とが)” の例文
若し母が知ってもひどくはとがめない筈です、私はいま勤めていて母を見ているし、私のすることで誰も何もいいはしないと彼はいい
陶古の女人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
拾得物しゅうとくぶつがどうのこうのとやかましくいえば限りがないが、放っておけば腐ってゆく金を、ただ拾い出して来るのになんのとががあろう
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
ああ神は人に空気を与えたもう、しかも法律は人に空気を売る。私は法律をとがむるのではありません。しかし私は神をたたえるのです。
さすがに自分でも気がとがめるとみえて、一回ごとに場処をかえては、前回の買手の襲撃を避け、同時に新しい犠牲者をさがしている。
お絹からいえば、道太に皆ながつれていってもらうのに、辰之助を差しくことはその間に何か特別の色がつくようで、気にとがめた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これ実に祭司長が述べんと欲するものの中の糟粕そうはくである。これをしも、祭司次長が諸君に告げんとほっして、あえとがめらるべきでない。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
肩から胸まで切り下げられ、そのままおくなりなされたし、一昨々日さきおととい些細ささいとがで、お納戸役なんどやくの金吾様が命をお取られなされました
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「君がはじめて来てくれたのは、二十四年だったかね。そうそう、君をおくった帰途かえりに、巡査にとがめられたことがあったっけなあ。」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と言って莞爾にっこりとして、えてとがめることをしませんでした。お君が給仕としてこの室に入ることを許されている唯一の者であります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人の好さそうな老人の、心からの親切に、少なからず良心はとがめたが、注文したような条件なので、そのすすめに従ったのであった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それらの行為は、たとい叛逆の意志がなかったとしても、少くとも太閤の疑惑を招くには十分であって、軽卒のとがめは免れられない。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
起返って、帯をお太鼓にきちんとめるのを——お稲や、何をおしだって、叔母さんがとがめた時、——私はおっかさんのとこへ行くの——
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寺で聞けば宜しいに、おのれが殺した女の墓所はかしょ、事によったら、とがめられはしないか、と脚疵すねきずで、手桶をげて墓場でまご/\して居る。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし人身売買はかなり気のとがめる商売である。それには何か口実がなくてはならない。そこでニグロは半ば獣だということにされた。
アフリカの文化 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかし誰もその不合理をとがめる人はない。帝展も一つの有機体であって生きているものである以上は去年と同じであるはずはない。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかもすでにかたき討をしてしまった者に対しては別にとがめるようなこともなかったから、やはりかたき討は絶えなかったのである。
かたき討雑感 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これすなわち学者をして随意に書を読ましめ、国典を犯すに非ざればとがめざるゆえんなり。また、文学をもって政治を籠絡ろうらくすべからず。
入って見るとさすがに気がとがめた。それで入ったことは入ったが、私はしばらくはあの石の大きな水盤のところで佇立ちょりつしたままでいた。
誤って呼ばれるのは迷惑千万であるがつまりは商売人や宿屋の亭主の身としてはやたらに言葉とがめをしては商売が繁昌はんじょうせぬゆえに
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
王子 兵卒へいそつ腰元こしもとった時は、確かに姿が隠れたのですがね。その証拠しょうこには誰に遇っても、とがめられた事がなかったのですから。
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いやいや迂闊うかつな事は出来ない。私は涙ぐんで来た。大阪駅に出迎えている筈の友人のとがめるような残念そうな顔が眼の前にうかんで来た。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
柄を握りしめている九郎助の手が、段々ゆるんで来た。考えてみると、弥助の嘘をとがめるのには、自分の恥しさを打ち開けねばならない。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「不届なる浪人どもは、それにて始末は着くであろうが、その騙り者の宿を致したるとがに依って、その方半田屋は欠所。主人は所払い」
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ここにいては、足下はいかに忠勤をぬきん出ても、前科のとがを生涯負い、人の上に立つなどは思いよらぬことと教えてくれました。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だのにあんたは、あたしたちが結婚したそもそもの初めから、その利口な疑ぐりぶかい目を光らせて、ずっとあたしをとがめていたのね。
