから、おばあさんもうかうか、たぬきの言うことをほんとうにして、なわをといてろしてやりました。するとたぬきは
かちかち山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
たとえこごえ死にに死にはするともここ一足ひとあしも動きませんと殊勝しゅしょうな事を申しましたが、王子は
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
少彦名命すくなひこなのみこと熊野くまの御碕みさきから、彼方かなたへ御渡りなされたというのもなつかしいが、伊勢を常世とこよなみ敷浪しきなみする国として、御選びになったという古伝などはとくに殊勝しゅしょうだと思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わしが大切にしている靴だから、大切に磨かずばなるまいという心掛けが、育ちに似合わずなかなか殊勝しゅしょうじゃ。もう少しはきはきしておったら、出世出来んもんでもないが……
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
役者の身で——あんななまめかしい女がたの身で、聴けば、江戸名うての、武家町人を相手に、一身一命を賭けて敵討かたきうちをもくろんでいるとは、何という殊勝しゅしょうなことであろう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
丹波とお蓮様は、悲しみの顔をつくって、殊勝しゅしょうげに、これからショボショボと妻恋坂へ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「噂をすれば影。ひとつ殊勝しゅしょうらしく持ちかけて、こっちの思いなりにさせてやろう」
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
旧識同伴の間闊とおどおしきを恨み、生前には名聞みょうもんの遂げざるをうれえ、死後は長夜ちょうや苦患くげんを恐れ、目をふさぎて打臥うちふし居たるは、殊勝しゅしょうに物静かなれども、胸中騒がしく、心上苦しく、三合の病いに
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
と新太郎君は殊勝しゅしょうらしいところを見せた。所謂いわゆるガヷナーの前を繕うのが癖だけれど、此宵こよいは必ずしも猫でない。こんなにまで考えてくれるかと思うと、身にみて涙ぐんで来た。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
など殊勝しゅしょうなことをった。私はすでに学生ではなくて、貧しい勤人の明け暮れを送っていたのであるが、日没頃の物悲しさをもてあますようになっていた。番頭さんは私の顔を窺って
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
唯彼猿はそのむかしをわすれずして、猶亜米利加の山にめる妻のもとへふみおくりしなどいと殊勝しゅしょうに見ゆるふしもありしが、この男はおなじさとの人をもえびすの如くいいなしてあざけるぞかたはらいたき。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
罪もとがもないのら犬を残忍にぶっ殺した俺とは別人のような殊勝しゅしょうさだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
するとそれが先方には、いかにも殊勝しゅしょうげに見えたのでございましょう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
殊勝しゅしょうらしく香爐を護って居ります。
それが間接ながらやはり今度の結婚問題に関係しているので、お延は叔母の手前殊勝しゅしょうらしい顔をしてなるほどと首肯うなずかなければならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あの住職め、いやに殊勝しゅしょうらしく構えているので、なんだか番狂わせのような気もしたが、あいつはやっぱり狸坊主だな」
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのとき家々のかまどから立ちのぼる煙は、ほやほやとにぎわっていたとな。あら殊勝しゅしょうの超世の本願や。この子はなんと授かりものじゃ。御大切にしなければ。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
ということに、周馬も孫兵衛も予期どおりなつぼへ来たわえと、内心ニタリとして、殊勝しゅしょうらしく引退った。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
したすると親父も負けてはいず打つのもなぐるのもよいが眼の見えぬお人のすることは危険だどこへどんな怪我けがをさせるかも知れぬ盲人は盲人らしく殊勝しゅしょうにせよと
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一、初心の恥かしがりてものし得べき句をものせぬはわろけれど、恥かしがる心底しんていはどうがなして善き句を得たしとののぞみなればいと殊勝しゅしょうなり。この心は後々までも持ち続きたし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その棒の端切れが向うの方の隅へでも見えると、今まで鼻唄をうたったり喧嘩けんかをしたり腕押うでおしをして居った奴が、静まり返って殊勝しゅしょうらしくお経を読み始める。その様子が実に面白い。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「お若いに近ごろ殊勝しゅしょうでござる。して、剣道の御流儀は何をおきわめなされましたな」
かゝ殊勝しゅしょうていを見て、作左衞門は始めて夢の覚めたように、茫然として暫く考え
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とねずみはって、殊勝しゅしょうらしくわせて、和尚おしょうさんをおがみました。
猫の草紙 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
と言っても、母親は息子の殊勝しゅしょうらしい態度が多少嬉しかった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
殊勝しゅしょうなことを言うな、そんな顔ではなく兄貴が
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
薄髯うすひげ二重廻にじゅうまわし殊勝しゅしょうらしく席を譲った。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
細い竹をそでに通して、落ちないように、扇骨木かなめの枝に寄せ掛けた手際てぎわが、いかにも女の子の所作しょさらしく殊勝しゅしょうに思われた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「お父さまは近頃殊勝しゅしょうにおなりなされて、一日しずかにお経を読んでいらっしゃいます」
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
玉虫 さりとは殊勝しゅしょうなことじゃ。(嘲るごとくに打笑む。)して、景清はなんとした。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、自分がかつて打ち殺した辻風典馬とは、兄弟である関係からして、自分をこよい殺して兄の怨霊おんりょうをなぐさめようという、野武士ずれの男としては、殊勝しゅしょうな心がけを持っている。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)