はた)” の例文
無口な母親は、娘の言葉に輕く雷同するだけだつたが、才次がはたで聞いてゐようものなら、默つて妹に話を續けさせて置かなかつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
湯の谷もここは山の方へはずれの家で、奥庭が深いから、はたの騒しいのにもかかわらず、しんとした藪蔭やぶかげに、細い、青い光物が見えたので。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時地面と居宅の持主たるべき資格をまた奇麗きれいに失ってしまった。はたのものは若くなった若くなったと云ってしきりにはやし立てた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分という一しか値打のないものを選ってたたってはたが二十、三十にとせり上げていってくれる、何ともいえないありがたいもの。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
便が少しよくなるかと思うと、また気になる粘液が出たり、せっかくさがった熱が上ったりして、はたで思うほど捗々はかばかしく行かなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第一、はたがそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
彼女は速水の言葉の前にははたの見る眼も可笑しいほどの温和しさをもって聞き入れるのだった。それから僕の方をキッと睨んで
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
忘れ物でもしたように振返ると、宇津木兵馬は、ずっとおくれて路のはたに、行商の女の一人としきりに話し合っているのを認めましたから
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だが、その顔は、銀杏型いちょうがた藁編笠わらあみがさでかくしているので、そのおもてに、どんな感情をひそめているかまでは、はたからうかがうよしもない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まあ、はたで見て居ても気の毒な位。「頼む」と言はれて見ると、私も放擲うつちやつては置かれませんから、手紙で寺内の坊さんを呼寄せました。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは、はたの人達の目にもそれと気がつくほどであった。配達夫が門の中へ入って来ると、きまって彼がそれを受取りに出た。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
「譲与の額の多寡は問題ではない。男が一旦いったん明言した事をはたの者のために左右せられるのは、弟の将来のために頼もしくない」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「まあ、良かった、早く知れて、俺がまごまごしてると、はたの者が、よけいなことを云いだすから、ねえさんに気のどく……」
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
折角、人が心で何か純真に求めかけると、俗物共は寄ってたかって祭の踊子のように、はたからかねや太鼓ではやし立てる、団扇うちわあおいで褒めそやす。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
達者な人だけに気も若くて、まだまだ十年や十五年は大丈夫生ていると、はたの私達も思っていたし、自分も其は其気でいた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼等かれら幾夜いくよをどつて不用ふようしたときには、それが彼等かれらあるいたみちはたほこりまみれながらいたところ抛棄はうきせられて散亂さんらんしてるのをるのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
自己の生活に濫して酒肉を買ひ、はたに迷惑をかけてもてんとして恥ぢないやうな、生若い似非デカダン、道楽デカダンには私は何時も怖毛おぞけを振ふ。
文壇一夕話 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
無理な事をさせてはならないというので、はたから勧めて早稲田に入れることにした。それからはあきらめて余り勉強をしない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
多分おおかた小鼻怒らし大胡坐おおあぐらかきて炉のはたに、アヽ、憎さげの顔見ゆる様な、藍格子あいごうしの大どてら着て、充分酒にもあたたまりながらぶんを知らねばまだ足らず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お姉さんなんか、まだ役者になり切らない先に、役者馬鹿になられたら、はたの者がたまらないわ。私が送ったお金をゴマかすなんて辛抱するわ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かみさんや娘は、油煙ゆえん立つランプのはたでぼろつぎ。兵隊に出て居る自家うちの兼公の噂も出よう。東京帰りに兄が見て来た都の嫁入よめいりぐるまの話もあろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
姪を娘分に貰ったのも、ゆくゆく自分の食い物にしようというしたごころから出たのである。はたから見るとむごたらしいほどに手厳しく仕込んだ。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分が死ぬるまでかうしてゐるのを別に不思議だとは思はない。わたしはこんな人達をはたで見てゐるのにもう飽々した。わたしは退屈でならない。
