ふた)” の例文
旧字:
聖の御頭みつむりかすかに後光をはなち、差しのべたまへるふたつの御手の十の御指は皆輝きて、そのたなひらの雀子さへも光るばかりに喜び羽うち
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
従ってふたつの概念の間には非常に大きな差異があることを理解するにしても、しかし実体という点においては両者は一致すると思われる。
もしまた低いときまつた場合には、自分は喜平の悪夢から遁れることはできるが、その代り名器と自信とをふたつとも失ふのだ。
小壺狩 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
併し要するに各個人が自己の恋愛を自己と社会に対しふたつながら大なる価値ありと信じ、この幸福のための努力を以て自からの権利であり
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
一藩の指導者は二人とも圧死を遂げた。御隠居は一時にふたつの翼を失ったけれども、その老いた精神はますます明るいところへ出て行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
入口の左右の壁には、煤竹を二本に渡した楕円形の小窓が開けられて居たが、その窓はあたかも此家のふたつの眼の様に見えた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
正面には高くふたつの燭台の間に聖像がかけられ、そのわきの壇上にはばてれんらしい黒衣の老人が腰をかけて一人の男と何か熱心に話してゐた。
ふた親のないことがもう子供心にこたえるらしく、それ故の精のなさかと、見れば不憫で、鮭を焼いて食べさせたところ
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
然し其原因の大部分は策略でもなく、優柔でもなく、寧ろかれに融通のふたつのいてゐて、双方を一時にる便宜を有してゐたからであつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あれでとり身体からだが二つの手とふたつの足と胴との五つになります。あの通りにすれば誰がいても極く無造作です。その次に筋抜きという事を致します。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
さて住職奥田墨汁おくだぼくじゅう師をとぶらって久闊きゅうかつじょした。対談の間に、わたくしが嶺松寺と池田氏の墓との事を語ると、墨汁師は意外にもふたつながらこれを知っていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この壇階子の中央なかほどより道はふたつにわかれたり。右に行けば北の台なるかの座敷牢に出づべきを、下枝は左のかたに行きぬ。見も知らざる廊下細くしていと長し。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふたつを比べて見ると人間ならば階級の違う人が並んで立っているよう、その相違は不思議な位でありました。
私は声を立てることも、抱擁することもふたつながら出来なかった。彼の手は私の身体じゅうを撫でまわした。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その軸も肖像もふたつながら私のながい間愛好してきたものですが、今では二ツとも手許にはありません。
書斎 (新字新仮名) / 辻潤(著)
風光の美、既に人をして去るあたはざらしむるに、忠魂長く留まれる処、山河更に威霊を添ふるを覚ゆ。茫々五百年、恩讐ふたつながら存せず。苦節ひとり万古にかをる。
秋の筑波山 (新字新仮名) / 大町桂月(著)
夫雀哀しんで自ら羽を抜き丸裸になってピパル樹にとまく、ピパル樹訳を聞いて貰い泣きし葉をことごとく落す、水牛来て訳を聞いて角ふたおとし川へ水飲みに往くと
そういうむつかしい問題は別として、現在日本の画界におけるふたつの分派の作品を対照した時に感ずるあるデリケートな差別の裏面には、両派の画家の本来の素質のみならず
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
生をけ、人間じんかんに出でゝ、心を労して荊棘けいきよくすぐる、或は故なきに敵となり、或は故なきに味方となり、恩怨ふたつながら暴雨の前の蛛網ちゆまうに似て、いたづらにだ毛髪の細き縁を結ぶ
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
此時京留居吉井幸どふ/\同道ニて、船中ものがたりもありしより、又温泉ニともにあそバんとて、吉井がさそいにて又ふたりづれにて霧島山キリシマヤマの方へ行道にて日当山ヒナタヤマの温泉ニマリ
勿論人の妻として才色ふたつながら非の打ちどころのない事はく承知しているが、その後清岡は月日の立つにつれて自分の品行のおさまらないところから、何となく面伏おもぶせな気がしだして
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのうちにはまた睡気ねむけがさしそうになる、から、ちと談話はなしの仲間入りをしてみようとは思うが、一人が口をつぐめば、一人が舌をふるい、喋々としてふたつの口が結ばるという事が無ければ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
是非なく両人ふたりで沼田へ帰って参りましたが、さてお話ふたつに分れまして、鹽原角右衞門は其の前年の九月の三日に小川村を出立致しまして、沼田の御城下に泊りまして、翌日は前橋に泊り
