伽話とぎばなし)” の例文
とまた擦寄すりよった。謙造は昔懐むかしなつかしさと、お伽話とぎばなしでもする気とで、うっかり言ったが、なるほどこれは、と心着いて、急いで言い続けて
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鹿やんに、お伽話とぎばなしを聞いていた私は、そういう種類を、暫く中断されていたが、この貸本屋が出来て、講談本が、棚へならぶと同時に
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
私はお伽話とぎばなし的なこの青年の行動に好ましい微笑を送った。そして気持ちよく桃色の五十銭札を二枚出して青年の手にのせてやった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
かごなかには、青々あを/\としたふきつぼみが一ぱいはひつてました。そのおばあさんは、まるでお伽話とぎばなしなかにでもさうなおばあさんでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ということを子々孫々によく知るようにお伽話とぎばなしのようにして親達が子供に話をするものですからどこへ行っても其事それを知って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
つまり涙香物が浅く感じられて来ましたので、逆にアラビヤンナイト式のお伽話とぎばなし的怪奇趣味の中にモグリ込んでしまいました。
涙香・ポー・それから (新字新仮名) / 夢野久作(著)
葉子がそういう人たちをかたみがわりに抱いたりかかえたりして、お伽話とぎばなしなどして聞かせている様子は、船中の見ものだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お金をつかおうとしない船員、女を失望させて帰す水夫や火夫なんて、これはとても信じられないお伽話とぎばなしだ。奇蹟? 不可能。
しかし、今の人たちは、お伽話とぎばなしの小波だけしか知らないだろう。文章の多少の古めかしささえ我慢すれば、あの童話の数々は、いつまでも生命を失わない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「国の歴史や伝説やまたお伽話とぎばなしでもその国の自然を見た後でなければやっぱり本当には分らない。」
異郷 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ひとみを定めて見れば、老いさらぼうた翁媼おううんうずくまっている。家も人も偶然開化の舌にめ残されたかと感ぜられる。またお伽話とぎばなしの空気がやみうちに浮動しているかとも感ぜられる。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
母は、ストーヴやなべや、ナイフやフォークや、布巾ふきんやアイロンや、そういうものに生命いのちきこみ、話をさせるじゅつを心得ていた。つまり彼女は、たくまないお伽話とぎばなし作者さくしゃだった。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
ひろびろと奥ふかくみえて、まるでお伽話とぎばなしの世界のようになる。きれいはきれいだが夜の雪みちはあるくとあぶない。眼の前が光って、どこも同じように見えて方角がわからなくなる。
山の雪 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
私の度度たびたび述べることですが、特に「女の読物」として書かれた低級な物ばかりを読むのは、大人が子供のお伽話とぎばなしを読みふけるのと同じく、自分をわざわざ低能化しつつあるのだと思います。
婦人改造と高等教育 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元をかくし、アンデルセンを出して近世お伽話とぎばなしの元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界にとなえしめしデンマークは
とはいえそれはあまりお伽話とぎばなしめかした、ぴったりしないところがある。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
伽話とぎばなしのなかでこそ、あれもいいけれど、ほんとに出てきたら怖いわ。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
伽話とぎばなしのように無邪気で面白く潤色してゆっくりゆっくり喋りました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けわしい屋根や海緑色の石盤瓦茸小塔せきばんかわらぶきことうそびえ具合が仏蘭西フランス蘇格蘭スコットランド折衷式せっちゅうしきシャトーの様式なので、城は師父ブラウンのような英蘭イングランド人にはお伽話とぎばなしに出て来る魔女のかぶる陰険な尖り帽を思い出させるのであった。
稚気満々たるお伽話とぎばなしの国の虎のように思えてならなかったのだ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
二郎じろうは、お伽話とぎばなしにでもあるように、うつくしいふねだとおもいました。
赤い船のお客 (新字新仮名) / 小川未明(著)
伽話とぎばなしを読んでいるような気もちがしてならなかった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
子供の為めのお伽話とぎばなしの本は、沢山すぎる程あります。
一種のお伽話とぎばなしですね。
慌てもの、臆病もの、大寄合のお伽話とぎばなし。夜分御徒然ごとぜんの折から、お笑い草にもあいなりますれば、手前とんだその大手柄でござりまする。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木曾きそひとむかしからお伽話とぎばなしきだつたとえますね。いはにも、いけにも、釣竿つりざをにも、こんなお伽話とぎばなしのこつて、それをむかしからつたへてます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
