幻影まぼろし)” の例文
人の形が、そうした霧のなかに薄いと、可怪あやしや、かすれて、あからさまには見えないはずの、しごいてからめたもつれ糸の、蜘蛛の幻影まぼろしが、幻影が。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幻影まぼろしのように彼女あれは現われて来てまた幻影まぼろしのように消えてしまった……しごくもっとものことである。自分おれはかねて待ちうけていた。』
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
……お前は僕をだまそうとするんじゃないだろうね? 近づこうとするとすぐ消えてしまうあの忌々いまいましい幻影まぼろしではないんだろうね?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
間隔の適度なるがために——高きに失わず、低きに過ぎざる恰好かっこうの地位にあるために——最後に、一息の短かきに、吐く幻影まぼろし
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも、畿内の空の日だと思うと何となく懐かしい、私は日頃の癖のローマンチックの淡い幻影まぼろし行手ゆくていながら辿った。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
幻影まぼろしでも見ているひとのような自信のない眼付きで、穴のあかんばかりにキャラコさんの顔をみつめていたが、とつぜん、ほとばしるような声で
もつともこの幻影まぼろしは長く後まで残らなかつた。払暁あけがたになると最早もう忘れて了つて、何の夢を見たかも覚えて居ない位であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「どこでこの男に会ったんだろう?」としきりに例の記憶を辿っていたが、突然にある考え——というよりはむしろ一つの幻影まぼろしがさっと胸に閃いた。
誰? (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
『帝国文学』の「倫敦塔ろんどんとう」『ホトトギス』壱百号の「幻影まぼろしたて」などを始めとして多数の作が矢つぎ早に出来た。いずれも批評家が筆を揃えて推賞した。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その祭壇の神々こうごうしさ! 遥かの奥の厨子ずしの内には十字架に掛かった基督キリストの像と嬰児おさなごを抱いたマリアの像がゆる香煙けむりまといながら幻影まぼろしのように立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幻影まぼろしを追うて夢の里を歩み、何かに引かれてここまで来たが、気がついてみると、お豊は自分ながら、なんでこんなところへ来たのかわかりませんでした。
お前が想像していた事はみな幻影まぼろしだ——死んだ人の訪れて来た事の外は。で、一度死んだ人の云う事を聴いた上は、身をそのるがままに任したというものだ。
耳無芳一の話 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
ただ俯向うつむいて呼吸いきを呑んでいると、貴婦人はひややかに笑って又彼方あなた向直むきなおるかと思う間もなく、室内は再びくらくなっての姿も消え失せた、夢でない、幻影まぼろしでない
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……その幻影まぼろしの最初に見え出したのは、赤茶気た安全燈ラムプの光りに照し出された岩壁の一部分であった。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
敷布シーツが落ちた。『イワーシ!』とピドールカが叫んで駈け寄つた。すると幻影まぼろしは足の先から頭の天辺まで、全身血まみれになつて、家ぢゆうを赤い光りで照らした……。
歌舞伎芝居へ出て来るような時代めかしい身扮みなりや、政信の絵から抜け出したような、涼しい眼、豊かな頬、紅の唇の幻影まぼろしが、次第になつかしいものにさえ変って行きます。
夕景に成て空が澄み渡ると、金星のかゞやく下に幻影まぼろしのやうな不二が浮びます。夏の消息に
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
一夜時頼ときよりかうけて尚ほ眠りもせず、意中の幻影まぼろしを追ひながら、爲す事もなく茫然として机にり居しが、越し方、行末の事、はしなく胸に浮び、今の我身の有樣に引きくらべて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
自分の眼にはまづけむりこもつた、いや蒸熱むしあつい空気をとほして、薄暗い古風な大洋燈おほランプの下に、一場のすさまじい光景が幻影まぼろしの如く映つたので、中央の柱の傍に座を占めて居る一人の中老漢ちゆうおやぢ
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そうして、その時はきっと、あの古びたまち幻影まぼろしをお泛かべ下さいますよう……。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
其と同時に、土方や職人や商人や百姓や工女や教師や吏員や學生や、または小ツぽけな生徒などが、何れもいぢけた姿、惶々くわう/\とした樣子で、幻影まぼろしのやうに霧の中をうごめいて行くのが眼に映る。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「なに幻影まぼろしの後尾燈」「なに幻影まぼろしの戀人を」に通ず。掛ケ詞。
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「もう一つ幻影まぼろしを見せて上げるのだ!」と、幽霊は叫んだ。
ながい時間のあひだ私の見つめてゐた幻影まぼろし
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
幻影まぼろしふかき生命いのちの香をたづねよ。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
人ひとり幻影まぼろしに殺したる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
か弱い幻影まぼろしが眠つてゐる
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
青空に真白く昇る幻影まぼろし
時候じこうと、ときと、光線くわうせんの、微妙びめう配合はいがふによつて、しかも、品行ひんかう方正はうせいなるものにのみあらはるゝ幻影まぼろしだと、宿やど風呂番ふろばんの(しんさん)がつた。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
……ウィリアムは手に下げたるクララの金毛を三たび盾に向って振りながら「盾! 最後の望は幻影まぼろしの盾にある」と叫んだ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
往来ゆききの人や車が幻影まぼろしのように現われては幻影まぼろしのように霧のうちに消えてゆく。自分はこんな晩に大路おおじを歩くことが好きで。
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さまざまな栄耀栄華の幻影まぼろしが後から後からと頭にちらついた。が、詮じつめると、どれもこれも欠点あらがあって面白くなかった。その度ごとに彼は肩をゆすぶって
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
何とも形容の出来ない気味の悪い幻影まぼろしが、アリアリと見えはじめているのに気が付いたのであった。
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
悩ましいおげんの眼には、何処までが待ちわびた自分を本当に迎えに来てくれたもので、何処までが夢の中に消えていくような親戚の幻影まぼろしであるのか、その差別もつけかねた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そなたも見たのかの、恐ろしい幻影まぼろしを?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
幻影まぼろしのように姿を掻き消してしまった。
さうしてその碎け飛ぶ幻影まぼろし
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
嗚呼、ここに幻影まぼろしたえて
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
蒼き火の光なき幻影まぼろし
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
なに幻影まぼろしの後尾燈
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
はや、幻影まぼろしえつゝ、そのまへに、一ふじつゝじをちりばめた、大巌おほいはに、あいごとみづのぞむで、あしは、めぐらしたさくえたのを見出みいだした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そんな時に限って、彼女の意識は何時でも朦朧もうろうとして夢よりも分別がなかった。瞳孔どうこうが大きく開いていた。外界はただ幻影まぼろしのように映るらしかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丘の下で轢き殺されそうになっている男の、おそろしい幻影まぼろしばかりが目先にちらついた。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そうしてその幻影まぼろしが、福太郎にとって全く、意外千万な、深刻、悽愴せいそうを極めた光景を描きあらわしつつ、西洋物のフィルムのようにヒッソリと、音もなく移りかわって行くのを
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
半紙程の大きさの紙に、昔の人の眼に映った幻影まぼろしが極くあらい木版でってある。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幻影まぼろしなれば觸れがたく
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
五年ぜん、六月六日のであった。明直にいえば、それが、うぐい亭のお藻代が、白い手の幻影まぼろしになる首途かどでであった。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中には緋鯉ひごいの影があちこちと動いた。濁った水の底を幻影まぼろしのように赤くするそのうおを健三は是非捕りたいと思った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その紫色の陰影の中に、手足をうごめかして藻掻もがいている孩児あかんぼ幻影まぼろしを見た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それを聞くと、私は再び斬首台の幻影まぼろしに悩まされるようになりました。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)