で、中馬はいつぞやの耳のやうに食つてしまはうとしたが、はたから止める者があつたので、ある外科医のとこでそれを継ぎ合はせる事にしたさうだ。
はたの眼には大人しすぎる、沈鬱な女であったが、内部には柔い夢想が育まれてゐた。ただ、何処かに障碍があって、彼女は環境と和合出来なかった。
滑走 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
けンど私も根気ようかゝりましてな、はたから聞いたり、本人の口からボツ/\探り出したりして、和武との関係を大体の所察することがでけました。
三野村の惚れようがはたの見る眼も同情に堪えないくらいそれはそれは切ないものであったことを女主人がしきりに繰り返していうのを聴かされると
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「そんなら行っておでよ。汽車に乗って行けばわけがないんだから……」と祖母がはたから元気づけるように言った。
これが東京なら本人はもとよりはたの者が黙っていない。然るに大学生は険悪な色を示しながらも切符の二重払いをして穏便に問題を解決してしまった。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
恋争いに敗北した宮内は、その原因が武勇の劣ったことにあると聞いて、口のはたしきりにひきつる気もちがした。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
そんな風になっては、君方は何をし出すか分からないから、どうもはたで構わずに見ているわけには行かない。僕が今晩にも君方を停車場ステエションまで送って行こう。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
はたの目には気が変になったのではないかと気遣われたほどで、御自分もすっかり厭世家になってしまって、この世に何の望みもなくなったと云っていました。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
しかもそんな場合にはたから見ていると、私の行動はまるで狂人きちがいのように感じられるそうであるが、その結果を見ると又、奇蹟としか思わない事が多いそうである。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
庄吉はそんなことをはたからじっと見ていた。そして彼の心に映ずる世間も次第に複雑になっていった。
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「虱なんか、たけてくるとはた迷惑だよ、第一着物が臭くなるから、あんな家へいかない方がいゝよ」
梁上の足 (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
周子は堪え兼ねて、矢庭に夫に飛び付くと、そのしまりのない口のはたを、思ひきり強く抓りあげた。すると滝野は、芝居がゝつた音声を一段と高く仰山に絞りあげて
(新字旧仮名) / 牧野信一(著)
はたのものは道具はこびにお誂えむきだといったが、お角力にはピッタリはまった役目があったのだ。
中尉の愛人ロゼリイス姫の嘆きはもちろん、老いたる父君メラニデス・エフィゲニウス氏の悲嘆哀傷ははたの見る眼も痛ましく、日夜花を携えては中尉の墓辺を逍遥し
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかるに彼らの論ずるところをはたで聞くと、地質学者ちしつがくしゃ化石かせきを科学的に攻究こうきゅうするごとき調子がある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その侮辱ぶじょくは、女らしく執拗で、底意地が悪くて、はたで聞いている者も、胸が悪くなるほどだったと言いますから、お雪が小さい胸を痛めたことは言うまでもありません。
母親の夫人の悲歎ひたんはたの見る目も憐れなくらいであったところへ、てて加えて父のZ伯爵から
御出しなさいとははたからも云れぬなり若旦那にも存じ寄りありといはれし故にもかくにも離縁状は出されぬから何れとも御前方の存分ぞんぶんになさるがよいこゑあららかに云放いひはなしたり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
などはたの者の、はらはらするような、それでいて至極もっともの、昨夜、寝てから、暗闇の中、じっと息をころして考えに考え抜いた揚句あげくの果の質問らしく、誠実あふれ
喝采 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、流石は女心で、例へば健が郡視學などと揶揄半分に議論をする時とか、父の目の前で手嚴しく忠一を叱る時などは、はたで見る目もハラ/\して、顏を擧げ得なかつた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「ええ、そりゃあもう母一人子一人の仲でござんすから、はたの見る眼も痛わしいほど——。」
はたから見兼て飛んでり、突然いきなり武士さむらいの襟上取って引倒し、又仲間ちゅうげんをやッと云って放り出した。
それを待ち切れず、感動的な、せっかちな、はたの思惑などかまっていない求め合いの混雑が、そこ、ここで起っていた。伸子は父の腕を執り、どんどん人波を分けて進んだ。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それも、恐らくは前世紀末に宣教師や尼さんが伝えたに違いない・旧式の・すこぶるひだの多いスカートの長い・贅沢ぜいたくな洋装である。はたから見ていても随分暑そうに思われる。
歳柄としがらもなく娘が愚図り始めた時などは、さあもうはたで見る眼も気の毒な位にオドオドして
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
冷やかな観察者があれば、はたからそんな皮肉な口をきかぬでもなかったろう。父とすれば考えた上でのことでなく、新築祝の設備としてだけの意味しかなかったにちがいない。