もだ)” の例文
すべての悩みも悲しみも、苦しみももだえも、胸に秘めて、ただ鬱々うつうつと一人かなしきもの思いに沈むというような可憐な表情を持つ花です。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
と、悪いことは身にかぶって、立切たてきって終う。そして又切なさに泣いて終う。福々爺の顔は困惑に陥り、明らかにもだえだした。然し
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一方の幹には青い葉がむらがり出ているのに、他方の幹だけはいかにも苦しみもだえているような枝ぶりをしながらすっかり枯れていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
二重三重の恋にもだえている少女……想像の出来ないほど不義不倫な……この上もなく清浄純真な……同時に処女とも人妻ともつかず
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、頬を草の根にすりつけ、冷々ひえびえとした地の息を嗅ぎながら、絶えず襲い掛かってくる、あの危険な囁きから逃れようともだえた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
く沈んだ憂えを帯んだ額に八の字を寄せて、よもぎのように蓬々ほうほうとした半白の頭を両手でむしるようにもだえることもあるかと思えば
(新字新仮名) / 小川未明(著)
恨めしく思ったり、悲しんだりしている恋のもだえもお知らせすることができなくて、われながら変わった生まれつきが憎まれます。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自分で作った地ごくの中にもだえているのです、一人だけのあわれにとどまっているなら、金をやって別れてしまえばいいのですよ
陶古の女人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「此の人は何か自分に投げつけに来た。おれはひよつとするとその為めにもだえねばならぬかも知れぬ。が、それでも俺は仕合せだ……。」
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
私はまた今もだえの底に沈んでいるひとりの妹の宅に寄るのにも、どんなにその家の貧しさから生ずるアンプレザントなことをきろうて
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
濡羽ぬればのような島田に、こってりと白粉の濃い襟足を見ると、ゾッとして、あこがれている脂粉しふんの里に、魂が飛び、心がもだえてきました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お前が改心はできぬといいきると、お前の母、死にきれぬもだえを見せ、サメザメと泣いて、孫兵衛よと呼んだ。孫兵衛よとまた呼んだ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あいつは恐ろしい執念に我れと我が身を苦しめて、ゾッとする様な呪の言葉を叫びつづけながら、もだじにに死んでしまったのです。……
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小さき理知の生むもだえと疑いを去りて、星と共に、天使と共に、神とその造化とを讃美しつつ、意義あり希望ある生を送るべきである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
狂人のようにもだえつづけている、国の方へも電報を打ったから、明日の朝は親達も来るだろうと思います、と云うことであったと云う。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
手を出しかねたる二人を睨廻ねめまはして、蒲田はなかなか下に貫一のもだゆるにも劣らず、ひとごうにやして、効無かひな地鞴ぢただらを踏みてぞゐたる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
同じ陳列台の前を行ったり来たりしている女の顔には、どうかすると迷いやもだえやの気の毒な表情がありあり読まれる事もある。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
したがって、病に応ずる薬が、それぞれあるように、人間の身の悩み、心のもだえを、救う仏にもまたいろいろ変わったすがたがあるわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
先生を御覧なせえ、いきなりうしろからお道さんの口へ猿轡さるぐつわめましたぜ。——一人は放さぬ、一所に死のうともだえたからで。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その頃エジプトの一青年、美娼トニスを思い煩うたが、トが要する大金を払い得ず空しくもだえいると、一霄いっしょう夢にその事を果して心静まる。
けれど彼女かれは千円近くの借金を背負しよつてるのでともだへますから、何を言ふのだ、霊魂を束縛する繩が何処に在ると励ましたのです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
恋に焦がれつつある、一人の女性にょしょうが、その恋を強いてほんのり包もうとして、もだえている遣瀬無やるせなさを、察してやることが出来るのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その高い梢からは一滴一滴と絶え間なく露が滴り落ちる。またその根もとには毒ある奇異な花が安からぬ眠りにもだえながら横たわっている。
そう思って彼女は何とかせねばならぬともだえながらも何んにもしないでいた。あわおののく心はうしおのように荒れ狂いながら青年の方に押寄せた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「私は伊勢屋が憎かつたので御座います。あんな良い娘をもだえ死にさせた婿の新兵衞が憎くてたまらなかつたので御座います」
広義に於ける理想を抱かざるものが、自己又は他人の経過した現実を顧みて、これを悲しむの必要もなければ之にもだゆるの理由もない筈である。