働くと云う事を辛いと思った事は一度もないけれど、今日こそ安息がほしいと思う。だが今はみんなお伽話とぎばなしのようなことだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかも忠告する気で云っている話が、ツイお伽話とぎばなしか何ぞのようにフワフワと浮付うわついてしまう。しの利かない事おびただしい。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「狐の嫁入?——娘のおチュウを番頭の忠吉に嫁合めあわせるというお伽話とぎばなしの筋なら知っている」
チベット人はもはやこういう事の話を幼い時からお伽話とぎばなしとして母の口より吹込ふきこまれて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
巌谷小波いわやさざなみ君のお伽話とぎばなしもない時代に生れたので、お祖母ばあさまがおよめ入の時に持って来られたと云う百人一首やら、お祖父じいさまが義太夫を語られた時の記念に残っている浄瑠璃本じょうるりぼんやら
サフラン (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ローズ・ブノワさんは、その楽園らくえんにある花の名前なまえ全部ぜんぶと、その方舟はこぶねっていたけものの名前を全部っています。それから、ジャンセエニュ先生せんせいと同じ数だけのお伽話とぎばなしを知っています。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
『西遊記』の怪物孫悟空が刑罰のために銅や鉄のようなものばかり食わされたというお伽話とぎばなしはあるが、動物が金属を主要な栄養品として摂取するのははなはだ珍しいといわなければなるまい。
鉛をかじる虫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
『不思議? ちよツ、不思議といふのは昔の人のお伽話とぎばなしだ。はゝゝゝゝ、智識の進んで来た今日、そんな馬鹿らしいことの有るべき筈が無い。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何のことはないお伽話とぎばなしみたような筋道になってしまいますが、しかし、そこまで来る間の私共の辛苦艱難かんなんと、それからのちの孤軍奮闘的生活といったら
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
実は、雪の池のここへ来て幾羽の鷺の、うおを狩るさまを、さながら、炬燵で見るお伽話とぎばなしの絵のように思ったのである。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
尾道の海辺で、波止場の石垣に、おなかを打ちつけては、あのひとの子供を産む事をおそれていたけれど、今はそれもいじらしいお伽話とぎばなしになってしまった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「狐の嫁入?——娘のおチウを番頭の忠吉に嫁合めあはせるといふお伽話とぎばなしの筋なら知つて居る」
伽話とぎばなしにある、魔女に姿を変えられた人のような気がしてならないのである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
末広町すゑひろちやうには阿爺おやぢの家の懇意な陶器屋せとものやがある。そこの旦那に誘はれで養育院を見に行つた。私は貧しい子供を前に置いて、小さなお伽話とぎばなしを一つした。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
伽話とぎばなしにだってこの様な大名生活はないだろう。彼女に見せてやったなら、どんな事を云うであろうか。老女中が次々と五十いくツかの部屋を見せてくれた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
梅水の主人夫婦も、座興のように話をする。ゆらの戸の歌ではなけれど、この恋の行方は分らない。が、対手あいてが牛乳屋の小僧だけに、天使と牧童のお伽話とぎばなしを聞く気がする。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丸之内の某社ぼうしゃで警察方面の外交記者を勤めて、あくまで冷酷な、現実的な事件ばかりでまされて来た私の頭には、そんなお伽話とぎばなしじみた問題を浮かべ得る余地すら無かった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まるでお伽話とぎばなしだ、と彼は眼に浮ぶ二人の情人のことを言って見た。しかし、お伽話の無い生活ほど、寂しい生活は無い。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
戦争下の日本で、長らく貧しい生活にあつた二人にとつて、これはまるでお伽話とぎばなしの世界である。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
さながらに生きたお伽話とぎばなしのようにホノボノと、神秘めかしく照し出しているのであった。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
富藏とみざううたがはないでも、老夫婦らうふうふこゝろわかつてても、孤家ひとつやである、この孤家ひとつやなることばは、昔語むかしがたりにも、お伽話とぎばなしにも、淨瑠璃じやうるりにも、もののほんにも、年紀とし今年ことし二十はたちになるまで、民子たみこみゝはひつたひゞきに
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と二人の子供は互に言い合って、まるでお伽話とぎばなしでも聞いているような眼付をしながら、鯨のれたのを見て来たという父の旅の話なぞに耳を傾けた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
現在の地球表面上に残る各種の遺跡によって、そんな事実を推定して行く地質学者や、古生物学者は皆、想像のみを事とするお伽話とぎばなしの作者といえようか。科学者でないといえようか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
で、なんとなく、お伽話とぎばなしを聞くようで、黄昏たそがれのものの気勢けはいが胸にみた。——なるほど、そんなものもそうに思って、ほぼその色も、黒の処へ黄味きみがかって、ヒヤリとしたものらしく考えた。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)