おど)” の例文
それは本道筋を離れた御法度の脇往来にひとしいものだ、左様心得て居らぬと飛んだ災難に遭わぬとも限らぬぞと暗におどしている。
紙魚こぼれ (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
江戸の侍の機嫌を損じると店の商売にかかわるばかりか、どんなとがめを受けるかも知れぬぞと、彼女は主人からおどされて来たのである。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今朝の地震にはおどかされました。何しろ地震と聞くと妙に神經質になつてゐるものですからですが、今朝のは確かに恐しい一つでした。
この頃んなって、信吉は、〔八字伏字〕というものについて、自分がどんなウソ八百をきかされ、おどかされていたか、つくづく知った。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひょっとすると、この船中にこっそりとひそんでいて、船客をおどかしておいて何かの物品を盗もうとする奴がいないとも限りません。
川勝かわかつの寺のどてで、賊と見誤られて財布を投げ出して行かれた、心にもなくそれに手をかけてみると、人をおどすことの容易たやすいのにあきれる。
始めて鳥獣のおどしのこの人形を立てた人の心持は、これが自分達の姿のように見えて、相手を誤解させようというのではなかった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
女の子だからおどかせると思ってさ、この男のおばかさんたちはほんとにおかしいや。何をこわがろって言うのよ。なるほどそうね。
などとおどしに人に逢うと喋るから怖くって惣次郎はとん外出そとでを致しません、力に思う花車がいないから村の者も心配しております。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
リット少将は、おどしたりすかしたりして、ハバノフ氏を口説きおとすのに大車輪の態だった。老獪ろうかいとは、こういうところをいうのだろう。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あのお方なのでございますよ、左内様とお菊の仲を裂こうと、このごろしげしげとお越しになって、この私めをおどしますのは」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「玉井の奴が、組合を作ろうたって、出来るわけがないよ。それに、うちの親分からおどかされて、釘を刺されちょるけ、作りきりゃせん」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そこへまた、これくらいなおどしに乗せられて、尻込みするような自分ではないと云う、子供じみた負けぬ気も、幾分かは働いたのであろう。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
美妙の書斎のようにおどかし道具をならべる余地もなかったし、美妙のように何でも来いとあごでる物識ものしりぶりを発揮しなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
さんざんにおどかされたりすかされたりして——それから気がついて見ると、いつの間にかお隅の身体は番人の腕の中に在ったとか言うことで。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌朝法界屋が立つて行つた後、お夏は門口に出て、其男の行つた秋田の方を眺め/\、幾等いくら叱つてもおどしても二時間許り家に入らなかつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もし彼女から罰せられようとすると、病気になりかかっておどかした。それは彼が幼少なときから用いて成功してる策略だった。
お初、もとより雪之丞の、真の手腕を知っているわけがない——おどして、追っぱらおうとしたが、例の、帯の間の匕首あいくちを、キラリと抜くと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そしてあるばん、にわかに甚兵衛のところし入り、ねむってる甚兵衛をしばりあげ、かたなをつきつけて、人形をだせとおどかしました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「君、大丈夫かい。今からおどかしちゃこのまま逃げるぞ。僕は癲癇なんてどうしたらいいんか知らないからね、僕にとっちゃ革命みたいだ。」
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
私は心の中で彼のおどかしを笑つてゐた。「今私は道理に叶つたやうにあなたを喰ひ留めてゐられるのです。」と私は考へた。
松つぁんはおどかしに云っているのであるが、私たちは鳴子の音に驚く雀っ子のように、しんから震えて逃げ出したものだ。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
一人の威張りくさった白人の酔漢がヘンリに向い山刀を振上げて、「貴様の首をぶった切るぞ」とおどしつけたのだそうだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、こう言った時、突然彼の顔に不機嫌な影がさし、彼は片手に掴んでいる私の手を強く握ると、私の眼の前におどすように人差指を挙げた。
おどしたって驚きやしないよ。吉川さんが余りうるさく附き纏うから、百合子は厭がって、逃げッちまったんでしょ」
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
コケおどしでない、真の威力ができねばいけませんね。大切にお暮らしなさいませ。私はあなたの成長を祈っています。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