文芸とヒロイツク (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ケリルは怒りと悲しみにもだえていたが、エマルは一言も物いわなかった。あけがたになろうとする頃、彼女は夢を見ていた。
約束 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
燃え叫ぶ六疋は、もだえながら空をしずみ、しまいの一疋は泣いて随い、それでも雁の正しい列は、けっしてみだれはいたしません。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
馬は、——畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程いななき立てました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこでどうも自分一人で胸のうやもやを排し去ることが出来なくなって、その心持を父親に打ち明けて、一しょに苦みもだえて貰おうと思った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
その時まで、私はうわあという自分の声を、ざあーというもの音の中にはっきり耳にきき、眼が見えないのでもだえていた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そうしてしばらくもだえたが、やはりピストルを手にとることができず、それを枕元においたまま床に入ってしまったんだ。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
今まで冬眠に入っていた情熱が一時に呼びまされて来るのを感じた——それに堪えきれない寂しさが、彼を悲痛なもだえに追いこむのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それを通ずる道がないようなもだえをおたがいに経験して、そこにいろいろの悲しい誤解も生じるようなわけになります。
親子の愛の完成 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
とまでは言うたが、あとはくちびる強張こわばって、例えば夢の中でもだえ苦しむ人のように、私はただ助役の顔をジッと見つめた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
単にそればかりでなく、熱にもだえて苦しんで、さながら蛇のようにのたうちまわる。蛇神の名はそれから起ったのである。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
惰力で筆を執っていてもイツマデっても油が乗って来なかった。イクラもだいてもあせっても少しも緊張して来なかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と如何にももだわしそうな恰好をする。僕に較べると噸数が小さいから、包蔵力が足りないのらしい。しかし正直で好い。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一つ時、輝きを増したとも思はれるその聡明な額が、再びかき曇り、やがて、身もだえるやうに肩を左右にふるはした。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
私はどうかして、教に服するよりも、「教」と「私」とが暖かに滑かに一致して行くようにならぬものかと、幾度いくたび願い、もだえ、苦しみましたろう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もだえに満ちた夜は、やがて明け放たれた。憎らしいほどの上天気だった。だが、内に閉じ籠っているあたしの気持は、腹立たしくなるばかりだった。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
硫黄島に死んだ夫の記憶は腕から、近所に預けて勤労奉仕に出てきた幼児の姿は眼の中からくずれ落ちて、ただれた肉体からはずれてゆく本能のもだえ。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
しかし、その薬をんでからは一層苦しみを重ねて、うなり声は立てても言語をする事は出来なくなった。ついには血嘔ちへどを吐いてもだえ死に死んでしまった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
早く行け島太夫! そうしてしがらみを連れて来い! 俺は女を見たいのだ。殺された恋人の首級くびを見てどんなに女がもだえ苦しむか俺はそれが見たいのだ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その見上げるばかりのこずゑの梢まで登り尽して、それでまだ満足出来ないと見える——その巻蔓は、空の方へ、身をもだえながらものぐるはしい指のやうに
あの日を最後に、女としての弥生は、成らぬ哀恋あいれんもだえと悟りに、死にかわりにそこに、凄艶せいえんな一美丈夫小野塚伊織があらたに生まれ出たのである。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
往けずに彼はもだえ苦しんでいると、女から明日あすの晩の汽車でいよいよ出発することになったから、父親がいても好いからきっと来てくれと云って来た。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「しかしそんな外交手段なぞをいくらろうしたとて抑留しているという事実には何の変りもないではありませんか!」とシャアは無念そうに身もだえした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おげんは父が座敷牢の格子のところで悲しみもだえた時の古歌も思出した。それを自分でも廊下で口ずさんで見た。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私達はどんなにそのめにもだえたでせう!その頃の風潮ふうてうからは、たゞ破壞はくわいをのみ會得ゑとくして、建設けんせつについては一部いちぶ一厘いちりんだにもまなぶことが出來できなかつたのです。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)