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多くは玉石混淆こんこうせり、なすところ多ければ巧拙ふたつながらいよいよ多きを見る。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
醒睡両非還両是 醒睡せいすいふたつながら非 また両つながら
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼女は、麻痺しびれたふたつの腕を空へ伸ばした。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聖の御頭みつむりかすかに後光をはなち、差しのべたまへるふたつの御手みての十の御指は皆輝きて、そのたなひらの雀子さへも光るばかりに喜び羽うち
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
然しその原因の大部分は策略でもなく、優柔でもなく、寧ろ彼に融通のふたつの眼が付いていて、双方を一時に見る便宜を有していたからであった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
果してしからば偶合かも知れないが、猪と柿とふたつながら蛇毒を制すと信ぜられたは面白い。
いきなり歯を当てると、むし歯になると不可いけないと、私のためにかんざしの柄を刺して、それから、皮を取って、裂目を入れて、ふたつに分けて、とろとろと唇が触ったか、触らない中に——
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
凹巷が文台の事を叙した文はしもの如くである。其中には霞亭が郷を離れて後八年にして帰つたと云ふことと、師に別れて後十三年にして帰つたと云ふことと、ふたつながら見えてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それから大神宮の大きな花崗石みかげの鳥居をくぐり(この鳥居は後で見たら、中央からポックリとふたつに折れていました。これは柳川やながわ力士雲竜久吉うんりゅうきゅうきちが納めたもので、その由を彫ってあった)仲店なかみせ
晋齋老人は流石さすがに博識な方でげすから、二人のお若さんに目もはなさず御覧になっている。するとお若さんの形こそふたつになっておりますが、その様子におきましては両人ふたりとも同じことです。
と、すばらしく拡大された幼獣のなめらかな黒い頭と前肢まえあしふたつの鰭とが幕面の右下から匍いあがって来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そうしていつの間にかこのアイロニーに一種の実感が伴って、ふたつのものが互に纏綿てんめんして来た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かく豕を表わすところ、仏教の愚痴、耶蘇教に大食と異なれどふたつながらろくな事でない。
ふたさげの——もうこの頃では、山の爺がむ煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する——根附ねつけの処を、独鈷とっこのように振りながら、煙管きせる手弄てなぶりつつ、ぶらりと降りたが
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さうして見れば、時代が既に推移した今、恩讎おんしうふたつながら滅した今になつて、枯骨ここつ朝恩てうおんうるほつたとて、何の不可なることがあらうぞ。私はかう思つて同郷の先輩にはかり、当路の大官にうつたへた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
私は下谷北清島町に生まれ、光明氏もやはり下谷で、北清島町からは何程いくらもない稲荷町の宮彫師石川家に生まれた人です(稲荷町は行徳寺ぎょうとくじの稲荷と柳の稲荷とふたつあるが、光明氏は柳の稲荷の方)
ふたつのものは二にして一、一にして二と云ってもしかるべきものであります。そこで哲理的に論ずるとなかなか面倒ですから、分りやすいために実例で説明しようと思います。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
馬の口附くちつき来る事遅きをなじれば馬に任せて往かれよという故、馬の往くままに進行すると、川の面六、七間なるに大木をふたつに割って橋とす。その木の本広さ三就ばかり末は至って細し。
ふたつに分れた両方のたもとの間が、爪さき深く、谷に見えるまで、簪のすすきの穂のひらひらと散って落つる処を、ひきしめたままの扇子で、さそくにすくったのが、かえって悠揚たるさまで、一度上へはずまして
ひたおもて戦車にあるはまじろがずその眼射たれけりふたつのその眼
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その文異同ある故ふたつながら参酌して書くと、〈阿魯あろ国一名唖魯、西南の海中にあり、その国南は大山、北は大海、西は蘇門荅剌スマトラ国界、国語婚喪等の事爪哇ジャワと相同じ、山に飛虎を出す
そうしてこのふたつのものを意識する時間を延しても縮めても、両意識の関係が変らない。するとこの関係は比較的時間と独立した関係であって、しかもある一定の関係であるという事がわかる。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すらりとしたふたつのほそい腕から
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
少なくともふたつのものを綺麗きれいに切り離して、純粋な楽みにふけりたかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふたつながらそれぞれれっきとした訳があり、決して無茶苦茶な乱風でない。