何故なぜだと。』と、イワン、デミトリチはおどすやうな氣味きみで、院長ゐんちやうはう近寄ちかより、ふる病院服びやうゐんふくまへあはせながら。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
阿呆あほらしい。———この手紙のことやったら、中姉なかあんちゃんに云付いつけてやる云うて、こないだからおどかされててんわ」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鬼面ひとおどすというやつだ——あやしむことはない。恐れることもない。破邪の剣をふるって馳け崩してみろ。化けた孔明も跣足はだしになって逃げ出すだろう。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
板刀麺ばんとうめんが喰いたいか、餛飩こんとんが喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江をおどす処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全く考を転じて
句合の月 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「ええ、わたしどもは御馳走になったよ。初めはお前のとこのものは、要らなかったんだが、ね、御覧、お前はわたしの蝦をおどかして逃してしまったよ」
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
といつて、その言葉におどされる訳ではない。あの人にだつて、私とおんなじく別れるなどゝいふ意志が毛頭ないことを、私は何よりもようっく信じて居る。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
そうすると、その老女は何か辻褄つじつまの合わないおどし文句を残して、そのままいなくなってしまいました。それから間もなくご病気が起こったのだそうで……。
それが途中警官におどかされて追い帰されたり、渡し舟を隠されたりして、やっと利根川を渡れたのが半分です。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
次第に、荒々しい騒音が激しくなっていき、やがて臆病おくびょうな犬のそれのように、おどしの、のどをいっぱいにふくらませた、一つの叫び声にまとまっていくのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ガロエイ卿は娘の方へジリジリと詰めよっていたが、彼は自分では小声のつもりで彼女をおどしつけていた。
とはいへ彼らの老獪な詭弁も到底単純無垢な子供の慈悲心をくらますことができないのをみ、彼らは終に慣用手段の大きな声でひとをおどかしてしまはうとした。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
この書面しょめんあさはや親御樣おやごさまわたしてくれいとまうされ、すみやかに此處こゝ立去たちさらずばころしてしまふぞとおどされました。
彼は半信半疑の心で、自分自身をおどしながらも、黄金の都会へでも来ているかのように独り言をささやいた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
あゝ重右衛門がやたら無性に『マツチ一本お見舞ひ申しませうかな』と言つて人をおどかし、米や金を取つては生活を立てゝゐた、それにはいかなる警察も舌を巻き
田舎からの手紙 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
金ぴかの燻んだのは、鼻髯の薄いのと一緒で、他人ひとおどしつけるのに余り都合のいいものではない。
このように日本人を軽蔑するフロベニウスであるから、フロベニウスの処へ行くなら、その積りで、よく覚悟をして行くがよかろうと、まあ大いにおどかされたのである。
回顧と展望 (新字新仮名) / 高木貞治(著)
冷え切つた小さい寝床の中に子供をかして、彼は小声で半ばおどかすやうに半ば教へるやうに、是れからは決して夜中などにやんちやを云ふものでないと云ひ聞かせた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
どうするのかは言わなかったが何かを「思い知らしてやる」という不思議なおどし文句で、彼等を追っ払ってしまってから、一つ一つ正規の順序を逐うて病人を囘復させ
「自分はただ頼まれたので、委しいわけは知らんが、君が当人をひどくおどかしたのが原因で気が狂ったそうじゃないか。そのために親類一同の者が大変君を怨んでいる」
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
第二の糸、第三、第四とすぐに捕虜の死ものぐるいの骨折りに打ち勝つてしまひます。で、今蜂は締められてゐますけれど、十分活きてゐるのです。そしておどしてゐます。
あーやっておどかして置くと、後で正直に仕事をすると思ったからさ、トレーガーを一日雇ったって、身代限りはしやしまいし、怒る奴があるものか、僕は何か掛け合う時は
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
ひとりいてるといへば至極しごく温順おとなしくきこえるが、其癖そのくせ自分じぶんほど腕白者わんぱくもの同級生どうきふせいうちにないばかりか、校長かうちやうあまして數々しば/\退校たいかうもつおどしたのでも全校ぜんかうだい一といふことがわかる。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
なおもお六をつかまえて、おどかしたり、すかしたり、一と晩がかりで責め抜いてみると
おどかしても駄目だめだよとかほふりのけるに、にくらしいてられて仕舞しまつたとわらす。
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)