今更いまさらながら長吉ちようきち亂暴らんぼうおどろけどもみたることなればとがめだてするもせんなく、りられしばかりつく/″\迷惑めいわくおもはれて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何か知ら惡事でも働いてゐるやうな氣がして、小池は赤い軒燈けんとう硝子がらすの西日にまぶしく輝いてゐる巡査駐在所の前を通るのに氣がとがめた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「いや、確かに拝見しましたが、あれを叩くのは何だか気がとがめましてね、ちやうどお寺にでもまゐつたやうな変な音がするもんですから。」
其方おもとは、この姫様こそ、藤原の氏神にお仕え遊ばす、清らかな常処女とこおとめと申すのだ、と言うことを知らぬのかえ。神のとがめをはばかるがええ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
友達のうちへ話しに行くのは何だか気がとがめるようで面白くなし、仕方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩する事にした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何もさるの歳だからとて、視ざる聴かざる言はざるをたつとぶわけでは無いが、なうくゝればとが無しといふのはいにしへからの通り文句である。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
耳許みみもとしかとがめるような声がするとともに右の腕首をぐいとつかんだ者があった。務は浮かしていた体をしかたなしに下に落した。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
天保十四年癸卯きぼう 夏、村田清風毛利侯をたすけて、羽賀台の大調練をもよおす。水戸烈公驕慢につのれりとのとがこうむり、幽蟄ゆうちつせしめらる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
母親達の中から、ささやきが小波のように起った。「面白いお子さんですこと」と云う一つの声が、とがめるようにお咲の耳を撃った。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
許されもしないのに三人一度に島を出たと知れたならば、こんどはひどいおとがめがあるかも知れぬ。今やとるべき道はただ一つ。
酒が好きで、別人なら無礼のおとがめもありそうな失錯しっさくをしたことがあるのに、忠利は「あれは長十郎がしたのではない、酒がしたのじゃ」
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それはむやみに慧鶴青年の良心にとがめた。救いに絶望してやぶれかぶれに享楽にしがみついて居る自分の姿が浅間しいものに顧みられた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ワニス塗りのドアに手を触れたのはとがめないとしても、油引きの廊下の左端の方をって歩いたのは、如何にも馬鹿馬鹿しい不注意である。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「拙者は離縁状だけは渡してまいりました。しかし相続人とてはなし、渡さぬからとて、女子どもにはおとがめもござりますまい」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
でもそれはあのかたとがじゃあございませんわ。どんな人にだって、どんな場合でも、そんなことは望むのが無理なんですからね。
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、ゑみを含み、さながらふみに殘るかのジネーヴラの最初のとがを見てしはぶきし女の如く見えき 一三—一五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「もったいないことをするものだ。この油を金に替えれば、大慈善事業ができるのに!」こう言って、ひどく女をとがめたのです。
棟梁送りはどうなるんだ、と、わかりきったことをとがめていたのだ。しばらくにらめていた松岡は、うん——と、くびれたあごをしゃくった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ふと、泣き疲れて見上げた目に、お母さんの淋しそうな、涙にうるんだ視線で、やさしく僕をとがめている顔が映ったのだった。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
と言って、それを一々とがめだてしていては、針の先のようなことまで表沙汰おもてざたにして、違反者ばかり出していなければならない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
併しそれは己ばかりのとがでは無い。ロレンツオや、君も外の友達も己を忘れてゐたやうだ。そんな風で殆ど一年ばかり立つた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
「これはおおきにお約束に背いておとがを受けました」と、正造はわれに返ったように議席を見渡したが、「もう少々申し述べさして下さい」
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
小肥こぶとりの仲居は笑った。俺たちの破廉恥をとがめる笑いではなかった。むしろそそのかすような笑いだったから、砂馬は気をよくして
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
悪い男云々うんぬんを聴きとがめて蝶子は、何はともあれ、扇子せんすをパチパチさせてっ立っている柳吉を「この人わての何や」と紹介しょうかいした。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼はまだ泣いていたので、その声も嗚咽おえつのために時々とぎれるのであったが、彼は言った。あたかも私をとがめるような調子で。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)